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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
七巻 泡沫の咆哮
108/135

十八

(もう少し)




―――京都府京都市。




 逸る想いに負けないくらいに歩が進む中、希羅は去り際の出来事を思い返していた。








『また、お会いしましょう』



 ぎこちない笑みを向ける舞李と。



『次は観光名所を巡ろうぞ』



 快活な笑みを向ける夕嵐。



『…………』



 くっ付くのでは思うほど眉を寄せて舌打ちだけ発した夕映。



『すみません。こういう人なんです』



 頭を下げた後そう囁いた万亀らに見送られながら、『海原国』を後にして、元来た道を辿り、譲り葉の邸に戻って。



『帰省した息子が留まるのは短期間って相場が決まってるわよね』



 口を尖らせて、一時愚痴を溢していた譲り葉はだが気が済んだのか、きびきびと動いて、ゴーヤと胡瓜、トマト、西瓜の夏野菜と花火、風鈴の土産と、また来なさいとの言葉を渡し、元気よく見送ってくれたのだ。












(暑い)



 夏晴れの空には太陽を遮るものなどなく、照りつける日にじとりと滲み出る汗が流れ落ちる。少しでも風があればましだったのだが、それさえも一切ない状態。そんな夏真っ盛りの季節、希羅を先頭に帰路を辿るのは、七人。青竜にまだ用があるからと『海原国』に一人残った玄武と、何時の間にか姿を消していた加見を除く、零と修磨、宗義、道具屋、羅韋、洸縁、ゆずである。




「煙が出てる」



 まだ家の一部さえ見えない上り坂を歩いている最中であった。



 既視感のある光景に、ぽつりと呟いた希羅は駆け走った。



 焦燥が募るが、あの時とは違い、嫌な予感がしてではない。




 むわりと暑苦しい空気と香ばしい匂いが頭上から押し寄せてくる中、家全体が瞳に映るまで距離を詰めた希羅はその場に立ち止まった。






 唇が戦慄く。


 景色が歪む。


 何度も瞬かせ、目元を拭い、一度は詰まらせた名称を次は淀みなく告げる。






「お父さん!」






 この場に居るはずもない父に、されど疑問に思う暇さえ惜しい。




 火を囲む半円状に積み重なった石の上に網を乗せて、魚やら、肉やら、野菜やらを焼いていた柳は、嬉々とした表情で立ち上がり、地面を蹴るや、一飛びで希羅との距離を詰めて、強く抱きしめた。



「今日はご馳走だぞ。希羅」

「うん」


「…直ぐに割って入ると思ったけどな」

「今からすんだよ」



 零を肩車する修磨は洸縁に宣言した通り希羅と柳の間に割って入った。


 わけではなく。


 二人の中間に立つや、咳払いをして、二人が離れると同時に、柳に手を差し伸ばした。



「初めまして。俺の名前は修磨。同じ育ての親として仲良くしようや」



 眼を付ける修磨に、されど柳は嬉々とした表情を崩さずに、その手を握った。



「俺の名前は柳。これからよろしくな」

「父さん。久しぶり」



 修磨の肩に乗ったまま手を上げた零。

 柳は伸ばした手を彼の脇に入れて抱き上げ、高い高いをした。



「おっきくなったな」

「だって俺九歳だし」



 感動の対面も長年の月日も何のその。

 軽い口調で直ぐに打ち解けた体の柳は零を肩車して、元居た場所へと戻って行った。



「驚かないのか?」



 二人に視線を向けていた希羅はその問いかけに、右斜めに居る修磨に向かい合い、苦笑を溢しながら見上げた。



「死んだはずの父が居たら、そうですよね。驚きますよね」



 希羅は柳と零の会話を耳にしながら、目を細めた。



「でも、目の前に父が居て。父が居るこの光景がすごく自然で。何故と思う疑問さえどうでもいいほど、違和感を全然覚えないんです」


「まーそんな風にさせる男やってことや」



 希羅の隣に立った洸縁に、細かいことを気にするなと突っ込みを入れられた修磨は、依然として不機嫌極まりないと言う表情を浮かべていた。




「そう言えば。修磨さんはどうして父の顔を知っているんですか?」



『同じ育ての親として仲良くしようや』



 洸縁から柳のことは聞いていたのかもしれないが、顔までは知らないはずなのに、との希羅の疑問に、洸縁がそれはなと答え始めた。



「希羅ちゃんの育ての親でもある柳を敵視してるんや。こいつは。そんで、敵を知らばってやつで。僕、色々訊かれて。顔も書けって脅されて。大変やったんよ」



 洸縁はやれやれと肩を揺らした。何時もと変わらぬ彼に、希羅は安堵した。



「あー、でも。柳が生き返ったとなると。修磨。大変やね~」



 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる洸縁に、修磨の機嫌がさらに急降下したことは言うまでもない。



「ああ?何だおまえ。死んだ恋人が甦ったかのように気色悪い笑顔振り撒きやがって」

「まあまあ。そう妬かんと」

「誰が妬くか!つーかさっさと行け!」



 修磨が柳を指差すや、洸縁は分かりましたと言わんばかりに、るんるんと浮立つ足取りで彼の元へと行ってしまった。






「気色悪い」

「洸縁さんは両親が大好きでしたから」



 叶わず夢にまで見る嬉しげな笑みに、されど、胸に鋭い痛みが生じる。



(本物が帰って来た。か)




 死んだはずの人間が生き返る。


 驚愕すべきことを何故、今こうして淡々と受け入れられるのか。


 それは彼の雰囲気がそうさせているのだろうが。


 希羅は別として、自分たちは今日以前に彼に会っているのが大きかったのだろう。




(あいつの驚いた様は見ものだったよな)



 今でさえ平気に接してはいるが、彼の式神が自分たちの前に現れた時の洸縁の阿鼻叫喚振りを思い出した修磨は、溢しそうになる笑いを咳で誤魔化した。



『あー。まあ。詳しいことは後々話すとして。簡潔して話すことは一つ。俺は』






 阿鼻叫喚を続ける洸縁の言動が止まったのを見越してか。


 洸縁が彼の言い知れぬ雰囲気にそうせざるを得なかったのかは定かではないが。


 兎に角、静寂が訪れたその時に、彼は告げたのだ。






『人の血肉が通う式神だ』






 それが意味することは乃ち。






(まあ、あいつが何者かなんかどうでもいい。て、言いたいけどな)


 修磨は闘志を燃やした。負けたくないと、強く思ったのだ。


(誰がすごすごその座を渡すかよ……つーか俺。まだその座に立ってもない)






『お父さん!』






 脳裏に反響して消えそうにない切望の声。


 自分に一度たりとも向けられたことなどない。






(いや。誰が諦めるかよ)



 自分自身に誓いを立てる。


 必ず実現させるそれを。


 今はまだ遥か遠くにあるとしても。











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