十七
(あ~あ。結局気まずいまま別れちゃった。もう、力ずくでも、て、だめか)
結局、三人でたこ焼きを食べた後、そのまま散り散りに家路に着くことになってしまい。希羅は笊の中に入れ米を洗っていた手を止めた。
(どうしよう。このままじゃ)
「希羅。話があるから、ちょっとこっちに来い」
「分かりました」
まるで父親のようだと、希羅は修磨の表情を見て亡くなった父のことを思い出した。
希羅と修磨は今、卓袱台を挟んで向かい合う形を取っており、話があると言いながらも無言の修磨を直視できなかった希羅は、ただ卓袱台の上に置いた自身の湯呑に視線を固定させていた。何故か心臓の鼓動が煩いと思うほどに緊張しているのを感じた。
「希羅。家の跡継ぎが決まったら死ぬ気なのか?」
そう問いかけられた希羅は息が止まるかと思いほどに動転し、思わず顔を上げ修磨を直視してしまった。
まだ出会って三日しか経っていない。
なのにどうしてそんな。
自分の心を見透かすような瞳を向けて来る?
「そんなこと、ないですよ。どうしてそんな」
希羅は強張る表情に何とか笑みを浮かべさせようと、口の端を上げた。
「誤魔化すな」
表情に似合わないほどに優しい声音。まるで悪さした事実を隠す子どもを諭すような物言いだった。
「誤魔化すな。俺は、おまえの守護神だ。だから、おまえが、死のうとしているのなら、力ずくでも止める」
(何よ、それ)
まるでそうすることが決定されているような物言いに、自分が修磨の思い通りになるような物言いに、沸々と何かが込み上げてくる。怒り?分からない。だが。
「ふざけないでよ。どうしてあなたに私の生死を決められなきゃいけないわけ?私は、私だけのものよ。それを決めるのは私であってあなたなんかじゃない」
希羅はキッと修磨を睨みつけた。もう鬼だろうが怒らせたらいけないとかどうでもいい。むしろ、怒らせて。
希羅はゆっくりと目を見開かせた。
(そうか。私、それを望んでいたんだ)
家の跡継ぎ決まるまでは自分では死ねないから、目の前に居る鬼に殺されることを。そうしたらあの世で両親に会っても弁解できる。約束が守れなかったのは事故で死んだも同然だから。と。
修磨を受け入れた本音に気付いてしまった希羅はだが、修磨が自身を殺す気もないことを知ってしまい。
すっと立ち上がって戸口の方へ指を指した。
「出て行って。もう、私の前に姿を現さないで」
「嫌だ」
有無を言わさぬ声音に、修磨はだが腕を組んで希羅からそっぽを向いた。
「嫌だね。おまえは一度俺を受け入れた。どういうつもりであれ、だ。なら俺にはこの家に居続ける権利がある。それこそ、おまえが死ぬまで一生だ」
「な!?によそれ。出て行ってよ」
思いもしない返答に、希羅は愕然した上に鶏冠に来た。今度は間違いなく、怒りだ。
「嫌だ」
「…分かった。私が出て行く」
もう何を言ったところで無駄だと思ったのか。顔が見たくないばかりに、希羅はそのままつかつかと戸口の方へ足を進め、バンと勢いよく戸口を閉めた。
「ったく。何なんだよ」
修磨はどすんと横になり頬杖をついた。
「普通な。生きていて欲しいって思われたら嬉しいもんだろ?それを。俺がどんだけおまえを守ったって思ってんだよ。くそ」
修磨は卓袱台を蹴ろうとしたが、もう一寸と言うところでぴたりとその足は宙に留まった。
守っていたのはただ、他人が知っていると言うのに、自分が自分を知らないことが気に喰わなかっただけだ。
他人の心など、知りたくもない。なのに。どうして、こんなに。
他人を気に掛ける。
「胸糞悪い」
修磨は宙に止めていた片足を床につけて立ち上がり、家から出て行った。