十四
京都市内。
「修磨。あっちあっち。あ。違う。こっちだよ。あ~。通り過ぎた。戻って」
洸縁と別れてからこっち、修磨は零のあっちこっち発言に振り回されていた。
「希羅の弟だからって、何でもかんでも聴くと思いやがって。大体、適当に言ってんだろうが」
「居そうな方向を言ってるだけだよ」
「それが適当っつーんだよ」
「俺だって父さんの子だし、姉上の弟だもん。妖怪には勘が働くよ」
肩車をしていて見えないがきっと、得意満面の表情を浮かべているんだろうと思うと、怒りも些か軽減すると言うものだ。
(希羅のそんな顔を見てみたいんだよな)
「しょうがねえな。優しい俺に感謝しろよ」
「あ。違う。其処の角を曲がってってば」
「もっと早くに言え」
「修磨が速すぎなんだよ」
「ふっ。俺の美脚が仇になるとはな。けど、速度は下げるつもりは毛頭ねえから、頑張って早く言え」
「修磨」
(本当に姉上を大切に思ってくれているんだ)
早く解決しようと行動する修磨に胸がいっぱいになった零。ぎゅっと腕に力を入れて彼の頭を抱きしめて、そっと、囁いた。
届かなくてもよかったのだ。だって、言われるまでもないと、ドヤ顔になるだろうから。
「あ。何だ?こっちじゃないのか」
「ううん。このまま真っ直ぐ。あのお堂に居そう」
「あ。あの小さい緑色のやつか」
「うん」
「よし。じゃあ、振り落とされるなよ」
「うん」
このまま一飛びで辿り着きそうな跳躍を見せる修磨に、ドキドキワクワクしながら、兄みたいだと、零は思った。
もっと、もっと、希羅と修磨と居たい。
全身で強くしがみつきながら、思ったのだった。
(でも俺は、姉上を助ける為に、此処に来たんだから)
例えばこの想いが父の意に反していたとしても、
可憐な花がぽつりぽつりと咲く、民家に紛れるその土地に、緑が色褪せていなかったら可愛いと評判を呼んだであろう小さなお堂が在った。
修磨が零を肩車したまま、お堂の中に入ると、果たして其処には、
「申し訳ありません。私の頭が何処に在るのか知りませんか?」
頭のない人間にしか見えない妖怪が居たのであった。
部屋の角の隅で身体を休めるように座っている妖怪に、修磨が琵琶牧々かと尋ねると、はいと、先程同様に可愛らしい声が返ってきた。
「頭はどうしたんだ?」
「それが眠っている間に、何時の間にかなくなっていて。高価な琵琶なので盗まれたのだと思います」
「頭が無くなったんだぞ。普通目が覚めないか?」
「私の頭である琵琶は簡単に外せるようになっているんですよ。だから時々同じことが起こって。本当は人里に寄らないようにしたいんですけど、聴いてもらいたい欲求も抑えられなくて。うう。恨めしや」
言うや、琵琶牧々はしくしくと泣き始めた。修磨は長い溜息を吐き出した。よもや簡単に解決するとは思わなかったので、想定内だと己を慰めつつ一気に距離を縮めて、琵琶牧々を片腕で抱きかかえた。何をなさるのですかと若干暴れたので、黙れと唸るように告げると、おとなしくなった。
零がすかさず、木魚達磨を助ける為に琵琶牧々さんが必要なんだよと告げると、琵琶牧々はまあと悲哀を込めた一言を漏らしたかと思えば、ご協力をお願いしますと強い語調で告げた。
「私の音を何時も何時も全身全霊で聴いてくださっているんです。眠る為だけではないとあの方は仰ってくれました。では私も全身全霊で音を奏でたいと、全国各地を回って音の可能性を広げるべく修練を致していたのです。なのに、必要とされている時にこんな失態を犯すなんて。うう。恨めしや」
「あー。はいはい。幾らでも恨めしくなっていいから、何か感じないのか?」
「不思議と、何時もどなたかが手伝ってくださって無事に戻ってくるのです。ああ。私はなんて幸運な妖怪なんでしょう」
琵琶牧々は静々と合掌した。修磨は怒鳴りたくなる気持ちを必死に堪えた。
「…匂いは同じか?」
「いえ。別物です」
「………零。何か感じるか?」
「う、ん。多分。こっちが強くて、分かりにくいけど」
「もしかしたら、察知できないように何か対処されているかもな」
(偶々じゃなくて、元々狙われていた可能性もある)
修磨は懐から四枚の札を取り出しては、念を込めて風船の形にすれば、それは勢い良く飛び出していった。柳、洸縁、ゆず、そして、海燕の元に式神を送ったのだ。
洸縁がきっと海燕にも知らせているだろうし、そうでなくとも、何か役に立つと思ったからだ。
「それじゃあ、行くぞ」
「うん」
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
任せておけと豪語して、修磨は零の示す方向へと飛び跳ねていった。