十三
一方。家の中に残っている宗義は居間で横になっていた。食欲は薄れてはいないおかげで朝ご飯は食べられたものの、眠れなくて身体が弱っていたのだ。
何か異変が在ったらすぐに知らせてくれ。
水分と軽い栄養食を傍らに置いて、宗義に言った柳は土間へと降りて、集中している希羅の頭にそっと、手を添えた。彼女は、笹と大豆の苗を優しく両の手で包み込んでいた。
「朝飯も食ったし、修磨から気合も入れてもらったし、俺も傍についている。大丈夫だな」
そんな状況ではない。希羅は己を戒めるも、堪え切れず、涙が一筋だけ両頬に流れた。
今になって強く実感してしまった。父だと。
此処に居るのは、紛れもなく、生きている父だと。
震える唇を強く上下に押し当てて、綻ばせた。
「うん」
柳が目を細めて見つめる中、希羅は具に笹と大豆を見て、細かに組み合わせた双方を頭の中で描いては、新しい術を発動させた。
笥零の術。外見は笥簪の術と変わりなく、竹が編み込まれた箱なのだが、その実、大豆の蔓も編み込まれており、加えてその内側では大豆の葉と花、実が這っていて、強固と柔和、癒しがより一層増している。
術の成功に安堵の溜息を秘かに流した柳は、希羅の隣で同じく正座になって、胸元から札を取り出しては術を唱え、外側に結界を発動させた。
予想ではこれで木魚達磨の力が軽減されて、浅くとも眠りに就けるはずだったが、そうはいかないらしい。眠れそうかとの問いに、宗義は全然と答えた。
「でも少しだけ身体の怠さが少なくなったような気がする」
「そうか。少しでも身体が楽になってくれたのなら、よかった」
結界を直視したまま、柳は宗義から希羅へと話しかけた。
「慣れていない術は体力も精神力も消耗する。使いすぎれば、魂もすり減る。無理だけはしないと、父さんと約束してくれ」
優しい声音だったはずなのに、どうしてか、必死さも伝わってきて。
希羅は逡巡して後、善処するとだけ答えた。
目を丸くした柳は、次には、ふっと微笑を湛えた。
「善処、かあ」
「うん。善処。必要なら、使う。でも、死ぬ気はないよ。だって、私の命は零にあげるんだもん」
「…父さん。儀式を代わってって、言わないんだな」
「言わないよ。お父さんには零の傍に居てもらわなくちゃいけないから。いっぱい、いっぱい、零に生きていてよかったって。お父さんが、生きていてよかったって。思って欲しいから」
「希羅」
情けなくも、言葉が詰まってしまった柳。流暢に言えるはずだった。もう、幸福満載だ。死んでも悔いはない。だから儀式は変わる。そんな嘘を吐けるはずだった。なのに、何も言えない。言えるとしたら、懺悔のみ。そんな優しい言葉を贈られる立場ではないのだと。
それすら、言える訳がないのに、
(俺は死ぬわけにはいかないんだ。あの子を、あの子を助けるまでは、)
例えば。
例えば、二人の大切な我が子を犠牲にしてしまっても、
もうじき目覚めるだろうあの子を支える為に生き返ったのだから、
(果たさないといけない。あいつらの為にも。協力してくれた洸縁と朱儒の為にも)
「お父さん」
「うん」
もっと追及してくれてもいい。もっと責めてくれてもよかった。
言葉の端々に、怒りと疑念の感情を込めてくれてよかったのに。
じんわりと染み渡るような優しい感情が届いてくる。
「私はどうなってもいい。私は私の為に生きているんじゃないから。でも、お願い。零は。零だけは助けてあげて」
静かな声音に乗せて揺るがない決意を届けてくる。
「お願いします。お父さん」
結界から目を離さない。二人共に。だから、隣に居ても顔は見えない。
見えなくてよかった。柳は心底思った。
見えていたら、思い切り抱きしめて、謝罪だけを口にしていたから。
「ああ、分かった。約束する。零を助ける」
嘘など、吐けるはずもなかったのだから、
「ありがとう。お父さん」
声音と同じ感情を浮かべているかなどと、確認せずに済んだのだから、