十二
「ごめんねぇ。洸縁ちゃん。でも」
「はい。何か理由があったんやと思います」
佐為の母、萌恵を見つけ出した洸縁は今、急ぎなずなの家へと向かっていた。
希羅に付けていた式神が消え、焦る気持ちを冷静に保とうとしながら。
(氷燕か。それともあいつが)
全身を黒い布で覆う何かが目の前に現れ、萌恵を抱えて疾走していた洸縁は足を止めた。
一定の距離を保ったまま、目の前の何かを凝視すると、電光石火のように身体を打ち抜いたかの衝撃が走り、ぞわりと産毛が逆立った。
「おまえ。鬼やな」
「ご名答」
目の前の何か―鬼は、布を被せたまま、言葉を紡いだ。
「悪いが、もう少し。あの娘にはあのままで居てもらう」
洸縁は目元を険しくさせた。
「おまえの仕業か?何が目的や?誰と組んでる?」
「誰とも」
鬼は洸縁の剣幕にも気圧されずに静かに答えた。
「あの娘は唯一無二の存在。ただ、何が必要か知りたかったんだ」
「どう言う意味や?」
鬼はその質問には答えずに、片腕を高々と上げた。すると、はらはらと天空から時期外れの雪が舞い落ちて来たかと思えば、氷柱が洸縁目掛けて降って来た。洸縁は寸での処でそれを交わし、息つく暇もなく降り注ぐ氷柱から逃げの一手に出た。
そうして斜め前方へ逃げる洸縁の視界の端に、背を向けて歩き出す鬼の姿があった。
「あの娘には強くなってもらわないと困るんでね。まぁ、おたくもそう思っているから、付きっきりでいることを止めたんだろうけどよ。せめて、式神は強化した方がいいんじゃないか?」
鬼は布から腕を出して掴んでいた黄色の蝶を握り潰した。
術が消えた洸縁の式神であるその蝶は、千切られた紙となって地面に落ちて行く。
「肝心な時。おたくはまた何もできずに後悔することになるぜ」
男の姿が完全に視界から消え去った後も、一時、洸縁への氷柱の集中攻撃が止むことはなかった。




