二十
「琵琶牧々師匠。俺、明日から一年間。牢に入ってなきゃいけなくて。旅に同行できるのが、その後なんです。何処に居るのか文をくれませんか?」
「いいえ。新美さん。私は文を送りませんよ」
「あっ。そうです、よね。じゃあ、俺、探しますから。池政と一緒に」
「旅には暫く出ませんので」
「え?」
「あなたがお世話になるところに通って、あなたに琵琶を教えます」
「え。ですが。師匠の旅を中断させるだなんて、そんなことさせられません」
「いいえ。一秒でも惜しいので。この考えは改めるつもりはありませんよ」
「…いい、のですか?」
「はい。私の方こそ、よろしくお願いしたいのですが、どうでしょうか?」
「っおれ。俺。一生懸命罪を償う為に働きます。一秒でも早く牢から出られるように。そしたら、師匠、旅に出ましょう。池政も一緒に。いいですか?」
「俺。おれ、琵琶は正直弾きたいと思わないっすけど。聴いていると、すごく、すごく、元気になるし、今日も頑張れるって思うし。琵琶牧々師匠と、新美と一緒に旅に出て、あんた方みたいに、強くしたいと願うものに出会いたいっす。それを励みに罪を償いたいと思います。よろしくお願いしまっす」
「俺たち腕も立つし、逃げ足も速いし、体力もあるし、師匠が狙われても、守ってあげられます!」
「っす」
「はい。私もすごく楽しみにしていますよ」
「「はい」」
笑い合う新美と池政を嬉しくなって見つめた琵琶牧々。己の細腕では連れて行くことができなかった木魚達磨もこの二人が居れば大丈夫かもしれない。そう思うと、心が躍った。
(ああ、もし叶うのならば、これほど幸福なことはないでしょう)
一緒に旅ができればいい。どうかどうか、噂であってくださいと切に願った。
どうか、どうか、
太陽と月にそれぞれ帰る日が来なければいいと。
(一年など、瞬きする間に過ぎ去るでしょうから。私にとっては。でも、この方たちは)
せめてここ数年はどうか。
強く願った。
「あ~。俺は何でこんな素晴らしい音色を、野郎共と聴かなきゃなんねえんだ!希羅ちゃん!紅一点の希羅ちゃんは何処だ!」
「天架先輩。呑みすぎですし。命が惜しければ希羅には近づかない方がいいですよ。怖い番犬が付いてますから」
「んあ?番犬。んだ。俺犬好きだから大丈夫だっての。軽やかに手懐けてやるっての」
「あ~うめえ、うめえ」
「あ!葦弦!俺の酒を飲むな!」
「あ~うめえ、うめえ」
「んあ。ハッハッハ。おまえ、羊になってっぞ。め~め~」
「め~め~」
「アッハッハッハッ!」
「ちょ。天架先輩。葦弦先輩。大声出しすぎですって。琵琶の音の邪魔すんなって、新美の視線が突き刺さってますよ」
「ああ。何言ってんだ。美しい琵琶の音と俺たちの美声の合唱だぞ。美しいと美しいがかけ合わさって、とてつもなく素晴らしい音が響いているだろ。め~め~」
「め~め~」
「ああ、もう。葦弦先輩。天架先輩を止めてくださいよ」
「め~め~」
「ええ?こんなに酒弱かったのかよ、葦弦先輩。目が死んでるし」
「め~め~」
「こるら!其処の武士ども!師匠の素晴らしい音にきったねえ音をぶつけんな!」
「ああ?誰がきたねえだと耳が腐ってんのかてめえ」
「腐ってんのはおまえだよ」
「やるか」
「おうよ」
「ちょ、暴力は駄目ですよ」
「「歌対決だ」」
「えええ」
「あらあら。じゃあ、賑やかな音色に変えましょうか」
「「ありがとうございます師匠!」」
「め~め~」
「おらあ。葦弦、海燕。俺たちが先方だぞ」
「俺を巻き込まないでくださいよ」
「おう。やれやれ。海燕」
「ちょっ。もう。柳さんまで」
「海燕~。頑張るんやで~」
「ああもう師匠まで」
「海燕。頑張れ~」
「嘘だろ。希羅もかよ」
「おらあ、海燕。希羅が応援してんだ。滂沱の涙流させるくらいの美声を聴かせろ!」
「海燕兄ちゃんがんばれ~」
「っああもう。なら、希羅も来い。一緒に歌うぞ」
「ええ?まあ。うん。いいよ」
「っ。ああ。来い」
「ああ。海燕てめえ。俺より先に希羅と一緒に歌うなんて一億年早いぞ!」
「俺も!俺も歌う!」
「なら僕も歌う~」
「狸は其処に黙って座ってろ」
「鬼こそ黙って僕たちの美声に酔いしれてろや」
「父さん。父さんも歌おう」
「おう。歌おう歌おう」
「っえ。ちょ。と。待って。お父さんは!」
顔を真っ青にした希羅の静止間に合わず。柳が歌い出した途端、その場に居た誰もが意識を奪われてしまったのであったとさ。