十一
時が流れて。時刻は二十三時五十五分。游里の誕生日である二月二十二日を迎えようとしていた。
海燕は慎重に慎重を重ねて、游里の部屋の襖を横に動かして、忍び足で部屋の中に入っていった。
引き取られてからの習慣が未だに抜けないのはいけないと思いつつ、どうしても、贈り物を直接渡せなくて、游里に限らず家族全員に、就寝時間を見計らって枕元に置いていたのだ。
十時に床に就く勉以外は、十一時が海燕の家族の就寝時間だったので、游里もすやすやと心地良さそうな寝息を立てていた。
海燕はサッと素早く枕元に贈り物を置くと、忍び足で部屋の外に出て、襖を閉じてから、これまた忍び足で廊下を進んで、自身の部屋の襖を開いては閉じると、やっと詰めていた息を緩やかに吐き出し、緊張を解いた。
何度やっても、慣れないものだなと、口元を緩めながらも、ふと、疑問を抱いた。
あと何度こうやって贈り物を渡せるのだろうか。
きっと、そう遠くない明日にはできなくなるのだろう。
(俺が、好きだと、告白したって、)
安易に想像できるのだ。
好きだと返してくれるだろう。でも、弟として。こう付け加えられる。
元気で、人懐こくて、周囲をよく見ていて、常に落ち着いていて、無理はしていない人。
この人が姉になるのだという誉れと憧れは、何時からこんな感情に変容したのだろう。
幸福だ。大半は。けれど、ふとした瞬間に、嵐が巻き起こる。立っていられなくて、怖くて、蹲って、耳を塞いで、口を強く閉ざして。やり過ごすのだ。嵐が収まるのを。
精神衛生上、さっさと玉砕した方がいいと考えたことはあるも、実行に移したことはない。
このまま弟として、あの人が結婚するまで、やり過ごそうと、決めたのだ。
雁字搦めの決意ではなかった。
淡く、優しく、心軽やかな刻に、決めた。
「海燕。今年もありがとうね」
「姉上。た、誕生日おめでとう」
「何時までも恥らっちゃって。可愛いわ~」
「うるせえ。頭を掻き回すな!」
「うん。うん」
「…ったく。しょうがない姉だな」
「海燕」
「ん」
「ありがとね」
「……おう」
(ま。この笑顔が見れたらいいって満足する時があるからいいんだよな)
「ねえねえ。似合う?」
「ま。馬子にも衣裳じゃねえの」
「兄ちゃん。顔、真っ赤っかだよ」
「本当。海燕のほっぺたでお餅が焼けるんじゃないの。ねえ。ちょっと、試させてよ」
「じゃあ僕は額」
「おい。止めろ、本当に餅を持って追いかけてくんな!」
「まあ。今日も元気ね~」
「ああ。何よりだ」
冬晴れの誕生日。元気に追いかけっこをする姉弟を、目を細めて見つめる両親であった。