十五
「おとうさん。おとうさん。おとうさん!」
「ごめん。ごめんよ」
小さな、されど大きな温もりを、存在をその両の腕で、全身で抱きしめる。
縋りついては離せなかった。
一度触れてしまえばもう。
「泣き疲れちゃったのね」
仁夛に抱きかかえられ眠りに就く千歳の頬を人差し指でつつく涼夏が視線を向けると、仁夛は歩みを止めた。
「「すまない/ごめんなさい」」
頭を下げ、目を丸くし、頭を上げる。寸分たがわず同時に。
「君から「あなたから。お願い。聞かせて」
「…幾ら謝っても償えないことも分かっている。僕が選ばれなかったのも当然だけど。勝手な願いだけど。この娘の。千歳の父親で居させて欲しい」
思いもかけない言葉に、顔が強張る。
「僕が選ばれなかったって。何?」
傷ついた表情に、何故と怯むも言葉を発する。
「僕が逃げ出して戻った時、君が男性を家の中に迎えられるのを見て「それで?」「それで、僕に愛想尽かしたんだって。でもそれは全部僕が悪いから、身を引いた方が「何よそれ」
ふっと力なく笑った涼夏は、キッと睨みつけた。
「何よそれ。男一人いれたくらいで勘違いしないでよ。私が。どれだけあなたを想っていたか。あなたには伝わっていなかったの?」
「…正直に言えば。君の気持ちが何処にあるか分からなかった。だって君は、何時も一人で何でもしようとして。一人で頑張って。僕が傍に居る理由が何処にあるんだって「あなたが居たから、私は頑張れたの。あなたが居たから…でもそれは、あなたにとっては苦痛だったのね」
「ああ。苦痛だった。何もできない自分が、苦痛で苦痛で仕方がなかった」
「……」
「君の傍に僕が居なくても、君は生きていけると、認めるのが苦痛だった。事実だったから余計に」
「違う」
「違わない」
どうして届かない。
「違うの」
「分かるんだよ」
どうして自分の言葉を信じてはくれない。
どうしたら。想いは届く?
ああ。と思い至る。
分かり合えない存在も確かにあるのだと。
(あなたは私を見てはくれないのね)
でもだったらと。呟く。
「そう。そうね。私は一人で生きていけるわ」
だったら自分はどうなのかと。
「あなたは何やらせてとろくさいし。見ていて苛立たしかった。居なくなってせいせいしてたの。だからあなたを見ても会おうとか思わなかった。でも千歳がどうしてもって。叶えてあげられてよかった」
涼夏は千歳の頭を優しく撫で、視線を娘の寝顔に固定させた。
嬉しくて、嬉しくてたまらないと言う寝顔に、どれだけ焦がれていたかが思い知らされる。
「あなたは千歳の父親。言われるまでもなくそうなってもらうわ」
「ありがとう」
安堵し、嬉しさが込み上げてやまないその声音を耳にすれば諦めもつく。
「別に。感謝される筋合いはない。けど。そうね。一つだけ約束して」
「約束?」
「そう。約束」
自分から逃げ出すのは構わない。
だが。
「千歳の父親であることから逃げ出さないで。これを破ったら、絶対に赦さない」
視線を仁夛に向ける。
込み上げそうになる想いを抑え、逸らさない。
「偶に会いに来れば?千歳はちゃんと分かってくれるわ。どちらにも似ないで、聡い子だもの。本当に、聡い、優しい子」
「ああ…すまない。ありがとう」
違う言葉を告げそうになる自分を抑える。
想い合っていても、傍に居られないことは、あるのだと。
今はただ。
「今日はもう泊まって行けばいいわよ」
顔を仁夛に固定させたまま、瞳だけを動かせば父親の手をがっしりと握る小さな手が映って。
「娘と母親の二人だけの家だもの。気兼ねすることないわ」
素っ気ない物言いにも、悟らせない熱を込めて。
これくらいの意地は伝わって欲しい。
真正面から表情の変化を逃すまいと、顔を見つめた涼夏の瞳には。
「ああ」
ただ懐かしい笑みを浮かべる仁夛が映った。




