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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
三巻 こどもの日~アイは無限大~
55/135

「ぷ。くく。おま。どうしたんだ?その恰好?」


 玄関先に立っていた修磨は狸姿の洸縁を見て大爆笑をした後、腹を押さえた。




「あ~。いてー」


 一しきり笑い気が済んだのか。修磨は洸縁に近づいて、彼の前で膝を屈し彼の頭を叩いた。


「その卵は何だ?食うのか?」



 洸縁が大事そうに抱えていた卵を修磨は取り上げた。ずっしりと重厚で、自分の身長の六分の一ほどの大きさだ。食い甲斐があると心浮き立つ気分であったが、未だに一言も発しない洸縁に、怪訝な表情を浮かべた。



「その卵は希羅ちゃんや。孵るまで肌身離さず持っとけや」




「…は?」




子想鳥こそうちょう妖蚊ようかにやられた。僕は師匠とこ行って力を取り戻し次第、あいつらを追う。君は希羅ちゃんを無事に卵から孵すんやで。いいな?」

「ちょ。おい」



 修磨は後ろに振り返った洸縁のふさふさの腕を掴んだ。洸縁は振り返って嘘やないからなと告げた。



「いいか。いつ何時も肌身離さず後生大事に抱えとけ。腹辺りが丁度いいわ。ただし」

「ただし?」


 目元をさらに険しくさせた洸縁につられて、修磨もまた目元を険しくさせた。


「一番初めに希羅ちゃんに顔を見せるな。いいな?希羅ちゃんが卵から孵ったら一番初めに自分の顔を見せるんや」


 そう言うや、洸縁は何処からか取り出した丸い手鏡を修磨に手渡して、今度こそこの場から立ち去った。




「?何で希羅の顔を見ちゃいけないんだ。つーか、これ本当に希羅なのか?」



 疑問に思うが真剣な…否、怒りに満ち満ちた顔の洸縁を思い返した修磨は、卵を大事に抱えて居間に戻り、探し物を始めた。









「よし。これでいいだろう」



 腹巻をした修磨は自分の腹と腹巻の間に卵を入れて上から着物を被せて、座った状態で妖怪辞典を開いた。



「え~。子想鳥。名の通り子を想う鳥で、子どもが腹を空かせないように在る技を編み出した。それは動植物問わずに卵に変える事だ。例え食べられない動植物でもこれで食べられる。何より卵は栄養豊富だ。これで飢餓から解放される。すごいぞ……どんな妖怪でどんな発言だよ。まぁ、卵は最強だけどな」



 修磨は目録に戻って妖蚊の単語を探し、頁をめくった。



「妖蚊。蚊が変化した妖怪で血ではなく何かを吸い取って分裂し繁栄する。力をあげるんだから痒いの残さないでよ……これ、梓音が書いてんのか?」



 シンと静まり返る部屋の中、妖怪辞典を床に置いた修磨は卵を撫でた。



「希羅。おまえばっか、苦労させてるな」




『一番初めに希羅ちゃんを見るな。いいな?希羅ちゃんが卵から孵ったら一番初めに自分の顔を見せるんや』




 洸縁の言葉が頭の中で反芻する中、別の文章もまた同じように反芻していた。




「愛情を込めて温めた卵から孵った動植物は初めに見た物体を親として認識する。所謂、刷り込みである。か」




 修磨は身体を震わせた。




「希羅が俺をお父さんって呼んでくれんだよな」



 嬉しさの余り相好を崩す。その名称で呼んでくれたらと孤軍奮闘していたところに、まさかの贈り物?



「って。いかーん!こんなんで呼んでもらえたって。実力で呼ばせないでどうする」



 修磨は頭を抱え、眼球の水分が枯れ果てるほどに瞼を見開かせ続けた。



「やべえ。悪魔の囁きが。どんな形だって呼んでもらえた方が。大体、呼んでもらえない可能性が大だし。いや、諦めてないけどよ。けどよ~」



 修磨は力を抜き右頬を卵の上に置いて卵を抱くと、どくどくと鼓動する心音を身体全身で感じた。



「あったけー」



 時刻は十一時。修磨は暫しその温もりに身を委ねた後、布団を敷いて身体を横にしたが卵を押し潰さない為にこれから希羅が卵から孵るまで眠らないことにし、瞼をかっぴらいて夜を過ごした。
















「えーと。修磨君。そのお腹、どうしたの?」



 翌日。何時ものように「竹の湖」に来た修磨の突っ張り出た腹に、その場にいた遊里と海燕、和花、草馬、勉の視線が集中した。修磨はこの家族ならと、希羅に起こった出来事を伝えた。彼らはそうなのかとすんなりと受け入れた。



「つーことで、重たいもんとか持てないから、そこら辺は配慮してもらえると助かる」

「まぁ、それはいいけどよ」



 草馬は修磨の前で膝を屈し腹に触ろうとしたが、修磨にその手は払いのけられた。



「割れたらどうすんだ?」

「いや、悪い」



 鬼の形相の修磨に、草馬は頭を下げた。



「ただ、和花の時を思い出してよ。よく腹を触ってたなって」

「修磨君。触らせてもらえないかしら?いろんな人の愛情を贈った方が早く孵るかもしれないし」



 修磨は一時、無言で卵とにっこり笑顔の和花を幾度か交互に見つめて後、渋々と言った具合に了承した。



「いいか?そっと触るんだぞ」

「おう」



 修磨の厳しい視線の中、草馬、和花、遊里、海燕が順に、最後に遠慮していた勉が触ることになった。



(別に触らなくていいのにな)



 嘆息をつこうとしたら修磨に睨まれて口を一旦閉じた勉は、ゆっくりと修磨の腹に手を伸ばしてそっと触れた。



「熱い」



 思っていた以上の温度の高さだった。それに、どくどくと鼓動する心音が驚くくらいに手の平から伝わった。



「何か、凄いね」



 命が灯っている。そう感想を抱いた勉はそっと離して触れていた手の平を見つめた。



「でも、そんな事情なら休めばよかったのに」

「希羅は自分が原因で仕事を休んだなんて知ったら絶対気にするからな」

「本当に希羅の父親みたいだよな」

「赤の他人が父親になろうっつってんだ。父親以上のことしなくちゃいけないんだよ」

「まぁ、その心意気は立派なんだけどね」

「少し親莫迦すぎるよな。修磨って」



 息の合った遊里と海燕の言葉の掛け合いに、修磨は仲のいいやつらだなと呟いた。



「そりゃあ、姉弟だもの。ねえ?」

「まぁ、な」



 遊里の満面の笑みに、海燕は戸惑いの表情を浮かべた。修磨は海燕に視線を送った後、和花に身体を向けた。



「なぁ、こいつらがあんたの腹に居た時、何してた?」

「胎教かな?私、何もしてないの。今みたいに店子をしていただけで」

「そうなのか?語りかけたり、歌ったりしたら、いいって書いてあるんだけどよ」



 修磨は背負っていた竹の鞄を前に回して一冊の本を取り出し、それを和花に手渡した。



「「お腹の中の赤ちゃんに快適な環境を。うきうきはいはい」。こんな本があったのね」



 和花はぺらぺらと頁をめくった。その本には赤ちゃんにいいとされる運動や食べ物、歌詞などが紹介されていた。一通り見た和花は本を閉じて修磨に返した。



「この本にも書いてるけど、やっぱりお母さんが気分を楽にしてたら好いと思うな」

「そうか」



 修磨は受け取った本を鞄に直して後、卵を優しく撫でた。遠目から見れば妊婦にしか見えないだろう。




「ねぇ、兄ちゃん。修磨が産むわけじゃないのに、何であんな本を読んでるんだろう?」

「まぁ、腹の中に居るか居ないかの違いだし、別に見当違いなことをしているわけじゃないと思う。つーか。俺、そろそろ仕事行かないと。勉も寺子屋だろ」

「うん」



 海燕と勉は行って来ますと告げて、仕事場と寺子屋に向かった。




「さ~て。私たちも開店しますか」



 二人を見送った遊里は肩を伸ばしてそう告げた。



「そうね。修磨君。適度に休憩取っていいからね」

「お母さん。妊婦じゃないんだから」

「あら。そうだったわね」



 和花はふふっと笑った。



「でも、立っていたらお腹に当たっている部分しか良く温められないでしょ?時々身体を丸めて卵全体を温めた方がいいと思うの」

「それはそうかもな。じゃ、言葉に甘える」

「早く生まれるといいわね」

「ああ」

「…本当に初の子どもができたみたいにほのぼのして焦燥感零だけどいいのかしら?」

「焦ってもどうしようもねぇだろし、そんな気持ちも持たない方がいいって思ってんじゃないか?」



 遊里と草馬は和花と言葉を交わす修磨を見つめた。



「うん。そうね。周りが焦ったら本人を余計焦らせるものね」

「普通でいいと思うぞ。けど過敏にならない程度の気遣いもな」

「うん」



 草馬はそう言い残して仕事場へと向かって行った。








 その日、お客にお腹のことを突っ込まれた以外(大事なものを預かっている為だと告げてやり過ごした)は普段と変わりなく、平穏に何事もなく仕事を終えた修磨は夕飯を馳走になった後、一人家路を歩いていた。



「希羅。星がきれーだぞ」



 修磨は着物をずらして卵をほんの少しだけ外に出し、直ぐに着物を整えた卵を包んだ。



「ま。一日で孵るわけないよな。うん。普通だ」




 修磨は卵を優しく撫でながら家の中へと入って行った。












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