三
――『竹の湖』にて。
「修磨さん。私、竹の箒が欲しいのだけれど、どれがお勧めかしら?」
「修磨さん。竹炭を千円分くださる?」
「修磨さん。この竹酢液って、どんな効果があるのかしら?」
「こちらの竹灯籠とこちらの竹灯籠、どっちがいいと思う?」
(うわ~。相変わらずもてもてね)
戸棚を整理していた遊里は、同じ店番の修磨の人気の多さをほんの少し意外に思っていた。確かに。整っている顔立ちに反した粗暴な感じを持ち合せる見た目だけなら、この人気も納得しないでもなかったのだが。
「お買い上げありがとうございます。そうそう。俺の可愛い愛娘が作った竹細工も買って行きませんか?ほら。あなたにはこれが。あなたには、これとか」
希羅が作った竹細工、楕円形の籠を尋ねてきた女性らにやんわりと勧めた修磨は、そのまま娘自慢を何時ものように始めた。
きっと彼のような人を残念な人と言うに違いないと、遊里は思っていた。娘自慢をする彼は好ましいし、微笑ましくもあるのだが、異性としては絶対に見られない相手だとも。
ただ感性は人それぞれで、修磨の一方通行な親莫迦ぶりを目の当たりにしても、人気が下降するどころか、急上昇して行くという摩訶不思議な現象に至っていた。
(にしても。普段とは偉い違い。接客の玄人、って言っていいのかしら)
修磨が加工場に入った希羅の代わりに、自分が店番をすると言い出したのは、四月にあった桜見の直ぐ後のこと。それから客が五割増しになったのは喜ぶべきことなのだが。
(希羅ちゃん。家でも仕事場でも修磨君が付きっきりで。最初は可哀想だったもんな)
見ている分には、好ましいし微笑ましいが五割。残り四割は鬱陶しい。一割は。ほんの少し羨ましくも思ったりするが、もし実際に自分が彼女の立場になってみたいかと言えば無論断固拒否で、攻めまくる彼に引くという言葉を早く覚えて欲しいと切に願うばかりだ。
(でも、なずなはそんな修磨君が好きなのよね)
「修磨君。なずなのこと、どう思ってる?脈は全くなし?」
午後四時。修磨たちが帰る支度を始める時刻に、遊里がそう問いかけると、修磨はないと即決した。
「そう」
一番険しい山(妖怪が棲まない岩肌が露わとなっている山)と評される斧茨山を登るよりも、遥かに険しい恋の道のりを突き進む幼馴染を応援したい気持ちは山々なのだが、正直、彼は止めた方がいいのではと思わないでもなかった。
「…あいつの親。あんま評判良くなかったみたいだな」
修磨は商品の埃を柔らかい布で丁寧に拭い取りながら何気なしにそう告げた。
「うん」
遊里は修磨の背を見つめながら答えた。
「二人ともまともに働かないで、お酒とか賭博にはまって、借金を繰り返して。一昨年、崖の上から落ちて、亡くなったの……遊里は二人の借金を返す為に一人で頑張って。一緒に暮らそうって言ってるんだけどね。平気だって断られちゃった」
「ふ、ん」
「少しだけ、希羅ちゃんに似てるかもね」
「一欠けらほども似てねぇよ」
(…少しは気にしてるのかな)
口を閉ざし黙々と商品を磨いていく修磨を見つめて、ふとそう思いながら店の外に出て外の天気を見ようとしたら。
「柊君、遊山さん。それに、なずなまで。皆お揃いね」
遊里は店の外に居たなずなと、今となってはもう顔馴染みとなった柊と遊山を店の中に招き入れて、工房へと繋がる裏口に入って希羅を呼びに行った。
「希羅殿。今日はすまなかった」
「いいえ。私もすみませんでした」
(幾ら仕事に遅れるからって、お客さんを放り出していくなんて)
柊は裏口から出て来た希羅に近寄って頭を下げた。希羅もまた柊に頭を下げた。
「何時まで頭を下げてるの。坊ちゃんも。希羅ちゃんも」
「坊ちゃんは止めろ」
一時頭を下げたままの二人であったが、遊山のその一声で頭を同時に上げた。が、希羅の目の前に映ったのは、柊ではなく、修磨の背中であった。
「おまえらな、しつこ過ぎじゃないか?」
修磨は柊と遊山に眼を付けた。
「仕方ないじゃない。うちの坊ちゃん。堅物だし」
遊山は修磨の意に介さず、やれやれと言った具合に肩を落とした。
「溺愛する愛妹の大切な友人が、あんなボロ家に住んでいると知ったら尚更よ。世話を掛けたくなるのは」
「あんな」を強調され、希羅は気落ちするような、反論したいような、何とも言えない気持ちになってしまった。
「確かになぁ。あそこまで外見がボロくて、中も質素で、どんだけ倹約家で、貧乏性ですかっつーほど、そうそう見たことないあんな家と生活をしてるけどなぁ」
修磨は呆れたように告げた。
(う。修磨さん。そんな風に思ってたんだ)
修磨にまで「あんな」を強調されて、さすがに気落ち一色になる希羅であった。
「これでもかっつーくらい生活潤ってんだ。だから、余計なもん、持ち込むなよな」
修磨は後半、声音を低くした。
「じゃあ、肉なし生活でも全然満足なわけね」
「んなわけないだろ」
遊山の発言に、修磨は何言ってんだと不審げな瞳を向けた。
「だって、希羅ちゃんって、そうそうお肉買わないでしょ?貰い物でも結構渋るし。まぁ、結局は好意を無駄にしちゃいけないって思って受け取るけど」
「…はい」
希羅は修磨の後ろで、小さな身体をさらに縮こませた。何か自分が気恥ずかしいことをしているような気分になったと同時に、彼らに気を遣わせていたのかと、今更ながらに気付いた。
あまりお金を使うことのない自分に付き合って、彼らも使わないようにしていたのではと。
(そう言えば、初めてうちに来た時は、お肉食べさせろって、言っていたような)
鳥や豚、牛、兎、馬などの肉は贅沢品で高価なもの(自分の観点で。他は知らない)で滅多に買わないし、貰い物でもやはり恐縮して渋ってしまう。自分で捕ってくれば無料なのだが、魚と違って殺しにくいのもあって、やはり食事は魚肉野草を中心としてしまう。
だが、自分だけならまだしも修磨たちに食べさせないのはどうなのかと、猛省した。
(やっぱり、生きて行く為には、躊躇しちゃだめよね)
今度狩りに行こうと決意する希羅であった。
(たくましい娘ね)
遊山は心の中でくすくすと笑って賞賛を送ったが、同時に懸念も生まれた。
(頑なにお金を使おうとしないのは誰かに渡す為、だとしたら。お姫様の心配は的中しているかもね)
「いーんだよ。そうそう食えなくたって一年に一回食えれば。大体、苦行を終えて食う肉は格別って言うだろ?」
暗に今の食事が苦行だと言っているようなものだと気付いた修磨は、自分の考えなし発言を猛省し、振り返って後ろにいる希羅に違うんだぞと、言い訳を始めた。
「希羅の作る飯は地球一だ。どんな食材でも美味いもの作るし。力が湧き出て仕方がないほど栄養満点だしよ」
修磨は左右の人差し指と親指を合せながら音量を下げて告げた。
「だから。肉を使った飯はもっと最高じゃないかなーと思っただけだ」
「だから遠慮せずに受け取れと言っているだろう」
修磨と希羅の間に立った柊は、持っていた風呂敷包みを希羅に手渡した。
「何時も希羅殿の話ばかりするんだ。あいつは。礼をしたくなるのも兄の筋だろう」
兄とはそういうものなのかと疑問に思う希羅であったが、出会った当初から、貰ってばかりなのはやはりいけないだろうと渋ってしまった。
(ちゃんと考えて渡してくれてるんだけどね)
庶民一般良識的、肩肘はらずに無難な品物。つまりは直栽培(採取)したものばかりで、かつ、量も丁度いいという完璧な心遣いも兼ね備えているのだ。
「余ったから渡すだけだ。捨てるのはもったいないだろう?」
さらにそう言われては断るに断れない希羅は、やはり受け取ってしまった。
「あの、でも、やっぱり、ここ一か月、毎日のように品物を貰うのは、申し訳ないと言うか」
「うん、気にするな」
この話題は終了と言わんばかりに笑顔でそう言われてしまい、後に続く言葉が出て来なかった希羅であった。
(押しに弱いんだよね。もっと、強くならなくちゃ)
希羅が再度そう決意していると、不意に頭上に温かいものが置かれたような気がして、視線を斜め少し上げると、そこに手の平を置いていた遊山の柔らかい微笑が見えた。
「あの」
「宝籤が当たって幸運だーって思えばいいのよ。ね?」
修磨は希羅の頭に乗せていた遊山の手を払いのけた。遊山はあらと驚いた声音を出すも不平不満は告げなかった。
「誰が宝籤だよ。貧乏籤だっての。つーか、余りもんなんか寄こすな。新品寄こせ!」
「がめつい男は嫌われるわよ~」
「あら。そんなことないですよ」
私は好きですし、と、今まで遊里と共に遠巻きに見ていたなずなは修磨の横に立った。
修磨はあっちに行けと手で追い払う仕草を取ったが、遊里は気にしないどころか、修磨の腕に自分の腕を絡ませて、身体を密着させた。
「おい!」
修磨は離そうとしたのだが、何処にそんな力があるのか。なかなか離れなく、強引に引き離してもいいのだが、その姿は見た目的にどうなのかと思うと、強引な行動には移せなかった。
何時もの上品な微笑を浮かべたなずなは、希羅の瞳を真直ぐに捉えた。希羅は背筋が凍りついたかのような錯覚に陥ったばかりか、瞳から背けずにいた。
「ねぇ、希羅ちゃん」
あまりに甘美で、あまりに優しくて、あまりに軽快な声音だった。
「要らないなら、頂戴?」
「あの」
希羅は困惑した。遠巻きに見ていた遊里もなずなとの距離を縮め始めた。
「希羅ちゃんには洸縁さんも居るでしょ?」
「それは」
「心配してくれる人、いっぱい居るものね。立派な親御さんのおかげで。ね?」
心臓を鷲掴みされたかと思うほど、息が苦しくなった。
「なずな」
遊里はなずなの肩に手を置いたが、なずなは気にせずに続けた。修磨、柊、遊山は未だにこのやり取りを奇妙なほどに黙止して観ていた。
「親って薬にもなるのね。知らなかった。私の親は毒そのものだったから」
瞳から感情が消え去ったなずなは、綺麗な人形が喋っているかのようだった。
「ねぇ、要らないでしょ?迷惑でしょ?なら、頂戴?」
「私は、」
何故自分の了解がいるのか。何故そんな瞳で自分を見るのか。困惑が募る希羅はだが、なずなと同様に一心に見つめて来る、冷めた修磨の瞳を見て、疑問を投げかけるのではなく、彼に対する自分の気持ちを正直に告げなければいけないのだと悟った。
「私は……私は、一人で大丈夫ですから」
重たい唇を動かして希羅がそう告げると、修磨は嘘をつけと、この場の重たくなった空気を吹き飛ばすほど、軽快な口調で告げた。
「一人で大丈夫じゃないから俺たちが居んだよ。いい加減、気付け」
一人では何もできない子どもだと、言われたような気がした希羅は修磨を睨みつけた。




