十九
「希羅」
「はい」
「お、俺のことも、遠慮せずに、」
人ではないと言う立場は一緒。
ただ出会った時期が遅いか早いかの違い。
ただそれだけ。
(いや。俺の方が希羅のことを想っているけどな。俺ならぜってー死なないけどな)
心の中で罵詈雑言を浴びせつつ、一心に向けられる瞳を捉えて、瞬きを多くさせながら、戦慄く唇を懸命に動かそうとするも。
(あれ。でも、俺。何て呼ばれたいんだろうか。お父さんはあいつだし。父上?堅苦しいな。お父様?嫌だ。父さん?希羅には似合わない。ててさん?とうとう?ちち?ちゃん?父ちゃん?親父?父君?爸爸?爺爺?父と爸と爺を重ね合わせて。父爸爺?ぱちや?やぱち?だー。分からんねぇ)
想いを巡らせ、現状が一番満足できるのではと言う考えがちらつく。
(でもなあ。修磨さん。さん邪魔だろ。なら、修磨?呼び捨てか。まあ、居るよな。父親を呼び捨てにする子どもも。でもなあ)
軽やかな威厳を保つ名称はないだろうか?修磨は頭が沸騰するくらいに脳漿を絞った。
が。
「いや。食いに行こう」
力尽きた修磨は力なくそう告げて、柳たちが居る方向へと視線を向けて、足を踏み出した。
「……俺、居ても、いいか?」
恐らく無意識にだろう。
答えを求めるでも、気にするでもなく、力なく歩を進める修磨の頼りない声音に、
数度瞬きした希羅。
あの時と同様に、裾を掴み、動きを止める。
「修磨さん」
「ん?」
「一緒に捜してくれませんか?」
何をとは告げない希羅。
地球のことではないと、悟った修磨。
自分たちが知らないところで繋がっていたと、薄々感じていた。
(おふくろと洸縁。それに柳もそれを知っている。だが何も言うつもりはない)
このまま何も知らず、
流されるままに、
翻弄されるままに、
居所の立たないこの居心地の良さに身を委ねたい。
お互いを繋げる秘密を暴露すれば、恐らくは、その気持ちは霧消と化す。
そう分かっているからこそ余計に。
そしてそれは、希羅も感じていることだろう。
それでも尚、捜そうと告げた。
共に。
全てを繋げる秘密を。
何時かが来る前に、自分たちの手で。
「やだ」
断られるとは思っていなかったのだろう。
明らかに狼狽する希羅に、修磨は一つの条件を呑んでくれたら、一緒に捜すと告げた。
「俺のこと、修磨さん、以外の名前で呼ぶことだ」
さん、を強調する修磨。
さらに希羅は困惑した表情を浮かべながらも、思い付くままに口にした。
「修、さん」
「却下」
「…磨さん」
「却下」
「修磨殿。修磨師」
「却下」
「……修磨、師父」
「…却下」
(お父さんって呼べば、満足するのかな。でも)
「靖修さ「さんはなし」「………はい。あの、やっぱり」「それでいい」
満足の行く渾名だったのか。
嬉しげな笑みを浮かべる修磨。
今にも鼻歌を奏でそうだ。
「修磨って呼び捨てでも好かったけどな」
「いえ。それは、」
(お父さんて呼ぶのと同じくらい抵抗があって無理です)
だがだからと言って名前を変えていいのだろうか?まあ、渾名だと考えれば、それも善し、だと思うが。などなど、つらつら考える希羅。
「はい」
「?はい」
いきなり差し伸ばされた手に首を傾げる希羅に、修磨は呼んでくれと告げた。
「靖修」
遠慮がちに告げた希羅に、修磨の相好は崩れに崩れきった。
「でも何で靖って付けたんだ?」
「秋みたいだから、ですかね」
「…それって、この髪から連想したのか?けどどっちかって言うと、冬じゃないか?」
修磨は灰色の髪を掴んで軽く引っ張った。
「それに、靖に秋って意味あったか?」
「いえ。ないですけど、形が秋っぽいかなって」
「ふ~ん」
修磨の含み笑いに、居心地が悪くなった希羅。口早矢に告げた。
「あのですね。捜すと言いましたけど、暫く。と言っても、三日間くらいは、此処で過ごして。だから。十三日間で見つけましょう」
「…希羅。おまえ」
「地球も捜しますよ。だから、道具屋さんも羅韋も一緒に」
「お主しか聞こえんのだから当然だな」
後ろから近付いてきた道具屋と羅韋を振り返り、希羅はそう告げた。
「全部解決して、それで、お祭りを楽しみましょう」
「希羅」
咎めるような声音に、穏やかな表情を向ける。
「私、やっぱり諦められません。だって、聞こえたんですよ」
『俺。姉上と一緒に、生きたいよ』
『形式上ああは告げたが、おまえの願いを叶えるわけにはいかない』
激流に呑まれては沈んで、穏やかな水面に浮かぶ木の葉のように、意思が定まらなかった。
自分でなければならないと、神は告げた。
故に死んでもらっては困ると。
故に死なせないと。
零を地上に戻したのは、後悔の念を晴らし、地球の声を聞けるようにする為だと。
全ては地球の声を聞く為だと。
だが。
「弟を生き返らせることができるのも私しか居ないんです」
「それはあいつの願いじゃない」
「それでも。大丈夫です。父も居ますし。しゅ…靖修も洸縁さんも居ますから」
「…心当たりがあるのか?」
羅韋の問い掛けに、希羅は小さく頷き、或る一点に視線を向けた。
見つめるのは―――。
「欲張りじゃな」
道具屋はそうかと呟くと、頭を掴むように手を添えてそう告げた。希羅は笑い、共に焼き穴子を食べる宗義と零、共に焼きものをする洸縁と柳の元に小走りで向かった。
「『果嵐氷山』か」
「わしらもちょくちょく足を運んだが、何もなかったの」
「だが、希羅とは行ったことがない」
二人の会話が他人事のように耳に入って来た修磨は静かに問い掛けた。
「おまえらは希羅が死のうが生きようが、どうでもいいんだな」
「まあ、究極的にはそうだの」
カッと血が上った修磨は道具屋の胸座を掴んだが、乱暴に離すや、背を向けて歩き出した。
「お主なあ」
羅韋は呆れ顔で道具屋を見上げた。道具屋は苦笑した。