四
「希羅ちゃん。どうかした?」
(私何か失敗した!?)
その問いかけの理由を訊かずにそう判断した希羅が即座に謝ると、隣に立つ遊里は違う違うと手を左右に振った。
「ちょっと暗い顔してた。私ってだめだな~みたいな」
「そう、ですね」
軽い口調で遊里にそう指摘された希羅は口の端を上げた。
―――『竹の湖』にて。淡い緑色を基調としたこの店は草馬と和花の武夫妻が営んでおり、主な売り物は草馬が作った籠・背負子などの竹細工だが、机・椅子などの家具や竹トンボ・竹馬などの遊び道具、炭などの日用雑貨、季節限定での筍や竹茶などの食材といった竹を扱った物なら多種多様に揃っているように心がけていた。
希羅は草馬に弟子にしてもらったものの、今の処は掃除と店子をしているだけで。今日も海燕の姉である遊里と共に店番をしていたのだった。
(修磨君が原因なのかな)
海燕が連れて来た彼はかなり印象に残る人物だった。それは姿形ではなく、武家全員の前で発した第一声で。
(『希羅の給料上げろ』だもんね。で。第二声で『希羅が世話になっているな』だし。順番逆でしょ)
海燕の説明によると、見た目が自分と変わらない年齢の彼は彼女の親代わりのような存在らしく。
(溺愛され過ぎるのも考えものよね)
思い起こすは嬉々として熱弁する修磨の姿で。
「何かあったなら何時でも相談に乗るから」
遊里はそれだけを素早く耳打ちをし、いらっしゃいませとにこやかに笑いかけながら店の中に入って来たお客の元へと向かった。
(遊里さんだったらこんな風に悩まずに済んだんだろうな)
あんな風に積極的に接せられれば。誰とでも気軽に話せるのならば。
(優しいし、美人だし。それでいて気さくだもんね)
遊里さんみたいになれればと。正直に羨ましいと思ってしまう。
「あの」
(あ。何時もお母さんと来る子だ)
遠慮がちに話しかけてきた大人しそうな短い髪の毛の女の子は年が六歳の千歳という名前で、何時も彼女を連れて来る髪を上に結ぶ母親の名は涼夏といい、三十五歳、線香花火職人のいなせで惚れ惚れとする性格と見目であった。
和花さんから聞いた話では、父親は居ないのだとか。
「いらっしゃいませ」
(今日は一人なのかな)
辺りを見回すも、母親の姿は見当たらず。
「お母さんは仕事、かな」
「うん」
「欲しい物見つからない?」
「………」
(う。どうしたんだろう)
急に口を閉ざしてしまった千歳は希羅を見上げるも下に俯いてしまったので、希羅は彼女の傍に近寄り膝を曲げて視線を同じにした。
「何かあったのかな?」
「お姉ちゃんも、ひとをたすけるのがしごと?」
その言葉に目を見開いた希羅は次の瞬間、困った風な笑顔を向けた。
「私のね。お母さんとお父さんはそうなんだけど。二人はもう居なくて」
言葉を濁した希羅を察したのか。千歳はまた口を閉ざしたが、その場を去ろうとはしなかった。
(噂を聞いて来たんだろうな。けど。私じゃ、力になれるとは思えないし。お母さんと来ていないってことは、お母さんに言えないこと、かな。だとしたら)
「えっとね。和花さん。呼んで来ようか。私よりもすごく力になってくれるから。秘密にして欲しいならね、ちゃんと守ってくれるよ」
希羅がそう提案するも、千歳は頭を小さく振るだけで。
(お母さんに言われると思っているんだろうな。仲良いから)
「…遊里さん、ごめんなさい。少し外して大丈夫ですか?」
「うん」
お客と話が盛り上がっている遊里は顔を上げた千歳の頭を、次に希羅の肩に優しく手を置くと、またさっと戻って行った。
(本当に敵わないな)
「私でよければ、力になるよ」
「うん」
こくんと頷いた千歳の小さな声音は本当に嬉しげで。
抱いた希羅の或る思いはだが、話を聞くにつれて徐々に小さくなっていった。
(苦手、なんだよね。こういうところ。うう。遊里さんの薄情もん)
仕事が終わってから一緒に来てくださいと頼むも、それはもうとびっきりの笑顔で嫌よとバッサリ切られてしまい。
なんでもこういうところは鼻持ちならないらしい。
「希羅ちゃんもこういうところに興味を持つようになったんやね」
「俺、意外だな」
(そりゃあ頼まれなきゃ絶対に行かないって)
「ハハ。まぁね」
本音は心の内に留めて洸縁と海燕の言葉に笑って応答した希羅の瞳には、眩いばかりの装飾が施された店の門と、もう少し顔の角度を上げるとドでかい文字の看板がドドンと映り込む。
正直に言うと猛速急で逃げ出したい。
が。
ごくりと唾を呑み込み覚悟を決めると、希羅は一歩前に踏み出した。
「じゃあ、あの。私行ってきます。洸縁さんと海燕は帰って大丈夫ですから」
「僕其処で待っとくから」
「俺も」
と、指さす先には赤い提灯でお馴染みの居酒屋の屋台があり。
(…過保護って言うんだろうな。大丈夫なのに)
幾らそう伝えても譲らない彼らに、これで気が済むならと半ば諦めている自分も居て。
だが、と思う。
「あまり飲みすぎないようにしてくださいよ。海燕もね。酔っぱらうと性質が悪いんだから」
「大丈夫や。それより希羅ちゃんも。気を付けるんやで。男は狼やから」
「大丈夫です。巾着の紐はしっかり閉じてますから」
洸縁に両肩に手を添えられた希羅の手には、お金が収められている桜柄の巾着がしっかりと握られており。洸縁はこくりと頷くと、店をビシッと指差した。
「じゃあ。行って来」
「はい」
まるで決戦に向かう娘と彼女を見送る父親のやり取りのようで。
その後、再度行ってきますと告げた希羅はきびきびとした足取りで蛍光色豊かな門をくぐって行ったのだった。
「まぁ。異性に興味を持つほど、大人になったってことやね」
(…師匠)
哀愁がたっぷりと漂う洸縁は、ほんの少し老けたように見えたと。海燕は後に語った。




