三
「お母さんのお願いって、それ?」
「そうよ」
浴衣を着た梓音は願いを書き終った短冊を希羅に見せた。
「地球安泰。希羅は何かな~?」
「私は」
浴衣を着た希羅もまた書き終った短冊を梓音に見せた。梓音は下顎に手を添えてふむと呟いた。
「健康。渋いわね」
「渋くないよ」
「もっとこう、狐戦士になりたいとか、追っかけ八郎になりたいとか。あんみつ屋の看板娘になりたいとか。苺大福をお腹いっぱい食べたいとかはないの?」
そう提案された希羅は眉根を寄せた。
「…お願いごと、二つでもいい?」
「何個でもいいわよ~」
梓音がこうして欲のない娘にもっと願いを書くように促した結果。
「…食べ物がなくなりませんように、かぁ。ま、大事なんだけどね~」
ひらがなで書き終えた希羅の短冊を見て、幼い子どもの願いってこんなんだっけと、少し不満に思う梓音であった。
(しっかりし過ぎてるって言うか。もっと莫迦になって欲しいわよね)
「き~ら~ちゃん!」「お祭り行こうぜ!」
櫁と海燕の声が聞こえて玄関の戸を開くと、浴衣を着た声の主二人と共に女物の着物を着ている岸哲も居た。
「こんばんわ。梓音さん。希羅ちゃん」
「こんばんわ。岸哲」
梓音は膝を曲げて櫁と海燕に視線を合わせた。
「こんばんわ。櫁。海燕。もう準備は終わったのかしら?」
「うん」
「父さんたちが呼んで来いって。柳さんも早く来いって言ってた」
「そっか、なら急いで行かないとね」
梓音は七夕の飾りを分割して櫁たちにも持たせた。
「希羅。飾りすごいね」
「うん。お母さんが張り切って」
希羅は隣に居る櫁から前に立つ梓音を見つめた。
夏の野菜、果物に食肉動物に、千両箱、紙衣、巾着、登網、屑籠、吹き流し、千羽鶴、短冊、地球、月、太陽を大量に折り紙で作ったのだ。七夕祭りの最後は飾りごと竹を燃やして願いを空に吹雪かせるらしい。
「櫁は何を書いたの?」
「げんきいっぱい」
櫁は両の手を大きく広げてそう告げた。希羅は眩しいなと思った。
「海燕は?」
希羅は岸哲と共に後ろに居る海燕の方に振り向いた。
「狐戦士が負けませんようにって」
狐戦士特有の恰好を取った海燕は満面の笑みを浮かべた。
「祈りは力になるんだってよ」
「二人とも元気いっぱいだね」
「だって祭りだぜ!」「わくわくする!」「私も」
元気が有り余っている海燕と櫁は飾りを持ったまま駆け走り始め、梓音もまた二人の後を追って走り始めた。
「岸哲さんは何て書いたんですか?」
後ろに居た岸哲は希羅の隣に立った。
「皆が皆のままでいられますように、かな」
希羅は差し出された手に自分の手を重ね合わせた。
「私は」
「うん」
「皆とずっとこのままで居たいです」
岸哲はそうだねと告げて後、微笑を浮かべて走ろっかと提案した。はいと返事をした希羅は岸哲と手を繋いだまま、共に走り始めた。




