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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
八巻 零の奏音が竹と寄り添う大豆の花を揺らした。
117/135

「彼女がお頭の意中の相手なのかい?」

「うん。まぁね」



 京都に居を構える帆須徒無『緑柳紅花』の台所にて。


 誰が告げたのか。それとも態度で丸分かりなのか。お頭こと隼哉に惚れた相手ができたと吸血羇、吸血鬼の一族の中で噂になっていた。



(まぁ、あんな腑抜けた顔を見せられちゃあねえ)



 吸血羇の一人で姫叶の世話をよく働いてくれた、外見も心も太っ腹な女性の吟野ぎんのは、料理を作る希羅と隼哉を目を細めて見て後、隣に居る姫叶に話しかけた。



「姫は賛成しているのかい?」



 姫叶は口に含んでいた父自作の焼き菓子を飲み込んで、その問いに答えた。



「いいんじゃない?父さんが幸せなら。私だってもう子どもじゃないし。それに、希羅さん好きだし。母さんだってきっと喜んでると思うのよね。聞いたわよ。父さんにべた惚れで、喜ぶ顔が見れればいいって結婚を迫ったらしいわね」

「咲夜様の求婚の仕方は伝説になると思うよ」



 吟野はその時のことを思い出し微笑を浮かべた。詳しいことは後で聞くことにした姫叶はふ~んと口にして、両の手を後頭部に当てた。



「ま。想いが成就するかどうかは別だけど。希羅さん。父さんの気持ちに気付いてないみたいだし」

「あれで分からないなんて。相当のにぶちんだね」



(ま。気付いてない振りをしている。ってこともあるんだろうけど)



 姫叶は仲睦まじげに料理を続ける二人を見つめて後、自分も作らなければいけないと吟野に頼んでお菓子作りを開始した。






(幸せかも)


 へらへらしてないかと危惧する隼哉は顔を引き締めているつもりであろうが、残念ながらあまり効果はないらしい。



「修磨君と洸縁君は幸せ者だね」



 その意味を理解した希羅は何とも言えずに困ったように笑った。



「恩返しが少しでもできるといいんですけど」

「恩返しかい?」

「護衛をずっとしてもらってて。返せるのかなって。返さなきゃいけないんですけどね」



 隼哉は作業をしていた手を止めて希羅に向かい合った。希羅もまた手を止めて顔だけ彼の方に向けた。



「あのね。二人は本当に希羅ちゃんが好きなんだよ。好きで君を護っている。返そうとか、考えなくていいんだよ」



 希羅は顔を元の位置に戻して、手を動かし始めた。


 周りの人にも、本人からも直接言われた言葉だった。

 好きでやっているから迷惑とか恩を返そうとか考えなくていい。

 他人行儀な態度は止めて欲しい。


 でも、彼らは他人だ。両親のようには接することはできない。



「私、莫迦ですから。もう、この生き方が身に付いてしまったみたいで」



 他人行儀な関係で居たくない。損得とか等価交換とか関係なしに付き合いたい。


 二人が自分にそれを望んでいるのは知っている。それでも接せられない。


 歳が上だから?両親の知り合いだから?どんな関係なのか分からないから?


 友人とは言えない。義理の両親とも言えない。そう。二人と自分の関係にどんな名を付ければいいのか分からないからきっと。



(隼哉さんみたいに料理友達とか付けられればもっと……あれ、私)



 思わぬ想いに気付いて戸惑ってしまった。



 隼哉は身体を真正面に向け、包丁を手に持ち胡桃を刻み始めた。



「希羅ちゃんは、二人が好き?」

「多分、好きだと思います」

「そっか。うん。なら、そのままでいいと思う。ごめんね。余計なこと言って」

「いえ」



 希羅は手を止めて隼哉に向き合った。



「すいません。私は、私が悪いだけですから。もっと器用だったら。二人にも、もっと」

「僕は今の希羅ちゃんが好きだよ」



 口が重くなった希羅を励まさんとつい口に出してしまった隼哉は次の瞬間、赤面した。



「あ、あの。僕も。僕もね。て言うか、希羅ちゃん、器用だし。ほら。竹細工とか料理とか裁縫とか。すごく綺麗だし。家事を全部できるってすごいよ。僕なんか姫叶に役立たずだって邪険にされてるし。それに、話してて、すごく心が温かくなるし。だからね」



 口にすれば口にするほどにボロが出ているような気がする隼哉。このままでは勢い余って口にしてはいけないことまで告白してしまいそうな気がして、自分自身に急停止を掛けた。



「つまり、希羅ちゃんは全然悪くないから安心して」



 両の手を強く握りしめた隼哉。疲労感が半端なかった。

 一方、怒涛の言葉贈りに目を丸くしていた希羅は戸惑いながらも微笑を浮かべた。



「ありがとうございます。嬉しいです」



 照れ臭そうに笑う希羅を見た隼哉は息が止まるかと思った。



(……本当に、僕は)



 願ってしまう。

 隣に居て笑顔を見るだけで。本当にそれだけで十分だから。


 この刻が永遠であればいいと。



「あ。包丁、危ないね。胡桃。切らないとね」



 包丁を下ろして胡桃と向かい合った隼哉は、笑いながら次の指示を希羅に出した。


 心を奪われたのは幼い希羅のあの姿?それとも、今の希羅の姿?

 もう、どちらでもいいような気がしたが、反面、罪悪感が募る。




『私は、あなたに気になる人が居てもいい。だから。もし私のことも少しでも気になってくれているなら、結婚して』



 咲夜のことは好きだった。愛していた。ずっと一緒に居たいと本気で思っていた。


 だが、隣に立つ彼女、正確には幼い時の彼女のことを忘れたこともなかった。


 あの時に抱いた感情が何なのかは、今でさえ分からない。


 今みたいに、会いたいとか、一緒に居たいとか、そう思ったことはなくてただ、



 心を奪われていただけなのだ。



 この感情にきっと名は付けられないと思う。そしてそれでいいと思っている。


 あの時の彼女よりも咲夜を、今は隣に立つ彼女を大事にしたいと思っているから。それだけでもう、十二分だから。



(あ、でも、希羅ちゃんが作ったの、欲しいかな)



 食べられる二人が羨ましいと思いつつ一族の分も作らんと、隼哉は胡桃を刻み続けた。



(咲夜は、赦してくれるかな)



 好きな人ができてしまった自分を。



「お、お頭!」



 作業が大詰めを迎えそうなその時だった。大慌てした一族の一人の男性が部屋の中に駆け込んで来た。



「どうした?」



 彼の余りの動揺ぶりに、隼哉は顔を引き締めて彼の言葉を待った。彼は息を整えて初めて見たおぞましい光景を口にした。



「鬼と福と雛人形たちが町で暴れまくっています!」



(え、今?)



 時期が違うと思った希羅が外に出ると、其処には。



「俺たちももてなせ~」

「もっとご馳走が欲しい~」

「「私も旦那様/妻様が欲しい~」」

「我をもっと崇めよ~」



 酔っ払いの付喪神付きの人形たちが町を縦横無尽に囲んでいる風景が広がっていた。










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