八
「あ~。二度と御免だ」
「右大臣と左大臣に大人気やったなぁ。修磨」
「おまえも三人官女にえらいモテてたな。いっそ嫁に貰ったらよかったのによ」
「そうやね~」
ほろ酔い機嫌なのか。洸縁はおぼつかない足取りだった。修磨は反駁しないのかと思いながらも言葉を紡いだ。
「ま、結婚したとしても、おまえを夫にしたことを直ぐに後悔するだろうけどな」
「莫迦やね。妻やろ、妻」
「…何時まで続けんだ、そのネタ?」
「希羅ちゃんが生きてる限り、やな」
家への帰り道、ふっと儚げな微笑を浮かべた洸縁に、修磨は険しい表情を向けた。
「何時かは死ぬで。僕も君もな」
修磨は一歩足を踏み出して洸縁の前に立って歩き出した。
「早く帰るぞ。希羅が待ってる」
修磨は駆け走るや瞬く間に姿が見えなくなった。洸縁はゆっくりと歩を進めながら夜空を仰いだ。澄み切った夜空には月光が燦々と輝いている。
「今日の夕飯は何やろうな?」
「………」
「早く入れ。寒いだろうが」
「そうですよ」
「おまえらなぁ」
家の戸を引いた修磨の瞳に真っ先に映ったのは、居間でくつろいだ様子で酒を交わしている玄武とゆずの姿であった。
辺りを見回した修磨は戸を閉めてズカズカと二人に近づいた。
「希羅は?」
「まだ帰ってないみたい」
「あいつももう子どもではない」
後ろを振り返り家から出て行こうとした修磨に向かって、玄武は告げた。修磨は足を止めて言い放った。
「永遠に俺の子どもだ。心配して、何が悪い」
それだけ告げるや、修磨は勢いよく家から飛び出して行った。
「忙しないやつや」
修磨と入れ違うように家の中に入って来た洸縁は草履を脱いで居間に上がり、二人の前に腰を落ち着かせた。
「もう我が家みたいにしょっちゅう来てますね」
「言うほど来てないだろ」
「私は譲り葉様から修磨に渡してきて欲しいと頼まれまして」
ゆずは後ろに置いていた包みを机の上に置いた。
「修磨は果報者やな」
洸縁は机に置いていたお銚子を手に取り玄武とゆず、そして用意してあった自分の御猪口に桃花酒を注ぎ、彼らの前に差し出した。
「何時もありがとうございます。ゆずさん。師匠」
ゆずと玄武は黙って洸縁の御猪口に自分の御猪口を合せた。