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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
一巻 はじめの一歩
17/135

十六

(元気だね~)


 希羅と共に街に下り立った修磨は目の前の光景をただ面白そうに、否、少しだけ羨ましそうに見つめていた。


「何で逃げるんですか!?」

「だから。俺はあの家を継ぐ気はないって何万回言わせんだよ!それに何だよその口調?気色悪いぞ!」

「何時もこんな口調だったでしょう?」

「嘘つけ」


 希羅と名を海燕かいえんと言う一人の少年――彼女や櫁と幼馴染で同じ年齢、武士になりたてなまだまだやんちゃ坊主である、は互いに足を止め相撲取りが今にも組み合うような体勢を共に取っていた。

 彼は孤児で、赤ん坊の頃、道端に捨てられていたところを今の両親に拾われ、新たな家族を得たのである。


「この口調に関しては何も言わないでよ。いいわね?」

「意味分からねぇけど。分かった」


 希羅は修磨から距離が離れていることを確認した後、ひそひそと海燕に話しかけ、海燕は眉根を寄せたが一応肯定の意を返した。まるで意味が分からないが。


 実は先日、櫁と岸哲が希羅の家を訪ねた際に、希羅が彼女に対し砕けた口調で話していたのが気に喰わなかったらしく、今朝の朝食時に不意にそのことを思い出したようで。昨晩の穏やかなものから一変し、不機嫌な表情を浮かべていたのだ。それでも、包帯を巻いた手の方に関心が行き、今は何てこともないように接しているが。


(だって、仕方がないでしょう?いきなり見知らぬ人、じゃなくて鬼に、親しげに話せる度胸なんて私にはないわよ)

(…聞こえてんだけどな)


 聞きたくなくともその超人な耳が勝手に会話を聞きとってしまった修磨は、この時ほど、自身の超人的な身体を疎ましく思ったことはなく、じっと希羅の後ろ姿を見て、はぁと短く嘆息を吐いた。


(ずっと見守ってきたようなもんだからな)




「この書類に名前と拇印を押してくれさえすれば、あなたの物なのです」




 ジャンと、希羅が胸元から海燕に差し出した一枚の書類は、「家と土地の譲渡証明書」で。本来ならば、血の通った者がそれらを受け継ぐのが原則なのだが、それが叶わない場合に、譲渡者と被譲渡者のそれぞれの名前と拇印があれば、全くの見知らぬ者でも、それらを受け継ぐことが出来るのである。


 この証明書は絶対的なもので、一度此処に名と拇印を刻めば、取り消すことは出来なかった。まぁ、手放したかったら、またこの書類を持ち出せばいいだけの話なのだが。また、この書類は一つ不思議なことがあり。


 絶対に偽造できないよう、例えば両者の同意がなければならぬ、などの条件の元、様々な仕組みが施されているのである。




「嫌だって。受け継いだからって、あそこ、妖怪の根城に近いって売れねぇし」

「またまた。妖怪大好きなくせに、ですわ」

「それとこれは話が別だ」


 そう。世の中には多種多様な人が居るもので。妖怪を毛嫌いする人が多い中、海燕は滅多に居ない妖怪好きだったのだ。かつ、彼は妖怪への対策を洸縁に指示を仰いでいる為、妖怪に襲われたらと心配する必要性もほぼ皆無なのだ。仮に襲われてもその情熱で友達になること間違いなしで。現に、彼はそうして妖怪の友達を数匹?得ている。


 あの家は元々、妖怪と人間を通じる入り口として設けられたものなのだから、妖怪を毛嫌いしている自分より受け継ぐに相応しい人物なのだ。であるのに。




「いいじゃないですか」

「嫌だ」


 断る理由がさっぱり分からない希羅は、不満げに口を一文字に結んだ。


「だって、このままじゃ。受け継ぐ人が居なくて、あの家と土地。消滅しちゃうのよ」


 そう。受け継がれない家や土地は、公用地を除き、其処に在った痕跡など一切残すことなく文字通り消滅するのだ。否、消滅すると言うのは語弊があるかもしれない。

 噂では、何処かにその土地と家は姿を変えて吸収されている、と呟かれていた。


「だから。何でおまえが継がないんだよ?」


 呟くようなか細い声音と沈んだ表情になった希羅に、海燕はされど動じることはなく、強気に責めるように告げ、逆にその発言に希羅が動じてしまった。


「おまえが病持ちなのは知っているけど、師がちゃんと治せるって言ったんだろ?あの人がおまえを慮って嘘つくような人じゃないって知ってんだろう?それなのに、おまえは」


 余程洸縁を信頼しているのが、その声音から伝わってくる。


 言い返そうとした希羅だったが、開きかけた口を閉じてしまった。


 あの家を受け継いでくれる者を捜す理由は、病持ちで何時死ぬか分からないからではないと。

 思い起こすのは、血塗られた手。言えるわけがない。

 と、暗く気まずい雰囲気が漂う中、ぐ~と場違いで盛大な腹の音が鳴った。


「希羅。腹が減ったから、何か出店で買って来てくれないか?」


 そう言うや、修磨は裾から金が入っている巾着袋を希羅に放り投げた。


「分かりました」


 巾着袋を見事その手に納めた希羅は海燕に待っていてと告げると、自身らが居る住宅街から少し離れた商店街の方へと立ち去っていった。


「おまえさ。あいつがどんな存在か知っているよな?」

「…けど、あいつは人間だ。あの土地にも選ばれている。拒まれていないのが何よりの証拠だ」


 自身との距離を縮め横に並んだ修磨を、海燕は盗み見るようにそっと窺った。

 希羅に親戚の者だと紹介されたが、一目見た時鬼だとすぐに分かった。が。こうやって注意深く見ると、鬼ではないような気がするのだ。では何だと言われたらまだ分からない。


「男にじろじろ見られんのもあまり嬉しいものではないんだが」


 海燕の視線に気付いていたようだ。修磨は気色悪いと言わんばかりに手ではらったが、海燕は臆することなく修磨に身体を向け身長差がある為に仰視した。


「あんたさ、あの家と土地狙って希羅に近づいたのか?」

「それはない。断言しといてやる」

「あっそ。ならいいや」


「どうして家を受け継がないんだ?」


 不意の問いかけに、海燕は険しい表情になり、ぽつりと呟いた。



「だって、あいつ。死ぬから」



 二人の眼前には腕に大量のたこ焼きを抱えた希羅の姿が映った。










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