十九
「そう言えば。おまえもう十七なんだよな」
「おかげさまでね」
別の話題に切りかかったのは、受け入れたのは、これ以上、深みに嵌りたくなかったからだ。
視線を月から希羅へ移した海燕は声音を明るくし、それに続くように希羅もまた同様の声音を海燕に返した。
「今年は櫁から何貰ったんだ?」
「それがね。今年は話題にさえ出て来なかったわ。まぁ、年を経るってそういうことよね」
「いや。まだ十七年しか経てないからな」
櫁は家族の代わりに毎年盛大に祝ってくれ、何時も豪華な食事を贈ってくれる。食事だけで満足ですかって?勿論です。
「おふくろたちは祝いたがってんぞ」
「う、ん。けど、櫁だけで満杯って言うか」
家族を喪ってから毎年申し込まれてはいるが丁重に断っており。ハハと笑った希羅は無言になり、総じて海燕も黙って月に視線を戻した。
一時見つめていた月が不意に姿を消したと思ったら、二人の目の前に或る人物が突如現れた為だった。
希羅はその人物の顔を視認するや、さっと立ち上がりその場を後にしようとしたが叶わず、自身の腕を掴み行動を遮る人物をキッと睨みつけた。
「離してください」
語中を強めたのは、明確な拒否の証だった。
「離してください。何度申し込まれても、あなたにあの家を渡すつもりは一切ありません」
「どうしてですか?我々専門家に託した方がいいではないですか」
未だに希羅の腕を離さない、烏のように漆黒の長髪を肩まで垂れ流し、人当たりのいい表情を浮かべる人物、鄒桧は、『平安の雫』に属する陰陽師だった。
何時も笑みを浮かべる点では洸縁と似ていたが、漂わせる空気がまるで違う。
日向のようにぽかぽかと温かい雰囲気を醸し出すのが洸縁だとすれば、彼は深海のようにシンシンと冷え切ったものだった。
鄒桧が希羅の前に現れたのは、森から帰って来てから数日後のこと。
両親が居ない幼女が一人で暮らすには不向きだろうと、別の家を用意するから跡継ぎにして欲しいと申し込んできた。
希羅にとってはそれは願ってもいないことだったのだが、丁度家に居た洸縁が物腰柔らかくやんわかと、だが確固な態度を以て断ったのだった。
そして彼が去って告げられた一言。
『平安の雫』には何があっても渡すなと。
この時だけ。
否、父である柳が亡くなった時の険しい表情を一瞥した時も、同様の感情を抱いた。
血も凍るほどの恐怖を。
「あれに言われたからと言って、あなたがそれに従う必要など何処にもないのですよ」
希羅はぐっと拳を握り、目元を険しくさせた。
鄒桧は洸縁を名で呼ばず、まるで物のように何時も『あれ』呼ばわりする。
確かに最初は洸縁さんに言われたからであったが、今は違う。
親しい人を忌み嫌うのではなく蔑む呼び名でしか口に出せないのならば、本当に此方から願い下げだ。
消えるのならば、それがあの家の運命だったのだと、受け入れる。
だが。
今はまだ、諦めるわけにはいかない。
「物騒な少年ですね」
「その手を、離してもらおうか」
何時の間に抜いたのか。有無を言わさぬ声音を発する海燕に真っ向から殺気を放たれ、刀を首筋に突き詰められた鄒桧はあっさりと希羅の腕から手を離し、海燕もまた刀を鞘に戻したのだが。
「出て来なくて結構ですよ」
瞬間、鄒桧の足元の影が濃くなったかと思えば、彼がゆったりとそう告げるや影は普段の濃さに戻り。
鄒桧はさらに深めた笑みを希羅に向けた。
「あなたを殺して手に入るのならばそうしたいのですが。そうもいきませんので。今度は菓子折りでも持って参上することにしましょう」
恐怖で身動ぎできないとはこのことなのだろう。
彼が立ち去るまで棒のように立ち尽くしたままの希羅は姿が完全に見えなくなって後、ハッと詰めていた息を吐いた。
(あいつ。妖怪を出そうとしていたな)
陰陽師は妖怪を使役することが出来。虚空を睨みつけていた海燕は胸糞悪いと言わんばかりに拳を強く握りしめた。




