十六
「その。ゆずさん」
「目が覚めたようですね」
ゆずの視線の先には宗義と騒ぐ修磨が居た。
気まずそうにしていた洸縁はそうみたいですねと答えた。
「行きます。けど、ご飯食べ終わってからで」
先手を打った洸縁に、されどゆずは嘆息をついた。
「本人に見えていないことだけが救いでしたね」
何処か刺々しい物言いを疑問に思いつつ、肩身の狭い思いをする洸縁はすみませんと小さく呟いた。
「別に私が謝られる謂われはありませんので」
「ありがとうございました」
見失っていた自分を取り戻してくれたことは本当に。
『その様で母親を名乗れるのですか?その様で友人と名乗れるのですか?』
「けど。氷漬けにしたのはやり過ぎ「言葉だけでは十分ではないと判断しましたので」
口を尖らせた洸縁に、ゆずは厳然と言い渡した。
洸縁はそうですねと力なく告げた。
あの時、自分と道具屋の間に突如姿を現したかと思えば、自分を氷漬けにしたゆず。
そして、一瞬で氷漬けにされた後で届いた言葉。
(情けない姿ばっか見せたな)
また一瞬で解放され、さっさと行けと尻を蹴り上げられたのは別の話。
(意外な姿見たな)
やはり式神は主に似るのかと思った洸縁。
ゆずに食べますかと、綺麗に盛り上げた皿を差し出した。
要らないと突っ返されるかと思いきや、ゆずは素直に受け取った。
(これも意外や。けど)
(…食べ物は粗末にしてはいけないと譲り葉様から言われたから)
心には未だに煙が埋め尽くされたまま。
その不快な気分が早く消えろと、ゆずは切に祈った。
「玄武。青竜。夕嵐」
眼下にこの祝賀会に訪れた皆が見える中、譲り葉は名を呼んだ三人に似つかわしくない厳しい表情を向けて一言、頼りない声音で告げた。
「届いたの」
「なら」
夕嵐もまた厳しい表情を浮かべて仰いだ。
「これらが帰る時が来たのか」
「あの娘は?」
青竜、青い上半身に魚の尻尾のような下半身、若布のような少し鬱陶しい髪の毛、恨めし気な目つきの女性人魚、は、徳利を口に含んだ後、譲り葉に視線を合わせた。
「正直。地球を見つけられるかどうか。分からないわ。せめて弟の。零のことがなければよかったんだけど」
「千載一遇の機会を逃さんと。どいつもこいつも躍起になっているな」
玄武は青竜から徳利を奪い、一口含んだ。
「仕方がないんじゃないのか。それだけの存在なんだからな」
青竜は玄武から徳利を奪い返し、一気に飲み干した。
「下品なやつめ」
「年上を敬わない小僧が」
睨み合う玄武と青竜をよそに、譲り葉は表情を緩ませて夕嵐によかったわねと告げた。
「舞李さん。夕映とやっていけるんじゃない?何とか」
夕嵐は肩を落とした。だが、緊張した面立ちは消えていた。
「そうなんじゃ。何とかなんじゃよ。ああ。寿命が縮まりはせんか不安じゃ」
「うん。まあ。大丈夫よ」
譲り葉はばしばしと夕嵐の背中を叩いた。
「わし。やっぱ心配じゃ」
「はいはい。無粋なことしない」
―私だって我慢してんのにあんただけ行かせるわけないでしょ。
(あれ。二重に聞こえたが)
譲り葉の笑顔に、されど寒気を感じた夕嵐はその場に留まり、差し出された酒を素直に飲むことにした。