二
「しつっけえばばあだな」
「あらあら。母親に向かってそんな暴言を吐くなんていい度胸ね」
修磨は片手で自分の首根っこを掴まえて、宙にぶり下げる譲り葉を睨みつけた。
「何が母親だよ。勝手に連れて来たくせによ」
「あら?母親なんて何処だってそんなもんよ」
「はあ?」
まるで意味が分からない修磨は逃げようと、一時身体をじたばたと動かすも、自分を掴む手は一向に離れる様子はないと悟って動きを止めた。
「どんだけ莫迦力なんだよ、あんた」
「あんた、じゃなくて、お母さんでしょ。もしくはおふくろ。母上も可」
見つめる先にある、にこにこと無垢な笑顔に、修磨は最早何を言えばいいか分からなくなってしまった。無言で見つめる修磨に、譲り葉はそうそうと言葉を紡いだ。
「今日は七夕なの。ってことで、流しそうめんやるわよ~」
突然そう切り出した譲り葉は、修磨の首根っこから手を離して、いそいそと台所へと向かった。
「寂しいところだな」
ついて来いと強要されることもなくその場に一人残された修磨は、ぽつりとそう呟き蝋燭の灯りを両脇に置く広く長い廊下を歩きだした。
「あんたさ」「お母さん」「………」「お母さん」
(…寂しさ紛れなら他にわんさかいるだろ?何で俺なんだよ)
後ろ姿に呼びかけた修磨だったが、直ぐに満面の笑みから目を逸らした。譲り葉は頬を膨らませて後、前を向いて小葱を切る作業に戻った。
「修磨」
「あ?」
小葱を切り終えて小皿に移した譲り葉は、今度は紫蘇に手を伸ばしてまた切り始めた。修磨は譲り葉の後ろ姿を見つめた。
「あなた、自分が何者か分かってる?」
「鬼」
「そう。あなたは鬼。そして、私は鬼の母親、の役目を負った人間なの」
「……人間なのにか?」
「そう」
「俺には必要ない」
「でも私には必要なの」
「鬱陶しい。面倒臭い。意味不明」
「ま、そんなもんよ。親なんて」
「親子ごっこをやりたいなら他の人間の子どもを連れて来いよ」
「ごっこをやるつもりなんて毛頭ないし。あなた以外を子どもにしようとも思えないのよね。困ったことに」
修磨は舌打ちして乱暴に頭を掻いた後、嘆息をついた。
「どうせ逃げたって追いかけてくんだろ」
数えるのも莫迦莫迦しい。どれだけ息を潜めて隠れても、どれだけ足を限界まで動かして逃げても、譲り葉、正確には、彼女の姿を模倣した式神が追いかけて、見つけて、強制的にこの邸に連れて帰ってくる。
「俺は死ぬまであんたの慰み者ってか?」
譲り葉はふふっと笑った。
「この状態が不満なら私から逃げられるくらいに強くなるしかないわよね~」
「……強く、ね」
「子どもが親を負かすのは当然の義務でしょ」
「それは、殺しても善いってことか?」
切り物は紫蘇から茗荷に代わっていた。譲り葉は包丁の動きを止めると振り返り、一瞬で距離を詰めると修磨の両頬に手を添えた。修磨は振り解こうとはしなかった。
「誰も殺させはしないわ」
強い眼差し。一瞬間だったが、まるでマグマのように紅く瞳の色が確かに変わった。修磨は譲り葉の瞳の色が黒に変わったのを見届けて後、言葉を発した。
「殺さねえよ。血生臭いの嫌いなんだよ。吐き気がする」
「そう。ならいいわ」
手を離した譲り葉は背を向けて歩き出し、切り物を再開し始めた。
「嫌なら嫌で仕方がないわ。誰にだって相性ってもんがあるわけだし。それでもあえて言うわ。私はあなたの母親なの」
「…怖いな、あんた」
(いや。母親っていう存在自体が、かもな)
そう呟いた修磨は一直線に歩き出して譲り葉の隣に立ち、視線だけで自分より頭二つ分ほど高い彼女を見つめた。
「ま。俺が独り立ちできるまで、せいぜい利用させてもらうぜ」
修磨は目の前にあったミニトマトを口の中に放り込み、かみ砕いて後。
「おふくろ」
甘酸っぱい果肉が口の中に広がる中、そう告げた。
「つまみ食いしない。食べながら話さない」
修磨が反応がないなと思いながら、次々とミニトマトを消化して行く中、漸く口を開いた譲り葉はそう告げて後、修磨に向かい合った。
「罰として竹を取って来なさい」
「…へいへい」
「返事は、はい」
「はいはい。んじゃ、行って来るわ」
「返事は一回……全く」
注意しようとしたらもう修磨の姿はなかった。
「譲り葉様」
「息子だからって特別扱いしなくていいからね、あの子の時みたいに」
「分かりました」
式神譲り葉は譲り葉の隣に立って笊に乗せられた素麺を持ち上げた。
「譲り葉様は何を書きますか?」
「ん~。そりゃあ」
「取って来たぞ!」
邸の外から修磨の大声が聞こえてきたので、譲り葉は薬味と汁、箸、皿の載ったお盆を、式神譲り葉は素麺を持って、修磨の元へと歩き出した。
「また、大きいのを取って来たわね」
譲り葉は邸よりさらに大きい竹を見上げて後、それを誇らしげに持つ修磨を見つめた。
「これなら織姫と彦星も見つけやすくて願いを叶えてくれるかもね」
「だろ?」
(~~~可愛い。さすが私の息子!)
無邪気な笑顔に口元が緩みまくる譲り葉であった。
「こええぞ」
竹を地面に突き刺した修磨は譲り葉の顔を見て思わず後ずさってしまった。
「修磨は何をお願いする?」
「食べ物をなくすな。だな」
「へぇ~」
予想外の答えに、それでも彼らしいと思った。
「じゃあ、ゆずは?」
「私は譲り葉様の望みと同じです」
式神譲り葉、もといゆずは修磨の取ってきた竹から流し素麺の土台を作りながら答えた。
「そう。なら私の願いはこれで決まりね」
譲り葉はにっと口の端を上げた。




