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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
四巻 天と地を繋ぐは、薫雨
69/135

十一

「海燕。昼飯食いに行こうぜ」

「すみません。この後行くところがあるので」



 城から出た海燕は天架の誘いを断り、足早に希羅の家へ向かおうとしたのだが、視線の端に見知った姿を見つけて駆け出した。












「待ってくれよ」



 人気のない農園地帯に差しかかった処で、海燕はようやくその男に追いつき、肩を掴んで動きを止めた。



 『平安の雫』に属する陰陽師だけが袖を通すことを許される、竹の紋が彫られた衣装を身に付けるその男は振り返り、海燕を見下ろした。海燕は彼が掴んでいる二の腕ほどの大きさの黄色の矢守を見た。



「こいつが悪さしたなら俺がちゃんと言い聞かせるから。退治はしないでくれ」

「おまえには関係ない」

「関係あるさ」



 海燕に睨まれながらも、男はもう用はないと踵を返そうとしたが、海燕も逃がさないと肩を掴んだ。




「おまえ」




 男の声音が冷たいものに変わった時だった。



「あ~。ちょいちょい。お二人さん。喧嘩はよくないねぇ」



 鼠と猫の仮面を被った二人組が二人の間に入り、仲裁を始めた。



「何だ?おまえらは」



 男は苛立たしげに二人組を見た。



「いえいえ。天下の陰陽師様が困っているのではと思いまして。おい。おまえ。陰陽師様の歩みを止めるとは何事だ言語道断だ。きっと、礼儀を知らない芋侍ですよ」



 鼠の仮面の人物は海燕を指差した後、陰陽師に手を擦り合わせながら向かい合った。猫の仮面の人物も同様に、ぺこぺこと頭を下げ続けた。



 海燕は咄嗟の出来事に一瞬呆けてしまっていたが、男の隙をついて黄色の矢守を掴んで、その場から駆け走った。



「おい!」



 陰陽師はすかさず海燕を追おうとしたが、突如立ち込めた白煙に視界が奪われ、風を巻き起こして白煙を消した時にはすでに、海燕の姿はおろか、妙な二人組の姿もなくなっていた。


















「韋弦先輩。俺もう大丈夫ですから」

「もう少しだけそのままで居ろ」



 猫の仮面、韋弦は片腕で抱える海燕にそう告げた後、前を走る天架の後を追った。



 疾風。目まぐるしく変わる景色から解放された海燕はそう実感した。



 韋駄天の異名は伊達ではないと。






 人通りに出て下ろされた海燕は、先輩二人に感謝の意を述べようとしたのだが。



「おまえは莫迦だな」



 鼠の仮面、天架に額を小突かれ、それは叶わなかった。



「すみません。でも」

「でももくそもないわ。阿呆。陰陽師に。しかもあの『平安の雫』の陰陽師が機嫌を損ねたらどうしたよ?ああ?」




 天皇の次に権力を持つ『平安の雫』。彼らの鶴の一声でどうにでもなる出来事が少なからずあった。という噂が巷では流れていた。恐らくは権力を持つ彼らをやっかんでの虚構の噂だろうが、変ないざこざを起こさないに越したことはない。ましてや、個人の問題だけならまだしも。




「おまえは武官っつー組織に属していることを忘れるなよな」

「すみません」



 海燕は頭を下げた。



「器量の狭いやつでないならいいが」



 韋弦にまぁなと答えた天架は一息ついて、こっちに来いと二人を連れて馴染みの茶屋に入り、案内された個室で話を促した。



「先輩たちには見えていないんですけど。俺の膝には黄色の矢守の姿をした妖怪『居易こえき』が居るんです」

「ふ~ん」



 二人は海燕の膝の上を凝視するも、海燕の衣服しか見えなかった。



「名前は佐為さいって言うんですけど。こいつ。二人の人間の精神と魂を肉体から入れ替える力を持っていて。でも未熟だから一人は選べるんですけど、もう一人は無作為なんです。悪戯好きだからしょっちゅうこの力を使って人を困らせていて。師匠に叱られて大人しくしていたはずなんですけど」



 海燕は佐為の頭を小突いた。



「何しでかしたんだ?」



 むやみやたらに妖怪を退治はしない『平安の雫』。ただし、退治する明確な理由があれば、どんな手段も厭わない冷酷残忍な要素も兼ね備えてはいたが。



 佐為は俯いたまま、ぽつりと告げた。



「…頼まれたんだ」

「頼まれた?誰に?何を?」


「分からない。全身を黒い布で隠していたから。ただ、そいつが自分と希羅って娘を入れ替えろって言って来て。俺。怖くて。できないって言えなくて。結局できなくて。俺。殺されるんじゃないかって思ったけど。そいつ。何もしないでそのままどっかに行った。さっきの陰陽師は多分、そいつとは関係なくて、単に俺が力を使ったのに気付いて退治しようとしてたんだと思う」



 海燕は落ち着くように、身体を小刻みに震わせる佐為の両腕を擦った。



「ごめん。俺。洸縁さんとも。おまえとも。この力はもう使わないって約束したのに」

「そんな事情があったなら仕方がない」

「ごめん」



 海燕は佐為の頭を優しく撫でた。佐為はさらに言葉を紡いだ。



「希羅って娘となずなって娘が入れ替わったんだ」

「師匠がおまえのとこに来なかったか?」

「ううん」



(…師匠が入れ替わりに気付かないとは思えない。大体、なずな姉ちゃんなら、師匠に直ぐに自分の名前を言うだろうし……希羅は、一緒に、居るよな。修磨となずな姉ちゃんと一緒に。で。師匠が佐為の父母を捜しに行っている)



 修磨と共に居るのなら、一先ずは安心できる。なのに。この胸騒ぎは何だろう?


 彼を信頼していない?それとも、この推測が間違っている?



「すみません。先輩。事情はまた追って話します。けど、こいつは脅されて力を使っただけです。今回非はありません」



 海燕は立ち上がって居易を抱えたまま頭を下げた。佐為もまた頭を下げた。



「分かった。行って来い」

「気を付けろよ」

「はい」



 海燕は佐為を抱えたまま希羅の家へと向かった。











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