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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
二巻 ホスト部で父親修行!?
46/135

十四

 声の限りその名称を叫んだ結果、効果は覿面。

 ボンとお馴染みの音が聞こえ白い煙が発生したかと思えば、希羅は背中の圧迫から解放され。


 そして。



 恐る恐る後ろを振り向くと其処にいたのは幼児化した姿の修磨の。



「き、き、き、希、羅。今、お父さんって。お父さんて」



 周りに多種多様な花が飛び散りそうなほどの満面のにやけ笑みの姿で。



(…絶対面倒なことになると思ったんだよ)



 後悔は先に立たない。うん。なんて当たり前な言葉だ。



「あの。修磨「お父さん、だろ」

「……ち「お父さん」



 言い訳すら言葉にさせられないこの状況。



(だめだ。もう一回言えばなし崩しでずっと一緒に居る羽目になる)


 じりじりと迫る笑顔攻撃を何とか躱そうと必死に頭を捻らせる。


(え~~と。お父さんって名前の食べ物)



「お、おどんさん、て言ったんです。うどんのことを尊敬した人たちが付けた名前です。おどんさん。おとんさん。お父さん。発音が似ているから聞き間違っちゃったんですね」



 アハハと笑った希羅の瞳には、あからさまに落ち込む修磨の姿が映って。

 幼児の姿だからか。同情心が一層煽られる。



「そ、そうなのか」

「ええ、はい」

「お父さんって聞こえちゃったな」

「似てますからね。アハ、アハハ」

「お父さんって、言って欲しいな」



 うるうると瞳を潤す修磨に、分かっていてやっているのかと思わず突っ込みたくなる。



「お父さんって、言って、欲しいな」



(ヒィ)



 再度同じ言葉を区切って告げる修磨はじりじりと希羅に近づいて来て、希羅は後ろに引き下がるも、壁に当たってしまい逃げ場がなくなってしまった。



「希羅」



(怖い怖い怖い。違う意味で怖い)








「…この姿でもだめか?」


 希羅の心を読み取ったのか。修磨は立ち止まり真顔になった。


「えと。だって、お父さんじゃ、ないですし」

「そうだな。俺は希羅の父親じゃない。けどそれは生みので。世の中には育ての親だっているだろう?」

「ええ、そうですね」

「だから。俺がお、お父さんって、呼ばれる可能性は皆無じゃないよな」



(ええ~。そんな期待に満ちた爛漫の瞳向けられたって。応えられないのに)



 だが一言告げればこの世の終わりみたいな表情を浮かべられるのは目に見えて分かって。






(…仕方がない、か)


 希羅は一旦両の手を凝視して後、修磨の瞳を真っ直ぐに見据えた。



 告げるつもりなど毛頭なかったが。




「私に、赤ん坊の弟が居たのはご存知だと思いますが」



 震えると思っていた唇はそうならず。希羅は淡々と言葉を紡いだ。



「うちに来て数日して母と一緒に逸り病に罹って。洸縁さんが色々と世話をしてくれたんですが、その甲斐なくて、ご飯食べられないほどにどんどん衰弱していって」




 白黒だった世界に色が付く。きっともう忘れられない。


 違う、




「弟の名前、私が付けていいって、両親に言われたんですけど。いい名前を付けようと思ったら、なかなか決められなくて。やっと決まったと思ったら、凄い長い名前になって。だからずっと赤ちゃんって呼んでて。……ずっと泣いていた弟を母がずっとあやしていたんですけど、母の方が先に逝っちゃって。もう此処に居ないって、分かっていたんでしょうね。傍に居た私の方を見て、両の腕を伸ばしたんです。温もりが欲しかったんでしょう。なのに。私は逃げてしまった。怖かったんです」




「私はあの子を、拒んだんです。一番そうしてはいけない時に。私が後ろに下がっても、弟はじっとわたしを見つめたまま。泣きもしないで、じっと。なのに。ずっと動けなくて。弟はそのまま息を引き取りました」




 希羅は意識をして深く息を吸い、静かに息を吐いた。




「両親は素晴らしい人たちです。私の誇り。けど私は違う。違うんです。護られる価値なんかない。心配される価値なんて、ないんです」



「…だから。一人で生きて行くと?」



「分かっています。一人で生きていけないことは、よく分かっている。けど。だからこそ。出来得る限り私は一人で出来るようになりたいんです。しなくちゃいけない。私につきっきりで構うなんて、そんな時間の勿体ことをして欲しくなんてないんです」




(おまえは今も、家族に囚われたままなのか)


 それが前に動いているのならどれだけ喜ばしいことだっただろうか。


(莫迦だよおまえ)



 過去ばっかり見て、どうして今を見ようとしない。

 そう問いかけたいがしない。




「おまえの傍に居ることが、俺の幸せだったとしてもか?それでもおまえは、時間が勿体ないと言うのか?」


「どうして其処まで私に拘るんですか?」


 ふっと浮かべた笑みは、本当に柔らかくて、穏やかで、優しくて。



「好きになるのに理由は要らないって。よく言ったもんだよな。それなんだよ。おまえの父親になりたいと思った。理由は分かんねぇ。けどよ。おまえを想うだけで俺は幸せになれる。おまえの傍に居られたらもっと幸せだ。色々してやりたいって、自然にそう思える。そう想えることがすげぇ幸せで。なぁ。俺は幸せ者だ」



 口調から、言葉の端々から幸福感に満ち足りているのが分かって。



「そんなこと言われたって。私。もう。どうすればいいんですか?傍に居られると、苦しんです。私なんかがって。莫迦みたいですよね。自分で自分を追い詰めて。分かってますよ。けど。どうしたって、消えてはくれない」



 自傷する姿が見ていてあまりにも痛々しい。それを本人が分かっているから余計に。




「契約を結ぼう。希羅」

「…契約?」



 思わぬ単語を発した修磨はだが、何処か納得が行ったような表情を浮かべた。



「ああ。俺も一方的だったんだ。傍に居たいって。いきなり言われ続けたら、そりゃあ困惑するわ迷惑だわで。だからよ。俺は引き下がる。その代わり、おまえが前に出ろ。甘えろ。いいんだよ。甘えて。ずっと気張って来たんだろ。十分資格がある。大体子どもってのは全員その資格があるんだよ。どんなやつでもな」


「…この年で甘えたくないです」


「強情なやつだな。じゃあ願いはないのか?」


「同じことじゃないですか」


「おまえ本当にめんどくさいやつだな」


「だって。自分で叶えてこその願いです。人に叶えてもらっても嬉しくないです」



 あまりにも強固な自立心は折れることがなさそうで。修磨は頭をわしゃわしゃと掻いた。



(一人でやろうとすることが板についてんだな。こりゃあ、難しいわ)



 親にとっては喜ぶべきことなのだろうが。見ていてあまりにも危うい。



(いや。これも親だからそう思うだけか)



 だから普通ならばそのまま手放せばいいのだが。



(俺は今あの人と同じ状態……ってちげえよ!流されんな自分)



 傍に居なければいけない理由がある。

 断じて。そう断じて。私意だけではないのだ。






「あらあら」


(!?この声は)



 突如、軽快な女性の声音が希羅と修磨の耳に届いたかと思えば、修磨は瞬時に固まった身体をその人物のいる方へ、まるで長年開かれなかった扉のような不快音を発しながら動かせば。



「自分に嘘をついてはだめじゃない」



 双眸に映るのは。



「修磨」



 からんころんと下駄の音を響かせながら入って来た。



「おふくろ」


「え!?」



 満面の笑みの母親こと譲り葉で。


 彼女が二人にぶつかるあともう少しでの距離で一旦歩みを止めたかと思えば、足をほんの少し曲げて勢いを付けて飛び出し。


「抱きつくな!」


 愛する息子の胸元に己の身をぶつけたのだ。



「恥ずかしがることないじゃない」

「嫌がってんのが分かんねぇのか」



 必死に離そうとするも、女性の力とは思えないほどの腕力。しかも通常の姿でも容易ではないのに幼児姿ではますます手こずる始末。



「…前回は我慢したからいいと思ったのに」

「あ~。偉い偉い。って言うとでも思ったか!」



 数分後。漸く距離を空けたかと思えば、息子の冷酷さ(!?)にぶすりと頬を膨らませた譲り葉は無視して、修磨は希羅の方に身体を向け直し、言いにくそうに口を開いた。



「あ~。希羅。これが一応俺の母親「譲り葉、と申します。また、会ったわね」

「?また」



 初めての間違いじゃないかと訂正しようとした希羅はだが、この笑顔、から発せられる黒い空気に見覚えがあり。


(確か…)


「この姿では初めてだけど」



 疑問を口にはさむ暇もなく、譲り葉は立ち上がって一枚の長方形の白い紙を取り出し何事かを呟いたかと思えば、ボンと白い煙が発せられ、そして。



「「萌恵/さん」」


 姿を現したのは修磨の常連客の女性の一人で。


 クスクスと笑う譲り葉に、身体を震わせた修磨は詰め寄った。見たことがないほどのにっこり笑顔で。


「息子をからかってそんなに楽しいか?」

「ええ」

「あの「あなたが気付けば済む話だったはずじゃない?気が緩みすぎ。だから」



 譲り葉は同じくニッコリ笑顔で断定した自分を大喝しようとしたのを遮り、口を噤んでしまった修磨から、視線を希羅の方へと移した。



「この娘を護れなかった」

「待ってください!」



 軽快な声音での言葉に、瞬時に反応したのは希羅で。



「あら、何か違う?」



 射抜かれるような視線が全身を蝕む中、希羅は重たい口を開いた。



「自分の身は自分で護ります。だから護れなかったとしたらそれだけの話。修磨さんが責められる謂れなんて一つもないんです」



 知らず、口の中が渇く。



 譲り葉は口を閉ざした希羅から修磨へと視線を戻した。



「可哀想に。フラれちゃったわね」

「…何しに来たんだよ」



 ちょっとねと告げ、一歩足を踏み出して距離を完全に縮めた譲り葉に、頬にそっと手を添えられた希羅はその感触に背筋が凍った。




 生温かい手の平は確かに血肉が通うはずなのにどうしてか。

 熱が急上昇した今は、氷のように冷たく感じる。




「実は、あなたに忠告しに来たのよね」

「忠告、に?」



 声音も軽快で、表情もずっと笑顔のままで、冗談を告げているかのようなのに。



「ええ。忠告しに」



 暗闇に一人放り込まれたかのような感覚に陥る希羅の瞳は優艶な紅の唇に固定させられる。


 まるでそれだけが此処を抜け出す唯一無二の道標のようで、視線が動かせないのだ。




「止めろ」

「無理ね」


 静かで怒気を含むその低い声音を発した修磨は後ろから肩を強く握るが、顔色一つ変えない譲り葉に、眉根を寄せる。


「おふくろ」

「この娘の言う通りよ。自分の身は自分で護らなくてはいけない。だからこそ、知る必要がある」

「おふくろ…止めてくれ」

「…あなた、本当にこの娘のことを護りたいの?」



 呆れ交じりの物言いに、苦虫を潰したような表情を浮かべる。



「護りたいに決まってんだろう」

「ええ。そうね。その気持ちに偽りはないでしょう。けど」

「あなたは自分のことしか考えていない」



 反芻の声が発せられるかと思われたが、そうはならず。押し黙った修磨に、譲り葉は辛辣な言葉を投げかける。



「怖い思いをさせずに楽しく隣に居たい。って、黙って。教えないで。それで結局怖い目に遭わせたじゃない。護るって。全然自覚ないじゃない。挙句、拒まれただけで姿を消して。洸縁君が護るから平気?他人任せでどうするのよ。考えが甘過ぎ。…あなたの覚悟ってその程度だったの?違うでしょう。それにあなたも」



 それはぞっとするほどの極上の笑みだったが、徐々に険しさが募る。



「自分で護れなかったらそれまでの話?ええ。確かにそうね。否定しないわ。あなたがどう死のうと私には関係ないわ。赤の他人のままだったらね。けど今は違う。息子があなたを娘にと想っている。あなたが死んで悲しむ息子の姿を私は見たくない。断じてよ」


「そんな、勝手なこと」



 反駁しようと言葉を発するも後が続かない。



「言われても困るわよね。けど世の中そんなものだと諦めて、修磨を傍に置いておきなさい」



 忠告ではなく脅しに来たのだと、希羅は息苦しく感じた。




 が。




「本当ならね、絶対嫌だし、私が代わりたいくらいなのよ」


 いじけた物言いに、重苦しい空気が急変する。


 目まぐるしい展開の速さに、もう何が何だ、どうなってんだと困惑するしかない。



「こんな羨ましい立場に居るのにどうしてそれを拒むの?顔は良いし、体形も。素直じゃない性格に、遊び好きな子どもの発想に行動。まさに理想の息子よ。私がどれだけ手放すのに辛苦を舐めたか。あなたに分かる?」


「ええと」



 悔しいと言わんばかりの顔をこれでもかと近づけられた希羅は半歩後ろに退くも、逃がさないと、両腕を掴まれた。




 逃げ場がない。




「息子を他の女に取られる母親の気持ちが分かるかって聞いてるの」

「ええと。じゃあ、持ち帰って頂いて結構です」



 譲り葉に身体を強く揺すられながら告げた言葉に、瞬時に反応した修磨は母親を押し退け、ぱたぱたと羽を動かしてその場に身体を留め希羅の肩を添える程度の力で握った。



 顔が下に向けられているが、掴まれた肩から振動が伝わって、どんな表情を浮かべているのかが安易に予想出来る。と希羅は思っていたのだが。



「自分の身は自分で護るとおまえは言ったな」



 予想外に落ち着いた声音を意外に思いつつも、希羅がはいと断定するや、修磨はがばりと顔を上げた。


 何故か意地の悪い笑みを浮かべて。



「なら俺を追い払え」



「……は?」



 呆気に取られる希羅をよそに、修磨は堂々と言葉を紡ぐ。



「おまえはな。妖怪を引き寄せる体質なんだ。しかも負の感情を持つ厄介なやつをな。俺は違うが」



 あまりにもあっけらかんと言われた為か。

 へぇそうなんですかと、何の感情も籠っていない声音が出てしまった。



「ああ。それで洸縁や海燕が傍を離れたがらなかったってわけだ。俺も然り。どうだ?これを知ってもおまえは俺に傍に居るなと言うか?」

「はい」

「だよな」



 答えは容易に想像できていた為、修磨の態度は変わらなかった。

 ガキ大将のような堂々とした、時に理不尽なそれは。



「おまえは一人で大丈夫だと言う。ならそれを示せ。俺を追い払えない今の状況ではその言葉は信じるに値しないからな。つーか。夢物語だな。夢。現実じゃないんだよ」



 そう言うや、希羅の頭をぺしぺしと叩いた修磨は今にも悪の笑い声を発しそうである。


 一方、好き勝手言われていた希羅の頭は思考容量範囲を超えた為、一時停止し、口を開くも何を告げればいいか分からない状況に陥っていたので。


「あの。すいません。一人で考える時間が欲しいんですけど」


 片腕を上げてそう提案するや受け入れられたので、部屋の隅っこに体操座りになって、沈思黙考した。



 簡単に整理しよう。

 まず自称育ての親の修磨は実は用心棒だったが、自分が拒んだ為に敵に回った。



(…敵、じゃない。うん。なんだろう?)



 希羅は遥か彼方、黒に覆われた空を目を細めて見上げた。



(ああ。早く眠りたい。現実逃避をしたい。それで目が覚めれば目の前の人達は居なくなっているんだ。アハハ。アハハハハ)



 今まさに現実逃避中の希羅だったが何故か心はすっきりしていた。原因が分かった為に気が楽になったのだろうか。
















「あらら。心此処にあらずね」

「俺、泣きたい」



 修磨は膝を抱え顔を腕の中に埋めた。


 あんな挑発をしてはもう得ることはできない。アハハウフフと笑い合う日常はもう。


 幾ら形振り構っていられないからと言って、何故あんな嫌われることを言ったんだ自分。




「そんなに落ち込むことないわよ」

「けど。希羅は自分が危険な状況に居るって知ってしまった」



 そう修磨が懺悔するように呟くや、譲り葉は口元を綻ばせた。



「大丈夫よ。うやむやなままより、ほんの少しでも真実を知った方が度胸がつく。対処法が分かる。強いのよ。腹を括ったら。人間でも妖怪でも動物でも」

「…けど。俺はもう、お父さんって呼ばれることは絶対ない」


(あらら。弱音を吐いちゃうの)


 だがそれでも。呆れ四分の一で嬉しさ四分の三。親莫迦だ。実感はある。


「大丈夫よ。お父さんて、呼ばれたでしょう?」

「けどあれは、仕方無しで」


 いじけた空気を吹き飛ばすように、ふふんと、譲り葉は胸を張って言葉を紡いだ。



「状況はどうであれ呼ばれた。知っているでしょう?名は体を表す。あの娘は葛藤の末にあなたが欲する名称を、偶像を叫んだ。どれだけ心が籠っているか想像できる?あなたはいずれお父さんになれるわよ。だって、そう呼ばれたんだもの。言霊の力。特に」






「子どもの力ってすごいんだから」











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