十八
(希羅に話しかけたいところだが)
嘘をついて、希羅に礼を述べられてから、会話をしてはいなかった。集中する為でもあり、疲労を軽減させる為でもある。
大丈夫か。無理はしないでくれ。最初に告げた言葉を何度も何度も飲み込んできた。
真実希羅を気遣っての言葉ではなかったが、全てが嘘ではないのだ。
大事だった。元気で。笑っていてくれればと思っていたのだ。
選べと言われたら容易に捨てるくせに、
一切合切、躊躇なく、
(俺は、外道だ)
「お父さん」
話しかけられて、すわ、限界が来たのかと、向けそうになる顔を必死に留める。
「どうした。希羅。腹減ったか?もう少ししたら、洸縁が一度戻ると言っていたから、我慢しような。元気の出るものいっぱい持ち帰るって言ってたぞ」
「うん。楽しみ。なんだけど………お父さん。お父さん」
お父さん。希羅にそう呼ばれる度に。今はどうしてだろう。
チクチクと。心臓には直接針が一本ずつ刺されていくような痛みが襲い。
ガンガンと。石で殴られているように頭が痛みを訴えている。
「どうしよう。お父さん。私。身体が。震えてる。怖い。どうして怖いか分かんない。力が限界に来ているんじゃなくて」
「希羅。術を解け。俺が何とかするから」
「だめ。できない。木魚達磨が暴れている。大豆の葉と花が傷つけないようにしてるから。ああ。よかった……よかった。修磨さんに大豆の苗をもらって。私だけじゃ、傷つけてた」
「希羅。俺が何とかする」
恐らく初めてだったんじゃないだろうか。こんな有無を言わさぬ強い語気は。
(いや、違う、な、あの刻も、)
「希羅」
「お父さん」
(ああ。苛々する)
心底案じていないくせにと、囁く己の声に、
痛みを感じてしまう、己の心身に、
「お父さん。私は。私はこの子の為に生まれてきたんだね」
この瞬間、頭痛は止んだが、あまねく刺さる針が氷柱に変化して凍りついてしまった柳の心臓。
瞬く間に、全てを溶かし尽くすマグマが行き交う。
急激な変化に粉々に壊れるはずだったが、悲鳴を上げるも、しぶとく生き残った存在を強く感じながら。
柳は思った。
零を指しているのではない。
柳は殺意を抱いてしまった。愚かにも。
希羅に真実へと近づかせた木魚達磨に。
「お父さん」
恐怖を抱いた。よりにもよって希羅に。静かな口調を崩さない我が子に。
「お父さん。ごめん。私は。この子の為には生きられない。私は、零の為に。私の命は零に使う」
だがこの発言だけは違った。
ようよう絞り出すような希羅の声に、カッと目を見開いた柳。喉をめいっぱい開いては、数えられるほどに口を無意味に開閉させて後、戦慄く唇と声音を調節して、動かした。
伝えまいとした言葉を言わなければと。観念した。覚悟を決めた。
全てを伝える気はなかった。
けれど。
「希羅。ごめんな。ごめん」
「わた、私も。ごめんな、さい」
(違う。希羅が謝ることなんかないんだ)
今にも泣きだしてしまいそうな声音に、喉が締め付けられて、音が出てこない。
抱きしめたかった。つよく、強く、抱きしめたかった。
大声を上げて、
大粒の涙を流して、
恥も外聞も役目もかなぐり捨てて、
ただただ、抱きしめたかった。
その抱擁は、言葉にできない感情を伝えるようでいて、
まるで引きちぎられていく身体を必死で留めるようでもあった、
(おまえの父親にもなりたかった、)
「希羅!」
希羅へと迷いなく駆け寄る修磨の存在を、この刻ほど羨望したことはなかった柳であった。