二十
「泊まっていけばいいだろう。みんな喜ぶぞ」
「夕飯ご馳走になっちゃったし、さすがに其処までは。大丈夫。寺子屋にでも泊まるから」
鄒桧が居なくなってから一時無言になった海燕と希羅だったが、さすがに冬の夜は長時間外に居られるものではなく。ゆっくりとした足並みで海燕の家の前に辿り着いたのだが、またも拒まれた海燕は少しばかり苛立ってしまった。
「甘えられないのは他人だからか」
「当たり前じゃない。て言うか。もう十分に甘えさせてもらっているし、これ以上甘えたら自分の為によくないわ」
人当たりのいい面立ちに飄々とした物言い。それが一人で立つ為に得たものなのか。
海燕が押し黙る中、即座に答えた希羅はそのまま背を向け無人の寺子屋に向かおうとした時だった。
「帰るぞ」
「嫌です」
屋根から降って来て自身の前に現れた修磨の横を通り過ぎた希羅は、足をスタスタと動かし始めた。
「死ぬ気があるなら、自分で死ねたよな。けどおまえは生きている。何てことない。おまえは生きたいと思ってんだよ」
後ろから耳に届いたその言葉に。
希羅はだが足を動かし続けた。
早く死にたかった。
だから山に行ったのに、どうしてか殺されなかったのだ。
自分で死ねる?
それが出来たらこんなに苦しい思いなどしなくてよかったのに。
生きてと言われた。
両親共に、生きて欲しいと。
(ひどいよ。その一言がこんなにも縛り上げるものだって知っているくせに)
罪人を縛る地に繋がれた、彼らの自由を奪う鎖のように。
(一緒に逝こうって言われた方が、私は嬉しかったのに)
だから期限を付けた。それさえ達成できれば、きっと赦してくれると、そう思って。
それに死にたかったのは、彼らが居ないから、だけではないのだ。
血塗られた手。
それが自分の本性だ。
(何も知らないくせに、分かった風なこと言わないでよ)
「だったら言えよ」
心の内に留めた言葉なはずなのに、どうやら口に出していたようだ。
修磨の声が耳に届き、動かしていた足が鈍くなる。
修磨は希羅との距離を縮めようとせずに、降り立った場所に立ったまま背を向ける彼女に言葉を贈った。
「何時も何てこともないような態度取りやがって。こっちがどんだけ苛立っていたか分かるか?な、海燕」
(はっ!?此処で俺に話を振るか、普通)
信じられないものを見るかのように、海燕は此方を振り向く修磨を仰視したが、其処には我関せずと、素知らぬ表情を浮かべる顔しか目に映らなかった。
(俺も)
見知らぬ振りをすればいい。
そうしなければ、離れていく。
けどそんなの、本当は。
希羅の為だけではない。
むしろ自分の為だ。
誤魔化し続ける自分に辟易するのはもう、嫌だった。
「俺は、おまえに生きていて欲しい。だから出来ることがあれば「なら後継ぎになってよ」
希羅は二人に背を向けたまま、だが、足を完全に止めた。
「海燕に望むのはそれだけ。跡継ぎになって欲しいだけ。ほかには要らない」
「それは、できない」
(どうしてそんなに拒むのよ)
希羅は唇を強く噛み締めた後、振り返って拳を強く握りしめた。
「私は!」
口に出したらもう、戻れない。
だけど。
あそこを此処に留めるには。
「人を殺す、妖怪だもの」
荒げたものから一変した鳥の羽ばたきの様に小さな声音。希羅は二人を直視など出来ずに、だがつかつかと距離を縮め、海燕の胸に証明書を押し付けるや振り返り走り去った。
病は二種類に分かれる。
一つは菌や細胞の変化、生活習慣よって発症する病気の類。
もう一つは、妖怪に憑かれて発症することを差す。
君は後者だと、洸縁は希羅に告げた。
「人を殺す?あいつ、何言ってんだよ。そんなこと」
『妖怪』の単語より、『人を殺す』の言葉に敏感に反応してしまった海燕の頭の中は困惑で立ち込めていたが、呆然としていた身体と思考は、次の瞬間弓矢の如く動き始めた。
(師匠。ないよな)
大丈夫だと告げられた。
治してみせると。
自信に満ちた声音。
だが表情はどうだった?
(何で俺は)
あの時見失った。
今度こそはと。
なのにまた。
違う。
前とは違うのだ。
海燕は証明書を握りしめたまま、駆け走った。




