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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
二巻 ホスト部で父親修行!?
49/135

十七




―――夜桜見の当日。


 蝋燭の光に灯された桜の花びらが舞い、幻想的な空間を創り出す。


 この日は従業員と常連客、さらに夜桜を見に来た客が入り乱れ、喧騒が絶えなかった。



「薬は効いているみたいだな」

「玄武さん、ありがとうございます」



 其処には無論、普段なら姿を見せない店長である隼哉も居た。



 彼は玄武の噂を聞きつけ、術の効果を軽減させる薬の依頼を申し込んでおり、それが見事完成して、今日は吸血羇の従業員は皆服用していた。



 玄武の言葉通りなのか。

 女性が隼哉や他の従業員を取り囲むも、心を全て奪われてはいなかったのは。




 それとも。




 今この刻だけは、幸福感に満ちているからか。






「言っておくが、この薬は一時的なものだ。しかも取り除くことは出来ない」


 実は、と隼哉は言いにくそうに口を開いた。


「必要なくなったんです」

「ほぉ」


 遠くに映るのは、桜の花びらが舞う中、姫叶が希羅と仲良く食べ物を食べる姿で。


 周りからは仲間たちの笑い声が耳に心地よく響く。


「僕は、ですけどね」


 今日は仲間を立てて飲んでいるだけだがもう飲むことはないだろうし、実際に服用したこれからは、自分以外にもそう思う仲間が出て来るのではないかと考える。




 ただ使うも使わないも彼ら次第だ。




 どちらが正しいなど、分からないのだから。






 玄武はそうかと呟くと、御猪口に残った酒を一気に飲み干し、不敵に笑った。



「必要なら何時でも作ってやる。ただし高いがな」



 搾れるところからは搾り取る。を有言実行する玄武。

 頭の中で金貨が桜の花びらのように宙を艶やかに舞っている。




「帆須徒無はどうすんだ?」


 突如話に割り込んできた修磨は一升瓶を手に持っていて、顔全体はほんのりと桜色に染まっていた。どうやら満喫しているようだ。


「焼売…修磨君。うん。仲間は続けるそうだ。遣り甲斐を感じているらしくて。ほんの少しでも、楽しんでほしいと」



 術の効力は直に会っている時のみ。つまり姿を見なければ、術の効果は切れる。


 一時の魔法。


 ただ自分たちに会っている時だけでも、寂哀がなくなればと。




 それなら何故薬が必要なのかと問われれば無論。

 自分の力だけで振り向かせたいから。


 では逆に何故薬を必要としないかと問われれば。

 術を飛び越えて自分を好きになってくれる人に出会いたいから。






「愛し愛されるって、難しいね。修磨君」

「全くだ…て言いたいところだけどな」

「え、何?」


 隼哉の表情を見せつけられ続けている修磨は、彼の首に腕を回し強く絞めつけた。


「自分だけ手に入れやがって」

「く、苦しいよ。修磨君」

「そのにやけ顔止めやがれ!」

「無理だよ。勝手に顔がこうなるんだ」


 修磨は腕を手で叩く隼哉に構わず首を絞め続けた。


 無論、力の加減をしているつもりだったのだが。


「そろそろ止めてやれ」

「悪い」


 玄武の一言で隼哉を見れば真っ青になった顔が映って。修磨は急いで腕を離した。


「自分の莫迦力をもっと認識しておくことだ」

「早く教えろよな」

「僕は大丈夫ですから」


 息を吹き返した隼哉はまぁまぁと、一方的に玄武を睨む修磨と彼を全く相手にせず酒をちびちびと口に運ぶ玄武の間に入った。



「羨ましいよ、おまえ」


 修磨はドカッとその場に座り込んでさっと隼哉の前に御猪口を差し出すと、隼哉もその場に腰を下ろし会釈をしてそれを受け取るや、酒が縁のギリギリのところまで注ぎこまれた。


「希羅ちゃん、ですか?」


「…俺の想いだけが大きくなっていって。自分でも止められねぇンだよ。気が付けば、あいつのことばっか考えてて。頭から離れなくて」


 ちびちびと飲む修磨と、未だ酒に手を付けない隼哉の瞳には互いに娘の姿が映って。


「親って言うのは、成長する子どもにとって重荷になっていくだけなんでしょうね」



 愛情が大きい分、手放し難く。


 それが子どもにとっては枷となる。




 そう分かっているのに。




「僕は姫叶にお嫁さんに行って欲しくないですね」

「それは当たり前だろう。父親なら、娘にはずっと傍に居て欲しいってもんだ」

「そんな束縛な父親は嫌われるだけよ~」

「酒くせえぞ」


 突如後ろから修磨に抱きついた譲り葉はケラケラと笑い出した。


「こういう愛でたい時にお酒飲まなくてどうすんの。息子」

「分かった、分かった。好きなだけ飲め」

「玄武~。息子が冷たい」

「知るか」


 素っ気ない物言いに、譲り葉は抱きついたまま玄武に顔を向けるも同様の態度で。


「父さんもつ~め~た~い~」

「誰が誰の父親だと?」

「まぁまぁ、師匠。そないな嬉しそうな表情浮かべんと」


 千鳥足で玄武の隣に座った洸縁は何時も以上に笑顔が満開で、言葉を発する度にお子様が思わず鼻をつまみそうなほどの臭気も発している。


「おまえ、視力が落ちたようだな。来い。治してやる」

「いややわ~。素直じゃないんやから」

「全くよね~」


 ケラケラとその場に大合唱が湧き起こる。


「楽しいお母さんだね」

「若作り好きなおば「あら~。修磨。お母さんに抱きつかれて恥ずかしいの?こんなに真っ赤になって」

「酒の「やだ~。もう、照れちゃって。か~わ~い~い~」

「よかったな~。修磨。お母さんに甘えられて。羨ましいわ~」

「なら―――」


 声を荒げるもケラケラの大合唱には敵わず。


 譲り葉と洸縁に絡まれまくる修磨を肴に隼哉と玄武は傍らで静かに酒を飲み交わしていた。


「家族団欒って感じですね」

「まぁ、退屈はせんが「父さん~。お酒がなくなった~」

「迷惑の「師匠~。このお酒、飲みますね~」

「おい!」




 洸縁が懐から取り出したのは、二本の小さな瓶。

 実はこれらは沼の中に大事に保管していたはずの幻の酒『泉架の沙』で。

 玄武が立ち上がり即座に取り返そうとするよりも早く酒は驚異的な速さで飲み干されてしまった。


「さっすが。幻よね~」

「師匠~。ご馳走様です~」

「げ、玄武、さん」


 玄武の全身から炎がほとばしっている、かのように見える隼哉は恐る恐る呼び掛けると、ゆっくりと此方に顔を向けた玄武は今までに見たことがないほどの満面の笑みで。


「たかが酒だ。誰が怒る?」


(な、何も言ってませんけど!)


「そ~そ~。たかが酒。されど酒は飲んでこそ価値がある。ってことで。次行ってみよ~」

「はい。師匠」


 敬礼の形を取った洸縁がさっと次なる酒の瓶を取り出すや、玄武は今度こそはと奪い返そうとするもひらりと躱されてしまい。


「おまえの師匠は私だろうが」

「やだ~。妬いてる~」

「師匠。そないに僕のことを……恥ずかしいわ」

「おまえら、な」


 酔っ払いをまともに相手にするほど莫迦らしいことはない。んな常識分かっているよ。分かっている。苛立つ、ましてや怒る価値さえないことも、重々承知の上だ。






 ただこういう時にすべきことは何か教えてあげよう。






「いややわ~。師匠。真っ黒な笑み浮かべて~。何を企んどるん?」

「いいものをやるから、こっちに来い」



 まずは優しく話しかけること。そして自分の方に来るように手をゆっくりと上下に動かすんだ。そしてのこのこ来た酔っ払いの。



「玄武。こ~わ~い~。修磨。逃げろ」

「動くなよ、小童。洸縁もな」

「動くかっての。早くこの「逃げないと。あの娘に言っちゃおっかな~。修磨のあれやこれやを」


 後ろに抱きついていて顔は見えないのに、ニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべているのは丸わかりで。


 修磨はすっと立ち上がるや、洸縁を片腕で持ち上げ譲り葉をそのまま背に担がせたまま、その場から或る方向に一直線に駆け走り始めた。










「これでよかったの?涼夏」


 和花は隣に座る涼夏をちらと見ると、彼女はじっと千歳と娘を膝に乗せている仁夛を見つめていて。


「いいのよ」


 迷いが全くない断定した物言いで、涼夏は視線はそのままでゆっくりと言葉を紡いだ。


「千歳が生まれて変わった部分もあって。でも頑固に変わらない部分もあって。彼にはその部分がきっと辛くて。ならいいのよ。これで。案外夫婦止めた方が上手く行くような気がするし。一人で大丈夫」


 ねっと笑う顔は真実そう思っているかのようにも見えるが。


「そう……ま。あなたも一人で生きていけるから大丈夫よ」


(も、って)


「…其処は「あなたには私たちが居るものね」とか励ますところじゃない?」

「う~ん」


 即答せずに腕を組み始めた和花に、涼夏は呆れた。


「何で悩むのよ」

「難しい質問だから次に会った時までの宿題にするわ」

「何処が難しいのよ。てゆーか。本当にああ思っているわけ?」

「ええ」


 にっこりと笑う和花に、涼夏は一旦脱力するが、徐々に何かが沸き出て来た。


「そーですか。分かりました。どうせ私は一人で大丈夫ですよ」

「そうそう、大丈夫よ」


(…全く)


 突き放されたように聞こえる言葉も、こうやんわかと言われては笑うしかない。


「あなたに大丈夫って言われると、不思議とそう思えて来るわ」

「だって。私だって一人で生きているし、草馬さんだって、遊里も海燕も勉も、他の皆も。ちゃんと一人で立って生きている」

「…つまり?」

「だから一人でも大丈夫なの」

「…ちょっと、草馬。あなたの妻の言っていることがよく分からないんだけど」

「ああ。気にすんな。俺もよく分からん」


 傍らで他の男性たちと飲む草馬に通訳を頼むも、がははと笑わられ、煙に巻かれているような今の状況。


(ま。もういっか)


 よくよく友人を見つめると、頬は薄らと紅色に染まっており、目は虚ろで。

 酔っ払いは訳の分からないことを言うのが関の山だ。




 辺りを見渡せば、それぞれ盛り上がっており。




くすりと笑った涼夏は傍らに置いておいた包みから箱を取り出すや蓋を開け、立ち上がって中身を一本一本その場に居る者に手渡して回った。














「勉。こんなとこまで来て本を読むなよ」


 両手に食物を持ってそう告げる海燕を、皆の輪からほんの少し離れた桜の樹に寄り掛かって本の頁をめくっていた勉は冷ややかな瞳で見つめた。


「兄ちゃん、分かってないな。家で読むのと外で読むのは雰囲気が全然違うんだよ。家では家の良さ。外では外の良さがある。まして風流な景色の中で読む本は格別なわけ」


 分かったと問い掛けるやまた本に視線を戻した勉に、一旦押し黙った海燕だったが、ひょいっと勉から本を取り上げた。


 不満げな表情に、ニッと満面の笑みを返す。


「おまえの言っていることは分かった。けど。今は皆で話そうぜ。な?」

「…分かったよ。全く」


 勉は不承不承ではあったが立ち上がり、海燕と共に莫迦騒ぎをしている同年代の男子が居る方へと向かった。




「けど、本当に十歳には見えないわね」

「そんなことないですよ」


 希羅と姫叶、遊里、海燕、勉たちが固まって食事を取る中、遊里はパクパクと巻き寿司を口に運ぶ姫叶の顔をじろじろと見つめた後、希羅に同意を求めるや、希羅は力強く頷いた。


「私より年が上に見える。それに綺麗だし」



 実際年齢は自分よりも上らしいが、人間の一年に換算するとこの年になるらしい。


 どうやら妖怪の一年の数え方は人間と同じ者も居れば違う者も居るし、また妖怪同士でも然り、らしい。



「私にとっては希羅さんの方が羨ましい。可愛いし。年より若く見えるって得じゃない?」


 希羅は素早く左右に手を動かし、嫌々と否定した。


「舐められている感じがするだけ。あ。でも、得することもある、か」


 そう口にした希羅だったが、違うかもと、顎に手を付け考え始めた。


(あれは両親のおかげで。この童顔のおかげじゃない、かも。うん)



 涼夏さんによれば町の人がほぼ両親を知っているらしく。

 お世話になっている人はと問われれば真っ先に思い浮かぶのは、洸縁と武家族だが。



(知り合いからって、よくおすそ分けを貰ってたけど。もしかしたら町の人が和花さんたちに渡していたのかもしれないんだよね)



 蓋を開けて見ると。の状態で。

 どれだけの人に支えられてきたのか、この時になってようやく思い知らされる。



(けど。だからこそ)



 決意は変わらない。そう変わらないから決意ってもんだ。頑固なわけじゃない。



 そう言えばと、希羅は挙手して姫叶と遊里に疑問をぶつけた。



「…もしかして童顔だから心配されるのでしょうか?」

「まぁ」

「それも要因の一つだとは思う」

「やっぱり」



 彼女らの同意を貰った希羅はがっくしと肩を落としていると。



「希羅」

「あ。修磨さん…あの」


 譲り葉を負ぶさり洸縁を片腕で持ち上げているその状況を問いかけるべきか悩む希羅の肩を、修磨はどさりと洸縁を地面に落としがしりと掴んだ。


「いいか。こいつらの言うことは真に受けんな。俺に関することは特に。いいな」

「あ、はい。分かりました」


 ガラリと口調を変えた希羅に、修磨は下唇を突き出していた。


(…敬語が嫌なんだろうな。でも板についちゃったし)


 修磨は不意に肩を叩かれたかと思えば、隣に遊里が立っており。


「修磨君。あなた、感情を表に出し過ぎ」

「俺が何時「無自覚なわけ?もっと自分を知った方がいいんじゃない」

「おまえらに忠告される筋合いはない。下がってろ」

「忠告は素直に聞いといた方がいいのに。ね。遊里さん」

「そうそう」

「俺を挟んで会話すんな。鬱陶しい」

「うわ~。希羅さんとは偉い違い。いや。希羅さん。これがこいつの本性なのよ。気を許したら最後、傲岸不遜な態度を取るに違いないわ」

「希羅に余計なこと言うな」

「へっへ~ん。凄んで睨み付けても全然怖くないですよ~だ」


 両手を頬の辺りに持ち上げ指を動かす姫叶はどうやら酒を飲んだ模様。


「この「修磨。母さん以外の女とじゃれつかない~」

「おふくろ。く、離せ」

「嫌だ~」


 修磨は首に腕を回し締め付ける譲り葉を振り解こうと、身体を左右に乱暴に動かすも一向に離れる気配はなく。


「玄武。早くおふくろに薬飲ませろ」

「譲り葉。口を開けろ」


 修磨にやっと追いついた玄武は譲り葉の顎を掴み小瓶を口に近づけるも、彼女は口を一文字に結んだままで。


「希羅。手伝え」

「譲り葉さん。口を開けてください」


 玄武にそう言われ、希羅は立ち上がり譲り葉の耳元に話しかけるや、キッと睨みつけられ、『ん~』や『う~うう~』と話しかけられた。


 口を開けてないので何を言っているのか分からないのが当然なのだが。


 あんたの言うことは絶対に聞かないと。

 そう言っているのが分かる。


「おまえは子どもか。いいから口を開けろ」


 呆れ半分、怒り…なし。呆れ全部。

 玄武は強制的に口を開かせようとするが、地面に鎮座する岩の如くピクリとも動かない。




「おい。おまえの母親だろうが。何とかしろ」

「……」



 何も返さない修磨を不審に思った希羅が前に立つと、其処には葛藤している修磨の表情があって。



「か」



 息と同時に出された単語は聞き取りにくく。また押し黙ったかと思えば、修磨はものすごく嫌そうな顔を左上方に向けて口を開いた。



「母さん。口を開いて」



 その似合わない口調に。その場にいる者の全身に鳥肌が立った瞬間であった。一名を除いて。




「即行の睡眠薬も含んでおいた。暫くは目を覚まさんだろう」

「玄武さん。洸縁さんの分も」



 素直に開けた譲り葉の口の中に問答無用で薬を突っ込むや彼女は眠りに就き。希羅は地面に身体を大の字にしてケラケラと笑う洸縁をゆすり、遊里と姫叶もまた話しを再開し始めた。




 一人身体を震わせる修磨を除き、彼らは何事もなかったように振る舞っていたのだが。




「嗤えよ」

「何を?」

「似合わねーって、俺を嗤えばいいだろうが!」



 ゐの一番に嗤いそうな姫叶がすっ呆けていることが気に食わない修磨は声を荒げるも。



「ごめん。修磨君。嗤えないほどに似合わなかった」



 遊里にズバッと切り捨てられた。ズバッと。



「いや~。幾ら。ねぇ」

「いや~。ないわ」

「そうやね~」



 何時の間にか復活していた洸縁も遊里と姫叶に加わり、ひそひそと声を潜め話し始めた。



(ふ。まぁ。こいつらにどう言われようが、俺には希羅が居れば)



 気持ちを入れ替え頼みの綱の娘を見れば、ふいっと顔を背けられ。


 修磨は凄まじい打撃力を負った。


 今にも血の涙を出しそうだ。




「希、羅」

「私海燕に用があったんだ」

「希羅」

「早く行かなくちゃ」



 スタスタと歩き出す希羅の後を背後霊のように追う修磨。



 血の気がない。




(何で逃げんだよ?)

(何で追いかけて来るの?)



 希羅に至ってはどう反応すればいいか分からずに思わず顔を背けてしまっただけなのだが、修磨にとっては。



『いや。気持ち悪いお父さんなんか。近寄らないで。顔も見たくない』一部抜擢。的な内容の妄言が頭の中にずらずらと浮かんできており。



「希羅~」



 幽霊屋敷の中に入って、お化け役(凄い張り切っていて実に怖い)に追いかけられる客の如き今の状況。


 名が濁って聞こえる。ぎ~゛ら~と。




(怖い怖い怖い)




 一体此処最近でどれだけ怖い目に遭ったのだろうか。


 と疑念が絶えない希羅は速足から足の回転数を増やし駆けだそうとしたのだが、鬼である修磨から逃れられるはずもなく、後ろから腕を掴まれてしまった。



「あ、のな。あれは仕方なしに口にしただけで。俺だって鳥肌が隙間なく出て来たくらいで。だからな。俺も気持ち悪いって思ったっつーか」



(あれ。俺、何が言いたいんだ?)



 何を弁解したいのか。そもそも自分は何も悪くないはず。

 修磨は首を傾げながらも、兎に角と言葉を紡いだ。未だに此方を向いてはくれない希羅に。



「俺が知っているおふくろは何時もあんな感じで。俺をからかうのが趣味で。鍛えるからって言って無茶苦茶なことやらされたりするのも日常茶飯事で。兎に角、滅茶苦茶な女で。最初はさっきみたいに呼んでってせがまれたりして。でもなんか、気恥ずかしいっつーか、むず痒いっつーか。俺の性格に合ってないんだよ。あの名称。けど、時々あんな風に我が儘言ってこっちの言い分聴いてくれない時に呼ぶと、偶にころっと素直になるんだよな…何が言いたいんだかよく分かんなくなってきたが。その。こっち向いてくんねぇか」



「お母さんが好きなんですね」

「…まぁ。憎からずは思っているけどな」



 思わぬ言葉に。視線を右往左往させながら、頬を掻いた修磨はぽつりと呟いた。



「謎だらけの人で、でっかい邸に一人で住んでて。母親ってより姉って感じでよ。疑問ぶつけても何時もはぐらかされて。けど、愛情を注いでくれたのは分かる。だから。感謝も。まぁ、な」



 本人には絶対に告げるつもりは毛頭ないが。そこそこは。まぁ。そこそこは。



 感傷に浸りつつあった修磨はハッと思い直し、口早矢に告げた。



「言っとくけどな。おふくろのところに戻れっつっても、行かねぇからな。前にも言ったが………お、俺を叩き出せるくらいに力付けてじゃないとな……?」



 くるりと此方に身体を向き直した希羅にさっと一枚の紙を差し出され。それを受け取った修磨が文字を口に出して読むと。



「『家と土地の譲渡証明書』。俺にか?」

「譲り葉さんから聞いて」



 ドキンと心臓が脈動を打つが、笑って気にしなくていいと口に出すはずだったのに。



「何を」




(何を口走りやがった)






 徐々に険しくなる表情を、希羅は顔を上げ真正面から受け止めた。



「母が死んだ時から、私を護っていてくれたと。ありがとう「止めてくれ」

「修磨さん?」

「止めてくれ。俺は、ちゃんと護れなかったんだ。礼を言われることをしたことは一度もない。……これ」



 視線を証明書に固定させて、ふっと力ない笑みを浮かべる。



「その礼か?これをやるから傍から離れろって?」

「違います」



 凛と澄んだ声音だった。身体の隅々まで響き渡るような。



「希羅」

「すいません。半分違います。今までのお礼と、これからのお願いを含めて。これを修磨さんに受け取って欲しいんです。あと」



 そう言っては胸元から取り出したのは、広げた片手からほんの少しはみ出るほどの大きさに膨らんだ白い巾着袋で。何が入っているかは容易に答えを導き出せる。




(落ち着け)






「少なくて申し訳ないのですが。これからも少しずつ支払っていきます」






(落ち着け)






 気付かれないように、深く息を吸い同様に深く息を吐く。




 聴きたいのは、重要なのはこの後で。






 希羅は白い巾着袋を手に乗せたまま、言葉を紡いだ。






 この一瞬間、周りの喧騒が嘘のように消え去ったようだった。






 それほど。






「私を護ってくれませんか?」






 この言葉しか、希羅の言葉しか耳に入らなかった。




 否。入れたくなどなかったのだ。






「私が負の感情を持つ妖怪を集めるって。洸縁さんにも確認しました。口を渋っていたけど……自分を護る術は身に付けて行きます。必ず、修磨さんや洸縁さんの助力がなくても自分で解決できるように、早くそうします。でも今の私は莫迦みたいに何も知らなくて。知ろうとしなくて」




 生きると決めたのに、その為の心がけが中途半端で。


 


 周りをよく見て、助力を乞うべきだったのだ。




「すいません。甘えさせてください。報酬がこれだけしか出せないのは心苦しいのですが」






(要らねぇよ)




 何故か涙が込み上げそうになってくる。




(何処が甘えてんだよ。違うだろ?こんな等価交換みたいな考え方。親子でやるか普通)




 もっと、もっと、普通に甘えて欲しいのに。




 無償の愛を捧げたいのに。


 


 だが此処で自分の気持ちを優先させてはもう。






 修磨は肩の力を抜き、全身の力も抜いた。




 要らないと、突っぱねることなどできないのだ。






「俺が貰ってもいいのか?海燕は」


「幾ら海燕が妖怪好きって言っても、お嫁さんになる人が海燕を理解してくれていても。やっぱり此処は不便だと思うんですよ、人が住むには。修磨さんは妖怪で。私よりも長生きできるんですよね。だから、修磨さんは住んでくれれば、家もそれだけ長生きできますし。やっぱりなくならないに越したことはないって言うか」




 家族が居ない家など、ただの家で何処でも同じだと思ってしまっていたが。




「これも報酬って言うより、単なる私の我が儘です。残したいって思いました。出来るだけ長く。名前を書いてもらえれば、それで」


「有難く貰っとく。おふくろの家はどうせ違うやつに渡るだろうしな。そうでなくても、家が二つあれば何かと便利だ。生きてる間は使ってやる」


 目を丸くした希羅は口を一文字に結び、頭を下げた。


「ありがとうございます」

「気にすんな……それは後々の家の修繕費にでも使うから家の中に置いとけ」

「分かりました……あの。他に欲しいのがあれば「希羅。それほかのやつにも言うつもりか?洸縁とか海燕とか」

「はい」



 一切の迷いなき肯定に、思わずため息が出て、目を手で覆い、夜空を仰ぐ。



 純粋無垢と喜ぶべきか。

 世間知らずと嘆くべきか。




 どちらにしろ。




 こういうのを父親が忠告するのはかなり躊躇われるが、致し方ない。






 修磨は最大限に忠告する時に相応しい顔を作った。最大限に。




「あの。何処か痛いところでも」


 その表情に対する希羅の感想を受けた修磨はこめかみを人差し指の第二関節で押さえた。


「ああ。頭が痛い。信じられないくらいに…な。違う、違う!」


(莫迦か俺は)


 信じられないくらいに表情を険しいものへと急変させた希羅に、修磨はこれ以上ないくらいに慌てた。


「嘘!……じゃねぇけど。病的な頭痛とかじゃねぇ。断じて違う」

「洸縁さん…玄武さんを呼んで来ますから、其処で待っていてください」


 表情を変えずに背を向けようとした希羅だったが。



「~~~おまえが欲しいって言われたらどうすんだ!?」



 聞き間違いかと思われる言葉に、目を点にし、時間が止まったかのように一時微動だにしなかった。


 瞳に映るのは、赤面する修磨の顔で。




「へ?」




 やっと出て来たと思った反応は、間抜けな声音での一言だった。











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