十九
清流のように澄んだ音が染み渡り、癒されているような心地になる。
無事に木魚達磨が眠りに就いてからも、弾き続ける琵琶牧々を囲むのは、盗人であった新美、警備員だった池政、海燕、天架、葦弦、柳、零、洸縁。
あの半月にさえ、今は隠れている太陽にさえ、遥か遠く離れた星々にさえ届いていそうだと、彼らを少し離れたところで見つめていた希羅は思いながら、洸縁が買ってきてくれたうな重を少しだけ口に運んで、少し、口を綻ばせた。
「泣くほど美味いか?」
「滅多に口にできない高級うな重ですし。少し遅い夕食ですし、昼食も食べ損ねていましたし、この音色を聴きながらですし。泣いちゃうのもしょうがないんですよね」
(…誤魔化さない、か)
修磨は希羅の隣に腰を下ろして、すでに自分の分のうな重は食べ尽くしていたので、同じく洸縁が買ってきた焼き鳥を食べた。
「身体は大丈夫か?」
修磨が琵琶牧々を連れ帰って来て、術と結界を張ったまま琵琶牧々の音色を聞かせ、木魚達磨が落ち着いた頃を見計らって、柳の結界はそのままに術だけを解いた途端、希羅は倒れてしまったのだ。
慣れない新術を長時間発動させ続けた所為だと、柳は言った。
暫く眠りに就いてから、今しがた目覚めて、遅い夕食を食べていたのであった。
「へばってしまうなんて。身体を鍛えないといけませんね」
「じゃあ、明日は身体を動かしがてら、遠方に足を運ぶか?海には行ったから、山はどうだ?妖怪が居ない岩山。日影ができているとこがあってよ。ちっせえし。洞窟もあるし。あそこならこの暑い夏でも、大丈夫だと思う」
「じゃあ、明日は其処に行きましょうか?」
「明後日は川にしよう。いや。明日を川にするか。まだ身体を休めないといけないからな。ああ。そうしよう。何処にするかな。ぬるま湯が湧くとこにするか。七色の水草が生えているとこにするか。滑れるとこにするか。なあ、希羅は何処がいいんだ?」
「靖修が行きたいところに行きましょうか。あ。すみません。零と靖修が行きたいところでお願いします」
「俺は希羅が行きたいところを訊いているんだが?」
「はい」
「………」
常になく穏やかな希羅を前に、調子が狂うと、修磨は頭を軽く掻き回した。
「なあ。何か、あったか?」
「………靖修は私が零に命をあげるのは、反対ですか?」
「当然」
「蛍火の儀式を邪魔しますか?」
「ああ」
「…私は、私一人でも零に命をあげる為に頑張りますよ」
「俺は、俺だけでも、希羅を守る為に頑張るぞ」
「……うな重。美味しいですね。実はふっくらしていて厚くて、たれは甘さが少し控えめで、白米も、浅漬けの大根の漬物も。全部。美味しい。すごく。洸縁さん。奮発しましたね。お父さんにお金を払うように言わないと」
「…焼き鳥も美味いぞ。今日はもう惜しいが食えないだろうから、明日食え。宗義からは俺が死守してやる」
「宗義さん。すごいですね。木魚達磨が眠ったら、すぐ起き上がって、うな重も焼き鳥も、西瓜は丸ごと一個食べたんですよね」
「見習うなよ。あいつは食べ物体力お化けだ」
「靖修と同じくらいですか?」
「莫迦言え。俺がもっと食うし、体力も知力もある」
「姉上!俺、今日いっぱい頑張ったよ。ねえ、修磨」
「邪魔すんなって言いたい処だが。まあ。今日は助かったからな。仕方ねえ。俺の隣に座ることを許可してやる。有難く思え」
「えーやだ。姉上の隣に座る」
「莫迦言え。希羅の隣は全部俺のもんだ」
「やだやだ。邪魔しないでよ、修磨」
「俺はそう甘くないんだよ。希羅の隣に座りたければ、俺を通り抜けることだな」
「またくぐり~。あっ」
「あっ。くそ。俺の長い脚が仇になるとは。とでも言うと思ったか。ふはは。甘いわ」
「あ~。足退かして。修磨」
「ふははは。何とかして抜け出すんだな」
二人のやり取りを微笑ましく見ていた希羅は、次には吹き出してしまい、その勢いのまま、大声を上げて笑った。
「っ仲のいい。ふふ。兄弟みたい」
瞬間、目を丸くした修磨と零は動きを止めて、希羅の笑顔に見入ったかと思えば、おずおずと顔を動かして視線を合わせて。
大輪の花を咲かせた。