九
「…お母さん。父さんのあんな姿。お母さんが死んだ時以外、見たことない」
抗えない喪失に痛哭し、無力な自分に憤悶する姿は―――。
姫叶は隼哉を問答無用で里へ連れ帰り着替えるように言い残した後、母である咲夜が眠る墓石の前に膝を抱えて向かい合っていた。
「本当に希羅ちゃんが好きなんだよ」
今は力なく涙を流す父を思いながら、ぽつりぽつりと口にした。
「お母さんは父さんを許してくれる?」
母を亡くした自分の為に、新しい母親を捜そうと奮闘した父が好きになったのは、人間の少女。
父は幼い彼女を一目見た時から、忘れたことはなかったらしい。
その時から、もしかしたら、恋心を抱いていたのだとしたら?
その想いに気付かずに、母と結婚したのか?それとも気付いていながら?
「私は父さんに、幸せになって欲しいよ」
どちらでも構わない。父が母を好きになった事実は変わらないから。
「でもどうしたらいいか。分からない」
姫叶は膝に顔を埋めた。
里に帰る途中、憔悴しきった隼哉が寄りたいと告げたところへ姫叶は共に向かった。
天高くそびえ立つ一本の竹。どれだけ高いのか。飛んで確かめようとしても、頂には辿り着けないその竹は、京都の河川の源流地『碧漢』の中央に鎮座していた。
近づけば、竹が水に浸かる部分。大人十人が手を繋ぎ輪になってようやく囲める太さの幹の或る一箇所が仄かに輝きを見せていた。
雨が降り注ぐ水面は、まるで脈打っているかのように波打ち、水の中を見せるのを拒んでいるようだった。
隼哉はその中に身を投じ、水中に潜り込んだ。
確かめたかったのだ。
光り輝いている其処に、彼女の名が書かれているのかを。
「希羅ちゃん」
流したいわけではない。流したところでどうしようもない。止めたいのに、止めどなく溢れて来る。
土砂降りの雨は何時しか小雨に変わるが、一向に止む気配はなく、その日から、梅雨が明けるまで、雨が止む日はなくなった。




