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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
四巻 天と地を繋ぐは、薫雨
75/135

十七

「感動の対面を邪魔するなよ」


(ふ。今にも殺した気な瞳だな)


 重圧が施されているにも拘らず、足を踏ん張らせて、腕を地面に立て、立ち上がろうとする二人に、男は再度、邪魔をするなよと告げて、力を解いた。


 身体が自由になった二人は即座に立ち上がったが、微動だにせず男を睨むだけに留まった。男はそんな二人を面白げに見つめた。



「血気盛んに飛びかかって来ると思ったが?」

「おまえがこの儀式を生み出したなら、おまえが死ね」



 圧倒的な威圧感を惜しげもなく醸し出す二人に、男はふっと微笑を浮かべた。



「私の命はもうない。残像のようなものだ。だから無理だな」



 徐々に姿を消していく男は最後、未だに抱き合う希羅と男児を見つめて、修磨と洸縁に捕まる前に、姿を完全に消した。


 男に集中していた二人は、希羅の一手に気付くのに、一拍ほど遅れてしまい。



「希羅」「希羅ちゃん」



 希羅が編み出した術『笥簪ししんの術』によって竹の籠に閉じ込められてしまった。


 いかな二人でも、強靭な竹で編み巡らされたその籠を破るのは容易ではなかった。が。不可能でもない。



「私と、鬼ごっこをしてください」



 男児の手を握って立つ希羅は術が破られる前に、勝負を挑んだ。



「鬼ごっこ?」

「希羅。どういうつもりだ」



 怪訝な瞳を向ける二人は、出ようとして繰り出そうとしていた攻撃の手を止めた。



「私はこのまま譲り葉さんのところに行くつもりです。弟のことを頼みに。だから、譲り葉さんのところに辿り着く前に、私が修磨さんと洸縁さんから逃げ切れば、私の勝ち。逃げきれなかったら、お二人の勝ちです」


「…勝負、つーくらいだから、何か賭けるべきだよな」



 修磨の鋭い瞳に、希羅は背筋を伸ばした。






 このまま。






「負けた人は勝った人の言うことを一つ聞く。それでどうですか?」






 このまま、二人に認められないまま、逝くことはできない。






 このままの自分を、弟にあげたくない。






 だから、絶対に負けられない。負けたくない。






「鬼ごっこ?おもしろそー」



 男児は瞳を爛漫に輝かせて、その場で飛び跳ねた。



「そいつは置いて行け。ただでさえ、差があり過ぎるのに」

「それは「その子は私が預かります」

「ゆず」



 突然現れた譲り葉の式神、ゆずは、膝を屈して男児に視線を合わせた。



「私たちは先に行って、お姉ちゃんとお兄ちゃんたちが来るまで、一緒に遊んで待っていましょう。ね?」




 男児はゆずから顔を上げて希羅を見つめ、ぎゅっと、手に籠める力を強めた。



「俺。姉上と行く。俺。蛍になれるから。飛べるし。歩けるし。走れるし。頑張って逃げるから。絶対捕まらないから。だから。いいでしょ?」



 一心に向ける男児の瞳を受けて、希羅は膝を屈して片手は男児の手を繋いだまま、眉根を寄せる男児の頬にもう一方の手を添えた。



「絶対勝とうね」



 瞬間、男児は喜色満面の笑みを浮かべた。



「うん」

「…仕方ありませんね」



 ゆずは立ち上がった。



「では。今から始めるとして、明々後日の午前八時に修磨さんと洸縁さんが希羅さんと弟さんを追いかける。ということにしましょうか?それまでは行かないように私が二人を見張っていますから、安心してください」


「誰が開始前に追いかけるなんて姑息な真似するかよ」



 気分を悪くした修磨は冗談じゃないと毒づいた後、ガキと、男児を睨みつけた。



「何時まで俺の娘に引っ付いてんだ。離れろ。早急に」

「嫌だ」



 男児は下瞼を指で下げて、舌を出した。所謂。あっかんべーである。


 怒髪天に来た修磨は自分たちを閉じ込める竹の籠を引き裂こうと、菱形の隙間に手を入れて力を籠めたのだが。



「どーなってんだ?」



 前回はこれで引き裂けたのに、今回はうんともすんとも言わない。術の力が強まった。つまり、希羅の力が強まったのかと訝しんだが。



「私が『藤結晶』の粉を振り撒きました。強靭な竹と強固な藤結晶が混ざり合った術ですよ。そうそう、出られません」



 『藤結晶』とは、世界で一番硬いと称される名の通り藤色の石であり、竹とそれが交わったこの籠は世界で一番堅固な牢屋と言っても過言ではなかった。



「んじゃあ、何か?明々後日までこいつとこのままで居ろってか?冗談じゃねぇ。早く出せ!」

「これも修行だと思って、お二人で力を合わせて出ることですね」



 ゆずはしれっと言い放ち、ぎゃんぎゃんと喚く修磨を無視して、希羅と男児に向かい合った。



「譲り葉様の処へ赴く前に行くべきところがあるでしょう?行って来なさい」



 二日の時間を設けたのは単に実力差を埋める為だけではなかった。



 ゆずは希羅の頭に手を乗せた。



「頑張りなさい」



 そして同様のことを男児にもした。



 希羅は支度を整えてゆずに頭を下げた後、男児の手を取って、町へと向かった。



 と、その時。何処からか現れた、純白の毛に赤と黄、青の縞模様と漆黒の長い尾を持つ見た事もない鳥が彼女らの後について行った。














「ご不満ですか?」


 ゆずは竹の籠に閉じ込められたままの洸縁を見つめた。


「……それはもう、色々と」


 洸縁は不満ですと言わんばかりの表情を浮かべていた。


 ゆずは強いため息を出した。洸縁は肩を鳴らした。



「修磨はともかくあなたまで神殺しなんて禁忌を犯そうとするなんて。一生その中に居て己の過ちを悔い改めなさい。と、譲り葉様なら言うでしょうね」

「……すみませんでした」



 洸縁はばつの悪そうな表情を浮かべた。



「あなたはもっと賢い狸だと思っていたのに、根は修磨さんと同じ莫迦だったんですね」

「莫迦って何だ?莫迦って?」

「小さな弟にさえ妬く鬼が莫迦でなくて何だと言うのですか?」

「小さかろうが大きかろうが年が老いてようが若かろうが。俺の希羅に近づくやつは赦さん」



 息巻き、最後、ふんと鼻を鳴らした修磨に、ゆずは心底呆れたが。



「ようやく落ち着いて来たようですね」

「……おまえがどんな邪魔をしようが、負ける気はさらさらないからな」

「邪魔なんてしませんよ。真剣勝負ですから。自分たちの大切なものを賭けての」



 口を閉ざしたゆずは身体の向きを変えて、もう姿が見えない希羅たちが歩んだ道をじっと見つめた。



「譲り葉様があの邸で待っていますよ。皆で楽しむんだと。色々と準備をなさって」

「………ああ」

「夏やもんね」



 修磨と洸縁は地面に腰を落ち着かせて、隙間から見える夜空を見つめた。














「姉上。この鳥も一緒に連れて行っていい?」


 町へ下る途中、希羅は歩きながら男児の肩に乗る今までに見たことがない鳥を見つめた。



(…譲り葉さんの式神。だとすれば)




「うん」

「やった」



 男児は鳥にじゅんと名付けて、人差し指に乗せた。



「姉上。何処に行くの?」



 男児は興奮気味に尋ねた。鬼ごっこという遊びに加えて、旅をすることが嬉しくて堪らないのだ。



「うん。奈良の譲り葉さんの処に行く前にね。お世話になっている人たちに行ってきますって挨拶しないと」

「じゃあ、土産は何がいいかも訊こう」

「うん」






 ただただ。






「楽しもうね」

「うん」






 この笑顔を目に焼き付けて、逝きたいと、心底思ったのだ。






(負けられない。絶対に)














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