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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
四巻 天と地を繋ぐは、薫雨
74/135

十六






『知りたかったらおいで。『平安の雫』の総本山『盤葳』に。全てが終わってからでいいから』






 自室に居た希羅は、明日迎える七夕に向けて願い事を書くようにと、修磨と洸縁に手渡された短冊と向かい合っていた。




 蝋燭の灯りは点けずに、月光の光で照らされる短冊に、何を書けばいいのか?

 もう一か月もすれば、自分の願いは成就されるというのに。




(……私の命でも、大丈夫なように)





 希羅は筆を手に取って短冊に書こうとした時だった。



「希羅。今いいか?」



 遠慮がちな修磨の声音が聞こえた希羅はいいですよと声を掛けて、立ち上がり部屋の扉を引いて、修磨を見上げた。



「…外に行きませんか?」

「ああ」



 突然の申し出だったが、修磨は素直に応じた。




 雨に濡れて生命力を蓄えた竹の葉は、優しく流れる白南風によって、春よりも凛とした音を奏でていた。




「修磨さん。私」



 修磨の背に話しかけた希羅は不意に口を閉ざした。



「少しは、寂しかったか?」



 修磨は振り返らなかった。

 二人の間は一定の距離を保ったままである。



「三週間。俺と、あいつが居なくて、寂しくなかったかって訊いてる?」



 無言の希羅に痺れを切らした修磨は再度、尋ねた。



「……いいえ」

「俺は寂しかった」



 拗ねた口調で修磨は告げた。



「すみません。迷惑を掛けて」

「……夏だな」



 修磨は不意に話題を変えた。



「はい」

「西瓜だろ。海だろ。川だろ。花火だろ。鰻。祭り」



 指を折りながら告げた修磨は振り返り、希羅を見つめた。



「やることがいっぱいだな」

「…はい」

「楽しみだな」

「…はい」

「盆にはおふくろのとこにも行くか?ゆずと変わらねぇから、大して目映えしないけどよ」

「…はい」

「希羅は何がしたい?」



 希羅は詰まる喉に生唾を送り込んで、滑らかに言葉が発せる様にした。



「私は、線香花火がしたいです。涼夏さんの手作りの」

「なら明日貰いに行って、七夕祭りから帰ってきたらやるか?」

「はい」



 お互いにその距離を保ったまま、無言で雲一つない夜空を見上げた。
















 七月七日。七夕祭り終了後。



 千鳥足の修磨と洸縁は、何時もよりおぼつかない足取りの希羅と共に、無事に家に辿り着き、約束した通り、涼夏から祭りの景品として貰った線香花火に火を点けようとしていたが、話がありますとの希羅の発言により、それは叶わなかった。



 三人で輪になっている状態で、希羅は二人を見つめた。



「『蛍火の儀式』に選ばれました」



 二人が何事かを発する前に、頭を下げた希羅は矢継ぎ早に告げた。



「どうか、弟にもしものことがあれば力になってください。お願いします」



 希羅は着物を握りしめた。



「私を娘と思っていてくれるなら。お願いします」



 一瞬の沈黙。夜風が地面から天空へと舞い上がった。



 卑怯だと、修磨は思った。


 ずっと拒んでいた『娘』の名称をこんな時に使うなんて。と。



(酔いが、醒めちまった)



「俺たちがどうするか。おまえならもう、分かってるよな?」



 希羅は弾くように頭を上げた。



「弟を私だと思えなんて言いません。ただ…分かってください。お願いします。お願いします」



 死ぬのは怖くない。

 怖いのは、弟に何かを背負わせることだった。



「お願いします。弟に…弟は何も悪くないんです。赤ん坊で。何もできなかった。歩くことも。言葉を通じ合わせることも。走ることも。遊ぶことも。友人を作ることも。一緒に笑うことも。喧嘩することも。何もできないまま。苦しんで死んだんです………お願いですから」



 涙が零れ落ちる。止めたくない。分かってもらうまでは。どれだけ二人を傷つけようと。



「私に何かあることは分かっています。そんな私の命を弟に渡すべきじゃないって。せめてちゃんと対策を立てて渡すべきだって。でも、知ったらきっと。私は弟に渡せなくなる。それだけは嫌だ。嫌なんです。生きていて欲しいんです。だって」



 希羅は震える唇を動かした。



「生きていて、幸せだって。弟にも味わって欲しい。辛くても哀しくても。幸せだって。色々、全部。幸せになって欲しいんです」


「なら。俺たちが幸せじゃなくてもいいってか?」



 なんて大人げないんだと、修磨は分かっていた。が。止めるつもりは毛頭ない。


 きっと、わかり合えない。分かりたくない。このまま続けても平行線を辿るだけ。



「何だよ。自分はもう満足ですって顔しやがって。俺は全然なんだよ。全然足りないんだよ……おまえじゃないとだめなんだよ。分かってんだろ?」



 希羅は下唇を上唇に付けて、一時、修磨を見つめた後、諦めにも似た吐息と共に静かに口を開いた。



「弟では、だめですか?梓音と柳の。私と同じ恩人の子です…私の大切な。弟です」

「だめだ」



(託せるのはもう、修磨さんと洸縁さんしか居ないのに)



 だがそれは言葉にしたくなかった。



 希羅は腕の裾で涙を拭った。



「すみません。我が儘を言いました。弟は、譲り葉さんに頼みます」

「おまえはやっぱ、半人前だな。結局最後は何時だって、他人任せだ」



 鶏冠に来る。それでも、その通りで、その事実が、堪らないほど悔しい。



「満足してないよな。おまえは。今のおまえに。強くなりたいんだよな。中途半端な自分を弟にあげたくないよな」

「分かってます」



 蚊細い声でそう告げた希羅は地面を蹴り、膝を地面に着けたまま、修磨の胸元に額を付けて強く握りしめた。



「分かってますよ!でも!もう……生きて欲しいんです。こんな機会。もうないんです」



 心底思ってしまう。


 何で自分はなずなではないのだと。



 直接会ったことはほぼない。それでも噂で彼女のことは耳にしていた。


 強い人だと。傲慢なのが鼻につくが。とても強い人だと。


 一目見た時、彼女だと分かった。


 誰よりも堂々と歩く姿を見て。すごいと。尊敬の念を抱いていた。


 彼女ならきっと、何もかもを解決してから、弟に渡す。


 中途半端にはせずに、何もかもを完璧にやり終えて。


 自分が中途半端なのは分かっている。だが、どうすればいいのか分からない。


 強くなりたかった。何もかもを一人でできるように。それで初めて、人と共に生きて行けるように、肩を並べて歩けるように、なりたかったのだ。



「お願いします。お願いします」



 懇願するだけの自分を誰よりも嫌悪する。それでも譲れない。



(ああ。もう、見てられんわ)



 洸縁は逸らしそうになる視線を固定させた。


 こんな処で彼女を見失うようでは、話にならないのだ。



「弟。弟って。何だよ」



 修磨は自分にしがみつく希羅の両腕を掴んだ。



「幸せなら。今の自分に満足してないなら。おまえは生きるべきだろ?なのに何で。俺たちが好きだって言ってんのに、何で。俺たちの幸せは考えてくれないんだ?」

「私がい「それ以上言ったら。一生赦さない」



 希羅はぐっと修磨の胸元を握る力を強めた。



「私は、弟にも修磨さんと洸縁さんと一緒に過ごして欲しいんです。好きだから。一緒に居て楽しくて。幸せで。むず痒いほどに、心地いいから。二人は皆をそんな気持ちにさせるから」

「弟がそれを望んでいるのか?」

「分かりません。望んでないなら、それでもいい。生きて欲しい。それだけです」

「それはおまえの願望だろう。弟が本当に生きることを望んでいるのか?」

「…分かりません。でも、生きないと、その選択すらできません。だから」



 共に耳に囁きかけるような蚊細い声音だった。



「私は弟に命をあげます。幸せな気持ちをあげます。少しだけど、お金も」



 希羅は微笑を浮かべた。



「それだけしか、遺せない」


「うん。それだけ遺せれば完璧」



 突如、頭上から見知らぬ声が降って来たかと思えば、三人の前に或る人物が現れた。



「あ~。盛り上がっているところを悪いね」



 気だるげに淡く緑黄色に発光する波立つ髪を手で梳きながら、垂れ目の男は顔の前で手をかざした。



「何だ?おまえ」

「そんなに殺気立たないでくれないか?私はただ、彼女に贈り物を渡しに来ただけだ」



 そう言うや、男は膝を屈して、希羅に視線を合わせた。希羅は修磨から身体を離して男に向かい合おうとしたが、修磨の手がそれを拒んだ。男は構わずに告げた。



「おめでとう。儀式に選ばれし者よ」



 瞬間、ぞわりと産毛が立った修磨と洸縁は男を殺そうと、術を繰り出そうとしたが、気付けば、地面に横たわる自分たちが居た。起き上がろうともがくも、上から何かが圧し掛かったかのように、身体が地面に食い込んで行く。二人は瞳を動かして男を見上げた。



「一応神様だから力の差は歴然。そのまま大人しくしていることをお勧めするよ」



 それでも起き上がろうとする修磨と洸縁に、諦め悪いねと呟いた後、待たせたねと、地面に腰を着ける希羅に視線を合わせ直した。



「彼と過ごせるのは、儀式の八月七日まで。その日に、君の命を彼に譲渡する。いいか?」

「はい」



 希羅の声は掠れていた。男は小さく頷いた。



「なら、早速」



 希羅の前に手の平を差し出したかと思えば、その上には一匹の蛍が乗っていた。男は希羅に見せ終えたその蛍を地面に置いた。すると―――。



 希羅は口を両手で押さえた。涙がまた、零れ落ちて来る。胸がいっぱいになる。



「お、帰り、なさ、い」



 震える唇でそう告げるや、希羅は目の前に現れた九歳ほどの男児を思い切り抱きしめた。


 変化した蛍、男児もまた希羅の背中に自分の腕を回して、嬉しそうに笑った。




「ただいま。姉上」

「うん……うん」














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