二
「悪いな。毎回毎回付き合ってもらって」
「いいよ。私だって遊里さんにはお世話になってるしね」
修磨と洸縁に町まで送ってもらって後、希羅は海燕と共に雑貨屋を巡り歩いていた。目的は誕生日の近い遊里への贈り物を買う為である。
『いーい?海燕。希羅ちゃんと。だからね』
毎回誕生日が近くなるとこうやって釘をさす遊里に、海燕は辟易していた。
(ぜってー、俺が希羅のこと好きだって思ってんだよな。鋭いのか鈍いのか分からんねぇ)
「けど海燕って本当にお姉さん思いだよね」
「そうか?」
次の店へと行く途中に、希羅は隣で歩く海燕に話しかけた。
「だってさ、嫌々な顔してても、絶対遊里さんのお願い聞くでしょ?」
「逆らうと後が怖いだけだって」
「へぇ~」
「…何だよ?」
「ううん。何でもない」
(海燕って、遊里さんの時だけ素直じゃなくなるんだよね。照れ隠しかな)
海燕はにこにこと笑う希羅から顔を背けて次の店の中に入って行った。
「希羅は買わないのか?」
「うん」
(興味ない、ってわけじゃないのにな)
入った店は主に髪飾りが置いてあった。海燕は可愛いとか綺麗だと言いながら手に取る希羅を傍らで見つめながら何故と疑問に思っていた。
(金がない…ってわけじゃないよな。まさか親父たちがケチってるわけないし。贅沢品を買える余裕分くらい十分に渡してるはずだし……まさか。修磨が莫迦食いして食費を圧迫してるとか。だから)
有り得ないと断定できない。
「これとかどう?」
希羅は藤の花を布で形取った上品で流麗さを帯びる髪飾りを海燕に手渡した。それを受け取った海燕は遊里の顔を思い浮かべて、それを付け加えた。
「似合う、と思う」
「海燕も見てるだけじゃなくて選びなよ」
「ああ。もうこれに決めたから」
「毎回私ばっかりじゃない」
「いいんだよ。希羅が選んだやつは何時も気に入ってんだから」
海燕はそそくさと勘定を済ませに店番に話しかけた。
「付き合ってもらった礼に何か奢るぜ」
勘定を済ませ店を出た海燕は毎回のようにそう告げた。何時もなら食べ物を要求してくるところなのだが。
「あ。今日は、いいや。この後行くとこがあって。で、海燕にお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「今日はさ、一日海燕と一緒に居たってことにしてくれない」
(……そんな嘘ついたってばればれだぞ)
手を上げて重ね合わせる希羅から、彼女の後方に視線を送った。彼らの姿は見えないが確実に居る。
(希羅について来ないようにって言われたんだろうな)
それでもついて来ているのは狙われている彼女を護る為、だけではないのだろう。
(親莫迦だからな)
苦笑した海燕は希羅に視線を戻した。
「俺にも言えないわけ?」
希羅は両の手を下ろした。
「隼哉さんと、柊さんに会うことになってて。でも、二人は私が二人に会うことを快く思ってないみたいだから」
(あ~。どっちも、なあ)
柊は櫁の兄で、希羅の父親を殺し、家と土地を得ようと画策した前天皇である梢の甥に当たる人物であり、希羅に真実を伝えようかどうかを悩んだまま、時折会いに来て様子を窺っている。
二人は希羅に辛い思いをして欲しくなく、事情を知らないままでいて欲しいらしいが。
(けど。な)
告げたところでどうしようもないのかもしれないが、このままでいいのかと疑問に思ってしまう。だが、いくら考えても、告げた方がいいか悪いかは、未だに分からないまま。
「そう言やさ。今年は眠ったままだったな」
海燕は思い出したかのように話題を変えた。希羅はうんと口にしながら毎年起こっている光景を頭の中で思い描いた。
「そう言えば。毎年大騒ぎなのにね」
「な」
今日は二月十四日。もう、あの日から十日も過ぎたのに、彼らは目覚めていない。
「二月三月って、行事が多いよな」
海燕は親指から順に指を折って口にした。
「節分に、水芽に、雛祭りに、日花だろ。あと春分祭りか」
「この時期が一番賑やかだったりしてね」
「そうか?夏は夏で騒がしいけどな」
「まぁね」
「今年は修磨とか師匠が居るから大変だな」
「ううん。そうでもないよ」
(もう、大丈夫、だよな)
先に歩き出した希羅の背を見つめた後、白みがかった空を仰いだ。まだ肌寒い時期なので、日の光が有難い。
「今日もいい天気だ」