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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
四巻 天と地を繋ぐは、薫雨
64/135

 何時もの時間に目が覚めて起き上がった希羅は、何時もとは違う自分の身体に違和感を覚えた。


(…髪の毛が長くなってるし、身長も高くなっているような)


 成長期かとツッコミながらも、その違和感を確かめるべく、部屋に置いていた丸く小さな鏡を捜す中、部屋の内装自体の違いに気付いた。


(???)


 頭の中に疑問符が無数に浮かぶ中、希羅は薄暗い部屋を進んで玄関の戸を開くと。




「…此処って」




 その場所は、以前希羅が身投げしようとした滝の中流付近で、此処もまた町から離れたところにあった。



 何故こんなところにと、さらに疑問符が増える中、希羅は足を動かして水面に映る自分の姿を見つめ、唖然とした。






「なずな、さん?」



 希羅は水面を見つめたまま、自分、正確にはなずなの両頬に両手を添えた。



「やっぱり、私。だよね。夢?」



 とりあえずと、両頬をかなり強くつまむと、やはり痛かった。希羅はじんじんと痛む頬を擦りつつ、何故このような状態になっているかをその場に腰を落として考え始めた。



「そう言えば。魂と精神を入れ替える悪ふざけが好きな妖怪が居るって、本で読んだことあるっけ……それなら、私の身体にはなずなさんが居るってこと、だよね」



 そう結論付けた希羅はすぐさま立ち上がったが、その足を踏み出すことはなかった。



「……まだ、時間はある、し」






『私が死んでも、死んだことにはならないのよ。だから、あの人たちが悲しむ必要は、全然ないの』






 或る母親の言葉を思い返した希羅は、そのままなずなの家へと戻って行った。










(確か。なずなさんの仕事場は、此処、だよね)



 道の両端に飲食店と土産店、それに宿が集中する三つある宿街の二箇所は、遊里たちが住む農民、商人地帯よりも武官地帯に近いところの東西にあり、もう一箇所は武官地帯の中にあった。前者が庶民向けで、後者が金持ちや貴族、官吏向けである。 


 なずなが働いているのは、武官地帯に近い方の東の宿街にある飲食店『たんぽぽ』だった。おふくろの味を出すような素朴な佇まいのその店の戸を開いた希羅は、おはようございますと告げて、店の中に居た六十代くらいの夫婦に頭を下げた。



「おはよう。今日は早いんだね」


 床を掃いていた白髪でお団子頭の女性、早苗さなえは、にっこりと皺を刻んだ笑みを向けた。


「どーせまた朝飯目当てだろ」


 客と従業員との間を仕切った長く細い台の内側の厨房に居た、白髪のとんがり頭と一本眉毛の男性、龍太りゅうたは、なずなを見ずに包丁を動かしながらそう告げた。


 希羅は来る時間を間違えたんだと焦りながらも、上品に笑って答えた。



「はい。朝食目当てです」



(こんな感じ、かな)



 希羅は自分の笑みが引きつっていないか、この回答で間違ってないかなど、かなり不安になりながらも、その笑みを維持しつつ二人を見つめた。



「ふん。だと思ったよ」



 龍太はぶっきらぼうにそう告げ、早苗が目の前の椅子に座るように促した。

 希羅はほっと安堵しつつ椅子に座って、朝食を待つ間、笑みを持続させ続けた。












「やっぱり私の振りをして来てましたね」



 窓の格子越しに希羅の様子を見つめていたなずなは、同じく見つめていた修磨と洸縁を見上げた。



「私が自分の振りをするとでも希羅ちゃんは思ったんでしょうか?」



 自分が彼女の振りをしなければ、彼女が自分の振りをする意味がなくなる。自分が希羅でないとばれた時点で即、修磨と洸縁が迎えに来るから。



 希羅と入れ替わったんだと分かったなずなは、そう予想した上であっさりと白状したのだが、自分の意に反して彼らがそれを実行しなかったことを不思議に思っていた。



「おまえが自分の振りをしようとしまいと、どっちでもよかったんだよ。多分」



 修磨は希羅を見つめたままそう告げた。なずなは眉を寄せた。



「それはどう言う意味ですか?」


「僕たちならすぐに異変に気付くと希羅ちゃんは分かってる。妖怪の仕業で精神と魂を入れ替えられたってな。その上で、家に戻らないことを選んだ。つまり、ああやって、僕たちに意志を示そうとしてんのや」


「私の意思は完全に無視ってわけですか?ふざけた娘」



 予想した答えとは違っていても、やはり鼻につく娘だと、なずなは思った。



(でも、同情してないとは限らないわ。だから私をこの二人の元に居させようとした可能性だってあるもの。本当に、虫唾が走る)




 この入れ替わりは本当に予想外のもの。期せずして修磨の傍に居られるからと言ってこの状況を利用しようなど、さらさら考えていなかった。それなのに―――。



「で。お二人はこれからどうするおつもりですか?私は一刻も早くこの身体から出て行きたいんですけど」



 漸く自分に視線が集まったなずなは、上品に笑ってみせた。



「だってこの身体。負の妖怪を引き寄せるんでしょう?気味が悪いです」



 一瞬にして不安な瞳を冷めたものに変えた修磨は、なずなの腕を取り店に背を向けて歩き出した。



「ちょ」



 修磨は目を丸くするなずなを連れて、ずんずんと進みながら店から離れて行った。










「あのままずっと見つめていると思っていましたけど」



 『たんぽぽ』から随分離れ、農民・商人の盛況地帯に入って、腕を離されたなずなは修磨の隣に立って速度を合せながら歩いていたが、次の修磨の言葉に、一瞬、言葉を失くしてしまった。




「希羅ちゃんが音を上げるまで、そのままで居てくれないかって」



 なずなは小さくため息をついた。



「どれだけ私の心を踏みにじれば気が済むんですかね?」

「おまえさ。何時まで俺に惚れてる振りするわけ?」

「はい?」



 修磨が立ち止まってなずなを見下ろした。なずなは呆れた態度を取る修磨の顔を睨むように見返した。



「おまえ。希羅に嫌な思いさせる為に俺に近づいたんだろ?」

「どれだけ私を傷つければ気が済むんですかね?」



 間髪入れずに答えたなずなは、にっこりと極上の笑みを浮かべた。修磨はぞっと背筋が凍った。



「ええ、確かに。私は希羅ちゃんが嫌いですよ。気に食わないですよ。でも。だからと言って。彼女に嫌がらせする。そんな幼稚な理由で惚れた振りをするほど、私、落ちぶれていません」




(ああ。誰に似てるかって。修磨に似てたんや。この俺様気質)



 自尊心が異様に高くて、でも、好きな人の為なら直情径行になる上、格好を気にしない性格は。


 後からついて来た洸縁は、そのまま黙って事の成り行きを見守ることにした。




「私はあなたに惚れたんです。だから近づいた。知りたかったから。知って欲しかったから。それだけです」

「そう、なのか?」



 当てが外れた修磨は、ぽりぽりと下顎を掻きながら、あーと何とも言えない声を出した。



「それは、悪かったな。けど、俺には希羅以上に大切な存在はないから、諦めろ」

「爽やかに言わないでもらえます?」



 なずなの極上の笑み攻撃は未だに継続中だった。



「で、私の本当の気持ちを知っても、この状態で居ろと言いますか?」

「…おまえが言うように、希羅の瞳にはあいつしか映っていない。あいつの為だけに、頑張っているようなもんなんだ」



 吐息混じりにそう告げられ、なずなは真顔になった。



「癪にさわるんだよ。希羅も、希羅をあんな風にするあいつも……だから、俺が居なくて、少しは寂しがればいいんだ」

「修磨さんって、子どもなんですね」



 眼中にないと突き詰められている状態なのに、此処まで一直線だと案外清々しくて、嫉妬する気分にさえなれない。



(変な人に惚れたわ。私も)



 ただ此処まで恋が成就する可能性が零でも、諦めるという発想が生まれない自分も相当変だと思うなずなであった。



「遊里の助言を聞き入れる気になったようですね」



 攻めてばかりの彼も、漸く引くという言葉を行動に移す気になったよう、だ。多分。



「希羅が分からず屋なのがいけないんだ。もっと、周りを見ろっての」

「そっくりそのままお返しします」

「俺は、ちゃんと見てる」

「全然ですね」



 何時もの上品な笑みを向けるなずなに圧倒される修磨であった。



(こいつ。おふくろに似てるのかもしれない)



 苦手な相手が増えた修磨は気分が沈んでしまった。



「分かりました。でも、儀式の日までこのままで居るつもりは毛頭ありませんから。せめて。そうですね。二週間。その間にちゃんと打開策も見つけてくださいね」

「分かってるわ」



 後ろを振り返ったなずなに、洸縁は両腕を胸の辺りまで上げてそう告げた。



「修磨さんも。それでいいですね?」



 なずなは修磨に向き直した。修磨はまだ納得いかないことがあるように眉根を寄せた。



「何ですか?」

「その嘘くせー口調。何とかなんないのか?」

「嘘くさいと思う時点で、私のことを全然分かっていませんね」



 なずなはふふっと笑みを溢した。



「いい機会です。この二週間。みっちり私のことを知ってもらいます」

「いや。別にいい。つーか、全くいい」

「じゃあ、私の好きな食べ物から…いえ。理想の結婚生活から知ってもらいましょうか?」

「だから、要らないっつってんだろ」

「私はですね。共働きで「だーもう。知るか!」



 修磨が堪らず走り出したので、なずなもまた彼を追って走り始めた。



 小さくなっていく二人の背を見つけていた洸縁は噴き出してしまった。



「めげんなぁ。あの娘も」



 好かない相手だと思っていたが、存外、可愛らしいとこがあると好感を持ち始めた洸縁であったが。



「さて、と」



 一瞬にして穏やかな表情を冷徹なものへと一変させて、まずはこの状況を打開する妖怪を捜すべく、二人に背を向けて歩き出した。











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