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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
武陵桃源
135/135

空白









 ツクツクホウシツクツクホウシ、リンリンリンと、秋の虫が夏の喧騒に終わりを告げるように鳴き、十三夜に雲がたなびく十五夜。


 平屋の縁台。この季節の空気がよりその冷たさを増幅させる竹の板の上。芋、栗、柿、梨、葡萄、里芋。それぞれの餡や実を包み込んだ団子。三方にそれを十五個、三角錐になるように乗せ、傍らに消炭色の細長い花瓶が、それらの後ろに紅色の真四角の座布団が三つ並べて置かれていた。












『父親になりたいから父親になった。だからって、誰でもよかったわけじゃない。希羅だけの。希羅だから』




 血の繋がりが全てでは無いことは知っている。


 想いがあれば、そういう関係を築けるのだということも。


 あいつが誰よりも希羅を大切に想っていることも。


 想いを通わせつつあることも。




 もしかしたら、自分よりも―――。




「あー。ほんっとムカつくわあいつ。大体おかしくない。今頃留置所にいてもおかしくないのよ本当は。だって初対面でいきなり君の父親になりたい?だから一緒に住もう?それでずかずかと独り暮らしの女子高生の家に転がり込む?おかしすぎでしょ。全くの初対面よ。希羅の両親とも全くの無関係だし。まだ一目惚れしましたの方がましよ。まぁ、認めないけどねこれっぽっちも」




 ずんずんずん。川辺に居ても防虫剤のおかげで刺されることは無いが、ぷ〜んぷ〜んと、煩い羽音を立てる蚊に苛立ちながら、自身の腰ほどの高さがある草むらの中を懐中電灯で照らして進んでいく。希羅と似通った顔立ちだが、目元が厳しい少女、莉霞りか。ぶつぶつと希羅の父親になりたい宣言をしてから今も尚、家に暮らし続けている厚顔の男、修磨、にそっくり人形の腹を頭の中で遠慮なく殴り続けた。




「ああもう。早く薄を見つけて希羅特製のちらし寿司とお月見団子を食べたいのに」








「あ〜。早く薄を見つけて希羅特製のちらし寿司とお月見団子を食いてえ」




 同時刻。後ろポケットに収めていた携帯を取り出して希羅と莉霞からの通話やラインの履歴を確認していた男、修磨。ぐ〜〜と腹の音が鳴り、もう薄なんてどうでもいいからさっさと家に帰って希羅の飯が食いたいと切に思った。




(つーか。希羅が心配してるだろうな)




 莉霞からの連絡も無いということはまだあいつも見つけられていないということ。即ち、まだ家にも帰っていないということ。夕方から探し始めているから、もう二時間は経っている。だと言うのに、希羅から連絡が無いのは、俺たちが絶対に見つけるまで戻らないと、目に炎を宿して宣言したからに他ないだろう。




 莫迦な意地を張っているな。お互いに。




 修磨は小憎たらしい莉霞の顔を思い出しては、次に心配そうな表情を浮かべている希羅を思い浮かべて、どうしようかとグルグルとその場で回り始めた。




 このまま薄探しを続行するか。諦めて家に帰るか。




 薄は川辺に群生しているはずなのに、全く見つからない現状に、環境問題だよな〜と呑気な感想を呟きながら歩いていたのは最初の頃。流石に夕焼けが地平線の下に沈んで、闇夜がこっそりと顔を出し始めた時は、もう帰らないとと思ったのだが、自分だけ帰ってあいつだけが見つけて来て勝ち誇った顔を見るばかりか、希羅の信頼をまた一つ得るあいつを見るのはどうにも耐えられなくて、希羅にごめんと謝りながらも、心配無用との連絡さえも入れないまま、突き進み続けた結果、今も尚、見つけられないまま。


 時刻は八時過ぎ。悩んで一分。待ちぼうけを食らっている希羅を思うと、自分の意地なんてどうでもいいと思えてきた修磨は、希羅の笑顔が見たかったなと口を結び、家へと駆け走って行った。












「おい。どうすんだよ」


「…不本意だけど、私とあんたが悪いんだから、また謝るしかないでしょ」




 希羅の自室の前。ひそひそと声を潜めて話し合う修磨と莉霞。五分前、同時刻に家に帰って来た二人はお互いに薄を持っていないことに微妙な表情を浮かべたかと思えば、電球に照らされた玄関の扉に張られた紙を見つけて、顔を真っ青にさせ、希羅の部屋の前へと一直線に向かったのであった。




「【私はもう寝ます。二人で食べてください】なんて。希羅、よっぽど怒ってんのよ」


「連絡しなかったのがやっぱまずかったか」


「…連絡するのは見つけた時」


「って、おまえも思ったんだろ」




 不承不承に頷く莉霞。大嫌いな相手なのに思考が似通っていることが気に食わないという表情をありありと出していた。しかしそれは修磨も同じで。睨み合っては、そんなことをしている場合ではないと、気まずげに視線を逸らした。




「まだ九時前なのに」


「…もう、だろう」


「そりゃあ、希羅が同じようなことをしたら…全力で迎えに行くけどね」


「夕焼けの時点でな」


「心配をかけてお互い莫迦よねあんたのほうが莫迦だけど」


「同意だなおまえのほうが莫迦だけどな」


「「………希羅。ごめんなさい」」




 頭を下げる二人。腹も鳴る。腹を抑えては音を殺す。


 過った言葉は絶望。希羅に嫌われたら死にはしないが、もう暗黒時代の突入である。太陽を崇める日はもう来まい。








「…ねえ。おかしくない?」


「おかしいな」


「希羅ならもういいですよって扉を開けてくれるわよね」


「それで一緒に食べましょうって笑ってくれるよな」




 五分同じ体勢を取り続けていた二人。物音一つしない扉の向こうの異様さにどちらともなく入ると宣言してから扉を開けると―――。




「「希羅」」




 もぬけの殻だった部屋の中を目の当たりにした二人は、最速最短で携帯を手にして希羅に電話を掛けた。どちらの電話を取ってくれるのかと一瞬過った期待を胸に待機音に耳を傾けていると、同時に希羅の声が聞こえたのであった。しかしそれは――。




「見つけたよ」




 電話越しに。ではなく、肉声での希羅の声に瞬時に振り返る二人の視線の先に居たのは、薄を五本手に持った希羅の姿で。




「希羅!」


「私ももう高校生です」




 怒鳴り声にしまったと思うよりも、希羅の毅然とした態度に呆気に取られる修磨。次に見せられる笑顔に、がしがしと乱暴に髪の毛を掻き回した後、希羅の髪の毛をくしゃりと優しく包み込むように、けれど撫でると言うよりもすぐに飛んで行く羽毛を捕らえるように優しく掴んだ。




「俺たちも、過保護過ぎたが。黙って居なくなるってのはもう、ほんと。辞めてくれ。心臓に悪すぎる」


「希羅。そこの莫迦と不本意だけど、私も同じ。比喩じゃなくて、本当に目の前が暗くなったわ」


「……ごめんなさい。でも、私も探すって言っても心配かけるって分かってたから。二人が帰ってくる前に帰ってくるつもりだったし。少しでも短くしたかったの」




 もう一度ごめんなさいと頭を下げる希羅に、ああもうなんて優しい子と心の中で悶えながらも、自分たちもごめんなさいと頭を下げる二人。一分ほどして、頭を上げてご飯にしましょうとの希羅の提案に乗り、仲良く台所へちらし寿司を取りに行き、そして縁台へと向かったのであった。






















 紅赤。深紅。潤朱。茜。深緋。蘇芳。弁柄。赤銅。赤錆。


 辺り一面。赤と茶系統の色に包まれるその狭い空間は、その色達が出す特有の臭いで鼻は曲がりそうだ。




「静か」




 何の感慨も湧かない。否。清々は、したか。


 全てを消せばいいのに。


 あなたがそう願えば私は実行したのに。




 けれど、あの子に出会った今はもう。


 例えあなたでも、私はもう、何の願いも聞かないだろう。




「希羅。あなたは私の為に生まれて、私もまた」




 風によって薄は奏を生み出す。


 あの季節でよかったと、昔とは違う想いで今は思う。






















「希羅。また変な夢を見た。前世なのかな」




 深夜。希羅の手料理に舌鼓を打ち、心身ともに満たされて、月より団子状態になった莉霞と修磨は希羅を風呂へと勧めて積極的に後片付けをして、各々自室へと戻って一時間後。すやすやと眠る希羅の前髪をそっと右にずらして、露わになった額に口づけを落とした莉霞。あれが前世ならば、今世では絶対に幸せにしてみせると、誓いを鮮にするのであった。






















「希羅。おまえは今、何処に居る?」




 修磨の呟きは薄の囁きにかき消されるほど小さく、誰にも届くことは無かった。
















(2021.10.22)



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