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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
二巻 ホスト部で父親修行!?
45/135

十三

「あ、あの」


(近い。近いって)


「可愛いね。そんなに恥ずかしがることないんだよ」


 にっこりと無邪気に笑う男、隼哉は真正面から隣に身体を移動させ、希羅の肩に手を乗せ自分の方へと引き寄せた。


 カッと全身に熱が帯びる。



「あのですね。私は、あなたと結婚なんか出来なくて」

「君は僕たちと一緒に居ても普通で居られている。それだけで十分なのさ」



(話がかみ合ってない)



 従業員の一人に呼び出され、最初の部屋と同様に薄暗い此処に連れて来られたかと思えば、その中で一人待っていた眩い金色の髪が印象の男性に急に求婚され。



(玄武さんが無料で物くれるからいけないんだ。もう絶対受け取らない)



 希羅が自分自身に誓いを立てる中、隼哉はどんどん話を進めて行く。



「新婚旅行は何処にしようか?」

「……あの。無理してません?」



 ニコニコ笑顔が瞬時に固まり、何か地雷を踏んだかの如く瞬時に不穏な空気が漂う。



「どうして?」

「いや、あの。間違いです。焦っていませんかです。はい」

「そう、かも」

「いや。焦る必要全然ないですよ。格好いいですし。四十に見えないですし」

「見た目だけ?」

「え?」



(見た目だけって。会ったばかりなんだから、それ以外に何を褒めろと)



 ニコニコ笑顔に、何故か背筋が凍り、同時に冷や汗も出る。



「そうだよね。ついさっき会ったばかりなんだから、僕のことなんか知らないよね」

「え、はい」

「じゃあ、結婚しよう」



 何処から『じゃあ』が出て来るのか。まるで意味が分からない。

 困惑に困惑を重ねる希羅をよそに、隼哉はぺらぺらと言葉を紡ぐ。



「それから僕を知っていけばいいし。ほら。結婚してから育まれる愛もあるでしょう?」

「えと。じゃあ、今私に対して愛はないのじゃないでしょうか?」



 グルグル回る頭の中、何とか結婚を思い留ませようと口早矢に出た言葉に、隼哉は目を見開いたかと思えば優艶に笑った。



(何々何?私何か地雷踏みました?)



 顎に手をかけられ顔を引き寄せられた希羅の直ぐ目の前には隼哉の顔があって。



「君は聡い子だね」

「いえ。もう、自分で何口走っているかちんぷんかんぷんで。莫迦ですよ。莫迦ですから」

「希羅ちゃん。きっと運命だったんだよ」

「はい!?」



 吐息がかかり、ぞくりと背筋を何かが通る。



 気のせいか、どんどん距離が縮まっているのは?



「覚えてないのも仕方がない、か。君はまだ小さかったから。けど。僕は違うよ」

「そ、そうですか。近いですね」



 もうテンパっている希羅に、隼哉はくすりと満足げに笑った。

 


「うん。近いね。けどこうしないと、口付けできないから」



 最大級の発言に、希羅が限界値を超えたのは言うまでもない。



「いやいやいやいや。あのですね。口付けは愛し合っている者同士がやることでして。初対面の私たちがやるようなことでは」

「知らないかな?僕たちの祖先は昔、初対面の者同士でこの行為をやっていたんだよ」



(へぇそうなんですか。て納得できるわけないでしょうが!!)



「お、お金は、有り金全部渡しますから」



 この状況にこの科白は合っているかなど考える余地もない。言葉通りに有り金を差し出そうと胸元にやろうとする希羅の手を、隼哉はぎゅっと握り、真剣な表情を浮かべた。



 もう時間が惜しい。



「僕が欲しいのは君だよ。希羅ちゃん」

「へ。ちょ」



 腰に手を回され、顎に手を添えられ。

 けど自分の両の手は自由に動かせるのに。



(怖い)



 どうしてか。




 足の指先から頭の天辺まで微動だにできなくて。



「大丈夫。僕に任せて」



(全然大丈夫じゃないから。怖いから)



 だから一人で何とかしなくちゃいけなくて。



 なんとかぎゅっと拳を作った希羅は隼哉の胸元にその両拳を押し当てた。



「止めてください」



 絞り出された想いに、時間が止まったかのように数秒、二人とも動かず。

 希羅が通じたのかと安堵しようとした矢先、椅子の上に押し倒された。


 言葉にならない状況とは今のこの時のことで。



「ごめんね。僕にも、急がなくちゃいけない理由があって。あの娘の為にも早く」



 紡ごうとした言葉は、瞬時に引込めさせられた。



(まさかこんなことになるなんて)



 苛立ちや焦燥よりも、叱咤と謝罪の言葉が先立つ。



「ごめん。ごめんね。其処まで嫌がっているとは思わなかったんだ。今の子は一度くらいなら簡単に了承してくれると思っていたから」



 傍から離れ態度を急変させた隼哉を疑問に思った希羅が震える指で頬に触れると。



「私、泣いたんですね」


「…希羅ちゃん?」



 疑問に思う。

 どうしてそんなに凍りついた表情を浮かべるのだと。



 起こそうと隼哉が手を差し伸ばした時、希羅は思い直したかのように胸元から白く丸い球を取り出しそれを床に叩きつけたかと思えば、部屋全体が白い煙で覆われる。


 視界が奪われている隙に、急いで身体を起こし椅子の上から飛び降りた希羅は門へと駆けだした。



「大丈夫。大丈夫。一人でできる。できるから」



 何度も何度も繰り返し呟く希羅はだが、腕を掴まれ、振り払おうと思いっ切りその腕を上に振り下げ、胸元からあらゆる球を取り出そうとした時だった。




 今一番来てほしくない者の声が耳に入ったのだ。




(嫌だ)




 ガシャンと窓の割れる音がしたかと思えば、曇りない声と駆け足が耳に届く。




(嫌だ)




「希羅!!」


「莫迦父!!」


「来ないでください!!」


「姫叶!?」



 四人の声が寸分たがわず重なり合った瞬間、白い煙は外へと急激に流れ、四人の姿が露わになる。














「希羅。泣いてんのか?」



 さっと座り込んでいる希羅の顔を視認した修磨からぶちんと、堪忍袋が切れる音が盛大に響いたかと思えば、修磨は飛び出し瞬時に隼哉との距離を縮め、彼の胸元を強く握り腕を大きく腕に上げ、振り下ろそうとしたのだが。



「「止めて/ください!!」」



 二人の少女の声が重なり、修磨は隼哉の鼻先に当たるというところで拳をピタリと止めた。



(あいつだけなら止めなかったのに)



 修磨の視線が注ぐ中、希羅は立ち上がったかと思えば、隼哉の顔を思いっ切り引っぱたいた。



「「な/え!?」」



 全くの予想外の展開に、修磨と姫叶、それに叩かれた本人も目を丸くした。



「き、希羅?」

「殴るなら自分でやれます。だから。大丈夫なんです」



 口早矢の強い語調も、震える身体の前では台無しで。希羅は両の手を強く握りしめた。



「大丈夫なんです。私は一人で大丈夫なんです。もう、構わないでください」

「…できねぇ」

「構わないで!!」

「できるか!!」



 激昂に激昂がぶつかる中、修磨は息を吐いて静かな声音を発した。



「できねぇよ。また失うかもって思ったら、目の前が真っ暗になった。居なくなろうとしたよ。おまえがそれを望むなら、してやりたい。けど。洸縁の莫迦も海燕の小僧も当てにならねぇし。だから」


「だから一人で大丈夫って言っているじゃないですか」


「大丈夫じゃなかっただろうが」


「大丈夫です。そうですよね。隼哉さん」


「あ、うん。そうだね。あの白い煙玉、見事だったよ。うん」



 思わぬ自分への呼び掛けに、殺気の含んだ視線に、隼哉はしどろもどろに答えた。



「ほら。大丈夫です」

「てめぇ。嘘言ってんじゃねぇぞ」



(ヒィ。なんて怖い顔だ。まるで鬼だ)



「父さん。情けない顔しないでよ。私、泣けてきたわ」

「そ、そんなこと言ったって。怖いものは怖い……って!!姫叶。どうして此処に?」

「父さんが女性を掻っ攫って悪さしているって耳にしたからでしょうが。あ?何やってくれてんの。何したのあんた?」

「怖いよ。姫叶」

「怯えんな!!」



「…私もあれくらい強くなれれば。そうだ。あの人の弟子に「止めろ!!それだけは止めてくれ。後生だから」


「そうそう。女は護ってやりたい、くらいの感じが一番なんだから。止めときなさい。私だってね。こんなことしたくないのよ。けど。このもやしがあまりにもよわっちいから」


「き、姫叶。女の子なんだから、もう少し言葉遣いは丁寧にしようね」

「あんたが頼りないからこうならざるを得なかったんだっての。もっとしゃんとしろ」

「姫叶は父さんのこと、嫌いになっちゃったの?」



 恐る恐るの問いかけに、姫叶はキッと睨み、隼哉は嫌悪感を滲ませたその視線を受けて思わず後ずさってしまった。



(何よ)



 その態度がまた癇に障り、口が止まらない。



「嫌いよ。当たり前でしょう。女の子攫って。何してたの?どうせ厭らしいことしてたんでしょう?気持ち悪い。父さんなんか、大っ嫌い!!牢獄にずっと閉じ込められて一人で死ねばいいのよ!!」


「き「触らないで!!……汚らわしい」



 蔑んだ瞳を向けて後、姫叶は割れた窓から飛び出し駆け走った。




「同情するつもりはないぞ。てめぇは希羅を泣かせた。それだけで万死に値する」

「しゅ、修磨さん」



 項垂れる隼哉を修磨は見下ろすや、重々しい空気が静かに膨張する。



「私は何もされてませんから」

「けど泣かされた」

「違います。欠伸が出ただけで。だから」



 冗談ではなくこのままじゃ本当に隼哉が殺されると思った希羅は必死の思いで止めようとしたのだが、どうやら怒りに我を忘れて耳に届かないらしい。



(そうだ。お手玉を見せて小さくなってもらえば私でも止められる)



 そう考えた希羅は修磨の前に立ちお手玉を見せたのだが、どうやら隼哉だけに焦点を絞っているようで。



(どうしたら)



「隼哉さん。逃げてください」



 とりあえずの時間稼ぎにと、後ろに座り込む隼哉にそう提案するも、当の本人はいいやとゆっくりと首を振るだけで。



「娘に嫌われた父親なんて、生きる価値ないから。死んで当然だよ」

「嫌われたくらいで「僕にとっては!…娘が全てなんだ」



 その迫力に、その言葉に、生気の失った顔に、希羅は思い出していた。


 家族が全てだと言い放ち、死のうとしていた自分を。


 では自分と同じかと問われれば。




(違う)




 希羅は修磨に背を向けて進もうとする身体を足を踏ん張り全身で押さえ、未だ座り込む隼哉に優しく話しかけた。


「娘さんは誤解しているだけだから。ちゃんと説明すれば分かってくれます」

「……けど」

「ちゃんと謝れるんだから、謝ってください」



 私とは違ってと、隼哉の耳には何故か聞こえ。


 どうして彼女に自分たちの術がかからなかったのかが垣間見えた気がした。



「けど」

「こっちはこっちで何とかします。大丈夫」

「ごめん」



 そう告げるや背を向けた隼哉の背中から真っ黒な翼が生え、突風が部屋の中に巻き上がったかと思えば、忽然と彼の姿は消えていた。

 希羅は目を丸くするも、ぐいぐいと押される身体に直ぐに意識は此方に引き戻される。



「修磨さん」


 名を呼びかけ、お手玉を高く上げて顔の辺りにチラつかせるもまるで効果がない。


(何とか意識をこっちに引き戻せば。けどどうすれば)


 或る単語が思い浮かばないでもないが、それを口にすれば後々面倒なことになるような気がして躊躇してしまう。




 が。




 もう抑えられないこの状況では形振り構ってられず。




(あ~。玄武さんのせいだ。もう)








「~~~お父さん!」











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