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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
八巻 零の奏音が竹と寄り添う大豆の花を揺らした。
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十八

(希羅に話しかけたいところだが)



 嘘をついて、希羅に礼を述べられてから、会話をしてはいなかった。集中する為でもあり、疲労を軽減させる為でもある。



 大丈夫か。無理はしないでくれ。最初に告げた言葉を何度も何度も飲み込んできた。



 真実希羅を気遣っての言葉ではなかったが、全てが嘘ではないのだ。


 大事だった。元気で。笑っていてくれればと思っていたのだ。



 選べと言われたら容易に捨てるくせに、



 一切合切、躊躇なく、




(俺は、外道だ)




「お父さん」



 話しかけられて、すわ、限界が来たのかと、向けそうになる顔を必死に留める。



「どうした。希羅。腹減ったか?もう少ししたら、洸縁が一度戻ると言っていたから、我慢しような。元気の出るものいっぱい持ち帰るって言ってたぞ」

「うん。楽しみ。なんだけど………お父さん。お父さん」



 お父さん。希羅にそう呼ばれる度に。今はどうしてだろう。



 チクチクと。心臓には直接針が一本ずつ刺されていくような痛みが襲い。

 ガンガンと。石で殴られているように頭が痛みを訴えている。



「どうしよう。お父さん。私。身体が。震えてる。怖い。どうして怖いか分かんない。力が限界に来ているんじゃなくて」

「希羅。術を解け。俺が何とかするから」

「だめ。できない。木魚達磨が暴れている。大豆の葉と花が傷つけないようにしてるから。ああ。よかった……よかった。修磨さんに大豆の苗をもらって。私だけじゃ、傷つけてた」

「希羅。俺が何とかする」



 恐らく初めてだったんじゃないだろうか。こんな有無を言わさぬ強い語気は。



(いや、違う、な、あの刻も、)



「希羅」

「お父さん」



(ああ。苛々する)



 心底案じていないくせにと、囁く己の声に、

 痛みを感じてしまう、己の心身に、



「お父さん。私は。私はこの子の為に生まれてきたんだね」



 この瞬間、頭痛は止んだが、あまねく刺さる針が氷柱に変化して凍りついてしまった柳の心臓。



 瞬く間に、全てを溶かし尽くすマグマが行き交う。



 急激な変化に粉々に壊れるはずだったが、悲鳴を上げるも、しぶとく生き残った存在を強く感じながら。



 柳は思った。

 零を指しているのではない。


 柳は殺意を抱いてしまった。愚かにも。

 希羅に真実へと近づかせた木魚達磨に。




「お父さん」



 恐怖を抱いた。よりにもよって希羅に。静かな口調を崩さない我が子に。



「お父さん。ごめん。私は。この子の為には生きられない。私は、零の為に。私の命は零に使う」



 だがこの発言だけは違った。



 ようよう絞り出すような希羅の声に、カッと目を見開いた柳。喉をめいっぱい開いては、数えられるほどに口を無意味に開閉させて後、戦慄く唇と声音を調節して、動かした。



 伝えまいとした言葉を言わなければと。観念した。覚悟を決めた。



 全てを伝える気はなかった。



 けれど。



「希羅。ごめんな。ごめん」

「わた、私も。ごめんな、さい」



(違う。希羅が謝ることなんかないんだ)



 今にも泣きだしてしまいそうな声音に、喉が締め付けられて、音が出てこない。



 抱きしめたかった。つよく、強く、抱きしめたかった。



 大声を上げて、



 大粒の涙を流して、



 恥も外聞も役目もかなぐり捨てて、



 ただただ、抱きしめたかった。



 その抱擁は、言葉にできない感情を伝えるようでいて、

 まるで引きちぎられていく身体を必死で留めるようでもあった、




(おまえの父親にもなりたかった、)




「希羅!」



 希羅へと迷いなく駆け寄る修磨の存在を、この刻ほど羨望したことはなかった柳であった。









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