四
「櫁は元気ですか?」
「ああ」
茶屋で向かい合って座っていた柊の答えに、希羅はほっと安堵した。
「そうですか。良かった。でも、忙しいんですね」
「ああ。慣れぬことが多くてな。疲れた、疲れたが口癖になってしまって。頑張っているからと言って、岸哲に思う存分我儘を許してもらっている。まだまだあいつは甘えたな子どもだ」
「目に浮かびます」
(本当に、大事に想ってくれているのだな)
柊は希羅から視線を目の前に置いてある湯呑に固定させた。
何故と、疑問に思わずにはいられない。
叔母上は殺害した理由をいくら訊いても答えてはくれない。
櫁には弱かったからと告げたらしいが。
(弱いと人を殺すのか?)
殺人者の甥として罪を償おうと、一回目と二回目は偶然を装って、三回目の今日は約束をして、会いに来ていた。櫁の近況や昔話を交えつつ、困ったことはないか、さりげなく情報を集めて、何をすればいいかを考えている。
櫁にはそれでは意味がないと言われているが、他に術を知らない。誰か正解を教えて欲しいとさえ、情けないことに思ってしまうこともある。
「お忙しい中、会って下さってありがとうございました。櫁の様子が聞けて嬉しかったです。それにご馳走までしていただいて、申し訳ありません」
みたらし団子三本を食べ終えた希羅は立ち上がって、頭を下げた。
柊の護衛役の遊山は三色団子が乗ったお盆を机の上に置いて柊の隣に座り、団子を手に取って食べ終えて後口を開いた。
「希羅ちゃんは真面目ね。息抜きに来た私たちに付き合ってもらっているんだから、そんなに畏まらないでいいのよ」
「いえ、そんな」
「う~ん」
幼い時の彼女を見たことはある。まだ両親が生きていた時は自由に生きていたように思えた。だが今は窮屈そうにしか見えない。大人になったから?それとも。
(肩の力の抜き方を忘れてしまったのかしら?)
「うちのぼっちゃんと同じ堅物ってことね」
「ぼっちゃんは止めろ」
遊山は柊の言葉を無視して、ズイッと希羅に顔を近づけた。
「お姉さんと遊びましょうか?」
突然の申し出に、希羅は戸惑った。
「あ、の。私、これから用事があって」
「そう。じゃあ次の機会にでも。ね。約束」
遊山は小指を立てた手を希羅に近づけた。希羅は遊山の笑みを見て後、そっと小指に指を絡ませた。
「約束」
「はい」
遊山は満足そうに頷いてそっと小指を離した。
「ぼっちゃんは態度が固すぎです。もっとほにゃららとして下さい」
用事があるという希羅を見送って後、店に残った遊山は目の前に座る柊に忠言した。
「ほにゃららと言われても、どうしろと言うのだ」
柊は眉根を寄せた。遊山は障子張りの窓を引いて、外を見るように柊に告げた。
「あれをご覧下さい」
「あれ?」
柊が遊山の手が向ける方向へ顔を向けると、二人の見知った顔が瞳に映った。何やら一人の女性に声を掛けているようだ。
「お姉さん。俺と一緒にお茶しない?」
「いいです」
「もれなくこいつも付いて来るよ」
「…私用事があるので」
「ハッハッハ。またフラれちまった。次行くぞ。次」
二人の内の一人、天架は女性の背を見送りながらも、きょろきょろと辺りを見回した。韋弦は彼を見下ろしながら欠伸をして、呑気な口調で告げた。
「もういい加減に諦めたらどうだ?」
「嫌だね。俺は見つけるんだ。運命の人に!」
「あ~、そうか。頑張れよ~」
「おう!つーことで、お姉さん~」
「良くやるなぁ。は~あ」
二人が自分たちの背を向けてから一拍後、柊は静かに窓を引き戻し、遊山に視線を向けた。瞳が吹雪いていた。游山は口の端を上げた。
「…あんな風になれと?」
「見ているだけで脱力しますでしょう?」
「脱力するどころではないばかりか、女性にとってはいい迷惑なだけだろう」
「まぁ、否定はできませんが、あれも一種の交流と言えますしね」
遊山はずずっとお茶を飲み干した。
「ぼっちゃんは希羅様とどうお付き合いして行きたいのですか?」
「どう、と言われても。伯母上の罪を償って行きたいとしか言えぬ」
「償いきれぬものではありませんよ」
「分かっている。だが、何もしないままではいられないだろう。櫁の為にも。二人は何も悪くないのだぞ」
「では、彼女の為にできることはすると仰いますか?」
「出来得る限りはな」
「ならば次に会う機会までにもう少しくだけた態度をお取りください。今のままでは委縮させるだけです」
柊は口を一文字に結び、暫し視線を右往左往させてから口を開いた。
「善処する」
「はい」