四
「修磨。お帰り」
「…やっぱ来たか」
「ゆずさん。いらっしゃい」
演劇が終わった後も日が暮れるまで遊んだ二人は今、自宅の玄関先で出迎えてくれた譲り葉の式神、ゆずを見上げていた。
「おふくろはいいのか?」
「私の代わりに行って来てと言われましたので。これ。手土産です」
「ありがとうございます」
希羅はゆずから手渡された菖蒲を受け取った。
「早速お風呂に入れましょうか」
「もう用意はしているから入りなさい。二人とも遊び回ったのでしょう」
「はい」「まぁ、な」
久々に盛大に転んだこともあって、着物にも顔にも土が付いていた。
「じゃあ、希羅から入れ」
「いえ。修磨さんから」
「二人で一緒に入ったらどうですか?」
ゆずのこの爆弾発言に、二人の体温は急上昇し、顔は苺のように真っ赤に染めあがった。
「ば!てめー。んなとこまでおふくろに似んな!」
「まぁ、譲り葉様とそっくりなんて、光栄の至りです」
「笑うな!」
「お二人が可愛らしくてつい頬が緩むんです。自然現象ですから、自力でどうこうできませんね」
「嘘つけ!」
「十七歳に戻ったら天地が引っくり返っても叶いませんよ。今だけですよ」
ゆずに耳打ちされた修磨は身体を固まらせたが。
「誰がてめーの囁きに乗るかっての」
「それでこそ修磨様です。希羅様。私と修磨様で食事の用意をしているので先に入って来てください」「いえ。私が」
ゆずは希羅の唇に人差し指を当てた。
「子どもは大人の好意を有難く受け取っておくものです。お返しはいずれ自分が大人になった時にでも。ね?」
優しく微笑まれ、希羅はつい頷いてしまった。
「希羅に言われたかったな」
「「お父さん。大好き」ですか?」
卓袱台を拭いていた修磨の一言に、ちらし寿司を作っていたゆずは振り返らずに言葉を紡いだ。
「実力で言われたいのでしょう」
修磨は口を尖らせた。
「そりゃあ、そうだけどよ。希羅は恥ずかしがり屋だから、そう言う関係になったとしても、言ってはくれないだろうし」
「まぁ、希羅様に限らないでしょう。或る年齢を超えれば誰だって言いづらいものでしょうし」
修磨は卓袱台に額を当てた。
「前途全難、か」
「ご自分の子どもを持ちたいとは思わないのですか?自分の血肉を分けた子を」
「……希羅以外に子どもを作って言ってもらった方が早いってか?」
ゆずは声音が尖ったように感じた。
「いいえ。単なる興味本位です。実の子どもが欲しくはないのかと」
「一度も思ったことはないな」
ちらし寿司を作り終えたゆずは桶を持って居間に上がり卓袱台に乗せた。
「では、結婚したいと思ったことは?」
「ないな。これからもあり得ないだろう」
「希羅様とでも、ですか?」
ゆずは何気なく告げた。修磨は目を点にした。
「おまえ。大丈夫か?父親と娘は結婚できないんだぞ」
「実の父親だったら。あなたはそうではないでしょう」
(……帰ったら譲り葉様に怒られるでしょうね)
だがずっと気になっていた。何故父親でなければならないのかと。
「普通なら赤の他人に愛情を抱いたのならば、父親、ではなく、恋人になりたいと思うはずです。どうして父親でなければならないのですか?」
「んなの……俺に分かるかよ」
修磨はゆずから視線を逸らし、ちらし寿司を見つめた。
「俺だって、どうして父親になりたいか、なんて、未だに分かってねえ。けど。恋人だけは有り得ない。んな関係を望んだことは一度もない」
「そう、ですか」
ゆずは立ち上がって箪笥から箸と皿、湯呑を取り出した。
(もし、希羅様があなたに恋情を抱いたとしても?)
問いかけたい。だが、そうすれば何かが壊れそうな気がして口には出せそうになかった。
『ねぇ、希羅ちゃんは修磨君のことをどう思っているの?』
修磨が少年たちと共に腕を振り上げ続ける中、莫迦だね~と口にしながら眺めていた少女たちに問われた質問。
希羅は湯船に浮かんだ菖蒲と野原で取って来た蓬を見つめた。
『修磨、君は私の父親になりたいらしくて、一緒に居るんですけど。私は、どうなりたいのか、分からなくて』
『そっか。なら、恋人になりたいって、思う日が来るかもしれないね』
「恋人」
不思議と、父親よりも違和感満載に思った。
「やっぱり、師匠、だよね」
「ただいま~」
「洸縁さん、お帰りなさい」
――― 一週間後。十七歳の姿に戻った希羅は何時もの洸縁を玄関先で出迎えた。
「師匠に薬草摘みを手伝わされてやっと解放されたわ。ごめんな」
「薬は?」
奥の方からのそっと現れた修磨に、洸縁は満面の笑みを向けた。
「ごめんな~。薬は完売や。けど、あと一週間したら元に戻るから、それまでの辛抱や」
「何とかしろ!」
「いややな~。薬がないとどうにもならんわ」
「作れ!」
「無理やわ」
(ま。独楽を見せたら元に戻るんやけど。やっぱ、自分で気づかんとな~)
「笑うな!」
「いや~。普段は可愛げが全くないけど、その姿は別やな。自然と目尻が下がるわ~」
「おまえな~」
「希羅ちゃんも可愛いと思うよね」
希羅は肯定しようと口を開いたが、重苦しい視線に気付いて敢え無く口を閉じた。
(娘に可愛いなんて思われて嬉しくないからな)
(…可愛いって、男の人、じゃないけど。思われたくないのかな)
(僕も一緒に演劇したかったのにな)
一人仲間外れの状態だった洸縁が憂さを晴らす為に、当分からかわれることとなった修磨であった。
―――さらに一週間後。
「ねぇ、遊里って、修磨さん、と知り合いなのよね」
店番をしていた遊里は訪れて来た友人にそうよと肯定した。
「修磨君に用?」
「うん」
頬を染める友人に、遊里は厄介なことになるかもな~と予感した。




