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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
一巻 はじめの一歩
28/135

二十七

「希羅」




 治療を終えたと、元の姿に戻った修磨に玄武と洸縁が告げたのは、開始して丸一日経ってから。

 全身包帯に包まれた希羅は自宅に移されて一週間経った今も、眠ったまま。



 どれだけ名を呼んでも、反応の一つも見せてくれない希羅に焦燥が募る中、二人に問い詰めても、もう時間だけしか解決しないから、辛抱強く待ての一点張り。




 耳を口元に近づけば、吐息がかかる。




 胸に手を置けば、とくんとくんと、心音が響く。




 生きている証はそれだけだった。






「希羅。希羅」




 名を呼ぶことしか出来ない。




 目を覚ましてくれと、言うことなど出来なかった。


 


 縛り付けるのが怖かったと言うよりは、真実、自分の意思で、生きようとして欲しかったから。




 誰の為でもなく、自分の為に。




 生きる為に寄り掛かられるなら、喜んで支えになる。




 だが。




 生きることそのものに寄り掛かられてはだめだ。




 それでは、今までと何が違う?




 生きていて欲しい。心底そう思う。




 それでも。




 縛り付けてまで、苦しませてまで、生かしたい、とは、思えない。思わない方がいい。


 


 物分かりのいい自分は自分にそう告げる。






 傍らに座っていた修磨は包帯が取れた希羅の傷一つない綺麗な顔を凝視して、膝の上でぐっと拳を強く握りしめる。






 そう。




 苦しんでまで、生きてなど欲しくない。が。




(俺は、おまえと、もっと一緒に)






 はたと、気が付けば、これで何度目となる涙が零れ落ち、声を殺して嗚咽を防ぐ。




 家族が絶対の希羅にとって、他のものが生きる理由になるとは思えない。




 実際、海燕や櫁、その家族が傍に居たにも拘らず、希羅は死を選んだ。




 それなのに、出会ってたった数日の自分が、その理由になり得ると思うほど、自惚れているわけではない。




 だが。




 絶対の存在になどならなくていい。




 そんな胸糞悪い存在になどなりたくない。




 小枝一本で、毛筋一本ほどで好かった。




 ほんの少しでも。




 生きる理由になり得たらと。






「俺言ったよな。おまえが死んだら俺も死ぬと」




 これは縛り付ける為の言葉だから、もう。




「やっぱ止める。どうかしてたんだよ。生きるのが大好きな俺が、たった一人の人間の小娘が死んだからって、死ぬわけないっての。あ~。莫迦だよな」




 殊更、声を明るくする。寂しさや苦痛など、おくびも出して堪るものか。




「だから、な。おまえが死んだって、別段、どうこうならねぇから」




 だから。




 瞬間、口にしようとした言葉を、身体の奥底に沈みこませる。






 修磨は矛盾している自身に、苦笑し。






(生きていて欲しいが、死んでもいいなんて。俺はどっちを望んでんだよ)






 そして、顔を手で覆った。






(そんなの)








「退きや」

「何すんだよ!」



 水を汲みに行き慌てふためいて戻って来たかと思うや、自身の身体を強引に希羅の傍から引き離しその位置に落ち着いた洸縁に、修磨は不満を再度口にする前に、急いで洸縁と反対の位置に滑り込み、希羅の顔を見つめた。



 微かに瞼が震えたかと思えば、次の瞬間、ぱちりと瞼が開けられる。



 修磨は声が出なかった。



 驚きでか、喜びでは分からないが、名を呼ぶと絶対に思っていたのに、全く声が出ずに、ただ穴が開くかと思うほどに見つめることしか出来なかった。



 それは洸縁も同様に。ただ彼は待っているだけに過ぎなかった。



 希羅が開口一番に、どんな言葉を発するのかと。






 二人が固唾を飲んで見守る中、何度か瞼を開閉させた後、希羅は視線だけを洸縁に向けた。


 心配させていたのだと、その表情を見れば分かる。


 妙に真顔な表情はきっと、自分を想っての顔なのだろう。と。


 この言葉がこの場に相応しいのかは分からないが。




 希羅はそう思いながらも、強張った顔に笑みを浮かべさせようと、口の端をほんの少しだけ上げて口を開いた。






「ただいま」






 洸縁はほんの少し目を見開かせて後、口元を綻ばせ希羅の頬に手をそっと添えた。




「お帰り。希羅ちゃん」




 生ある世界に。










「おまえら。また俺の存在忘れきっているだろう」



 二人だけの世界を形作る希羅と洸縁に、一人異空間に居る修磨はわなわなと怒りで身体を震わせると、洸縁は今初めて修磨の存在に気付いたかのように素っ頓狂な声を出した。



「あれ、君何時の間に?」

「ずっと居ただろうが!」

「ええ?何処ぞにふらりと旅立ってたやろ。薄情なやつやで、こいつ。希羅ちゃんの守護神のくせにな」

「このやろう」



 修磨が立ち上がって洸縁の元に詰め寄ろうとした時だった。

 希羅が自身の名を呼んだので、修磨は即座に座り込み、何を言うのかと期待を込め彼女の顔を見つめていた。



 が。



「お土産、は?」

「…は?」



 肩透かしもいいところだった。


 何故自分には感動的な言葉はないのかと、修磨は目を点にしながら、自身の発言より洸縁の発言を信じた希羅に、優先順位が遥か彼方に居ることを痛感した。



「嫌やな~。旅に出たら土産は付きもんやろうに。ほら、出し惜しみせずに出し」

「あのな」



(行ってもないのに出せるわけないだろ。つーか、此処で何か出したら本当に行ってたことになるじゃねぇか)



 再度ずっと傍に居たと伝えようとした修磨だったが。


 向けられる視線に。


 生きている安堵感に。


 どうでもいいかと思うようになり。



(実際。傍に居たからって何か出来たわけじゃねぇからな)



「忘れた」

「うわ。最悪やね君」

「たかが土産如きでそんな科白言われる筋合いはねぇ。つーことだからな、希羅。土産はまた今度な。ま、会えたらの話だが」



 そう言うや、すっと立ち上がった修磨は持参していた手荷物を持ち、希羅に笑みを向けた。



「元々仲間捜すのが目的だったからよ。守護神っつーのは、単なる暇潰しだったってわけだ」



 無邪気な笑みだと希羅が思っていると、希羅と、修磨は優しく名を呼び言葉を紡いだ。



「おまえは妖怪じゃない。人だ。人を殺してもいない」




 瞬間、希羅の顔から笑みは消えた。




「だって、私。人を」

「希羅ちゃん。僕言ったよな。君には厄介な妖怪が憑りついているって」

「は、い」

「そいつは人が怯えたとこ見るのが好きな下衆な妖怪でな。けど臆病なやつやから、そんな人を殺すとかはできん。もし手に血が付いててそう思ったんなら、それは死んだ動物の血やったんや」




 幾度も幾度も、根気よく告げられた言葉。




 だがずっと信じられなかった。




 何故なら。




「けど、私。人を殺したん、です。覚えています」




 ずっと告げられなかった自分だけの真実。




(やっぱし、あいつ)




 一瞬険しい表情を浮かべた洸縁に気付くことはなく、希羅は勢いよく上半身を起こし、顔を歪めながらも言葉を発した。




「父と母が話しているところを、聞いたんです。あの山は人が入ったら死ぬと。でも妖怪は違う。私は入ったのに、死にませんでした。だから私は「妖怪が憑りついてたから、そう思われて命が奪われんやった。それだけや。けど。もう安心してや。妖怪は取り除いた。怖い夢を見ることも、もうない」



 そう言うや洸縁が頭を下げたので、希羅は止めてくださいと慌てたが、洸縁はその姿勢を崩すことはなかった。



「遅くなって君に怖い思いさせてしまった。ごめん。希羅ちゃん。ごめん」

「そんな」

「君は人を殺してなんかない。妖怪やない」

「希羅。曲がりなりにも陰陽師のこいつと、史上最強の鬼の俺が違うってんだ。これ以上の証はない

ぞ」



 まだ納得いかず眉根を寄せる自身にそう告げる修磨と、未だに頭を下げている洸縁を希羅は見つめた。


 


 真摯な態度に、瞳に。




 希羅は彼らから自身の手に視線を移した。




 血に染まった手。




 だがそれは憑りついた妖怪の仕業だと。




 動物の死骸の血だと。




 人を殺した場面は見せられたものだと。




 本当の出来事ではないと。








 希羅は一時、ぎゅっと瞼を硬く閉じ、ゆっくりと開け、二人を交互に見た。



「私、人を、殺していないんです、ね?」

「ああ」

「私……私は」



 希羅は口を一文字に結んだ。




 二の句が次げない。




 言ってもいいか分からなかった。



「私は「ゆっくり。な?ゆっくり治してこう。急ぐ必要なんて何処にもない。そんで、手料理食べさせて?」



 優しい洸縁の言葉に肯定された気がした希羅は、口を何度か開閉させた後、やっとのことで言葉を口に出すことができ。



「私。生きて、行きます」




 口にした途端、ぼろぼろと、涙が零れ落ちてきた。




「お母さんたちの為にも、私の為にも、私は、私は」




 自分一人の為に生きていけるほどに強くはなれない。




 まだ死んだ母たちに寄り掛からなくては、生きてはいけない。




 けど。




「生きて良かったって。そう思えるように、私は、生きて行きたい」




 真実、そう思えるように。




 だが本当はその気持ちはもう貰っている。




 両親に、弟に、それに。




 こんな自分を支えてくれた海燕や櫁や彼らの家族に出会えて。




 目の前に居る人たちに出会えて。








 洸縁は傷に触らないように、ほんの少しの隙間を空けて希羅をそっと抱きしめた。


(この野郎)


 やろうとしていたことを横取りされた修磨は恨めしげに洸縁を見つめたが、ふっと口を綻ばせた。




「希羅。俺はおまえが死んでも生きる。だから安心しろ」


 縛り付けるつもりは一切ないから。




 ただ。




「今度会えたら、また手料理でも食わせてくれ。まぁ、そん時はもっと腕を上達させといてくれよ」




 照れくさそうに鼻の頭を掻きながら口にした修磨に、洸縁は仕方がないと、そっと希羅の身体から離れ、希羅は修磨を見上げて口にした。



 また、会いましょうと。



 その後、修磨は希羅の家から立ち去って行った。









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