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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
七巻 泡沫の咆哮
102/135

十二




―――居場所不明。



「帰るぞ」



 柳は前に回り込んで、座り込んでいる梢に手を差し伸ばした。



「地獄にか?」



 梢は地面に視線を伏せたままそう告げた。



「帰るって言ったら、家に決まってんだろ。俺は『絆繋草』に。そしておまえは『染埜そめの』に」


「何故己を殺した相手に飄々とした態度を向けられる?何故恨みや怒りをぶつけない!」



 梢は視界の端に映る、差し出されていた手を払い除けた。



「別におまえに殺されたわけじゃないしな」

「誤魔化すな!」

「誤魔化してない。力が足りなくなって一時的に仮死状態に陥ってただけだ」

「九年間もその状態に居たと?地面の中で呼吸も適わぬと言うのに」



 柳は自身から顔を背けたままの梢を一時直視した後、微かな嘆息をついた。



「そうだな。普通の人間なら、まぁ、有り得ねぇな」



(自分は普通の人間ではないと言いたいのだろう)



 それでも人間であることには変わらないだろうと責めようとしたが。






「俺。人間じゃないしな」






 的外れな告白に、眉根を寄せた。






「では何だ?妖怪だとでもほざくか?」

「妖怪でもない」

「俺は、式神だ」



 一泊後、梢は嘲笑を溢した。



「式神、だと?」

「ああ」

「誰のだ?」

養父狛江こまえの」

「あやつは只の貴族。陰陽師ではなかったであろう。どうして式神なんぞを創れるものか」



 誤魔化されている。その事実が、言い知れぬ感情を生み出し、渦巻いて、心を支配する。



「ああ。そうだな。狛江は只の貴族。本来なら式神を創れる力などないが、他人にできて自分にできないことはないってのが、口癖な男で、実際こうやって俺を創り出した。だが所詮陰陽師が創ったもんではないからな。病になんか罹るはずもない俺もそれを患い。狛江が死んだこともあって。俺に力を送る者も居なくなり。そんな時だ。分かったか?」



 梢はほぞを噛んだ。



「おまえが生きていようが死んでいようがどうでもいいのだ。私が、おまえを殺そうとした、その事実だけで、おまえは私を糾弾すべきなのだ!」



 梢は柳を真っ赤に染め上げた瞳で以て睨んだ。



「それだけではない!私はおまえの娘さえ殺そうとした!何故赦す!?」

「他人に求めんな」



 言葉が閉ざされ押し黙る梢に。

 柳は足を屈し視線を合わせた。



「求めたってどうせおまえは聞き入れないくせに。赦すって幾ら俺や希羅が言ったって、どうせ赦さないんだろうが。そんなんで他人から答えを貰ったって、どうしようもないだろうが」


「そうだ」




 この時の梢は一切合切の感情を消し去っていたように思えた。






 その姿はまるで、ひび割れ、微かに形を保つ、人形のようで。






「どうせ私は己など持たぬ人形に過ぎぬ。所詮私は、死んでいても生きていてもどうでも存在だ」



 柳は目を細め、莫迦がと低く呟いた。



「何時までそうやって持ってないもんばっかに目を向けて嘆いてんだ。いい加減にしろよ」



 柳は険しい表情のまま、言葉を紡いだ。



「ちゃんと手に持ってんもんに、背負ってるもんに目を向けろ」



 梢は目元を険しくさせた。



(持っているもの?背負っているもの?そんなの一つしか――)



 言われるまでもなく分かっていると、声を荒げそうになった時。



 不意に自分を呼ぶ声が頭に響き、目を見開く。



(違う。あの子らを育てたのも、自分が天皇たるべくしたこと。矜持を護る為に、私はあの子らを。利用したに過ぎぬ)



 瞳が潤み、薄らと張っていた水の膜が、雫となって、一筋だけ頬を伝った。



「向けられる愛情に真直ぐに応えられてなど、いなかったのだ」



 梢は一人ごち、口を堅く結んだ。






 居場所となり得る唯一無二の存在にさえも、自分は―――。






「帰るぞ」



 柳は立ち上がり、再度手を差し伸ばした。



 梢は目元を拭おうともせずに、一時その手を凝視した後、未だに宙を浮遊する地黄煎火に視線を向けた。



「こやつは何時までこの地を彷徨う?」

「後悔する人間が居なくなるまで、か?」



 梢は一笑を溢した。



「それも悪くないな」

「おい」



 意味を察し咎めるような一言を発した柳の手を、梢はしっかりと握り優美に立ち上がって、瞳をぶつけて数秒後、頭を深々と下げ、掠れるような声音で告げた。




 すまぬと。


 ありがとうと。




 柳は安堵の溜息をつくように、ああと応えた。



「一つだけ、頼みがある。希羅には」

「分かっている」



 頭を上げた梢はそう告げて、目の前に浮く地黄煎火に触れた。


 色と形からして火傷するかに思えた手には凍りつくような冷気が纏うだけだった。



「偶には顔を見せよ。茶ぐらいなら、用意しといてやる」



 その時、一人の男の姿が見えたかと思えば、梢と柳はその空間から弾き出されて。


 気が付けば―――。






「梢様。無事で何よりです」



 岸哲を初めとして、閣玄、海燕、朱儒の四人に囲まれていた。






 彼らを見越し辺りを見渡せば、日中であるにも拘らず照りつける太陽を隠すように木々に囲まれた鬱蒼としたところで、人工林が植えられた城郭の一区画『曽我そか』かと当たりを付けていると、不意に背に気配を感じて振り向けば、其処には松の大木が静かに佇んでいた。



 周りの木々に圧倒されてひっそりと息を潜めるように。






(いや…)






 術を使える海燕と朱儒がこの木を囲んで、梢を連れ戻そうと『帰心きしんの術』を繰り出していた。


 地黄煎火に空間から一人弾かれ、海燕たちが来るまでこの場に待機していた岸哲がそう説明をした。



「な、何で!柳さんが!?」

「久しぶりですね」



 梢が無事に帰って来たとの安堵も束の間、海燕は死んだはずの柳の姿を視界に捉え腰を抜かしそうになった。彼以外は平然としていたが。



 一方、海燕と朱儒の声音が重なり合ったが、正確に聞き取った柳はまず海燕に落ち着くように告げて後、朱儒に久しぶりだなと応えたかと思えば、行くところがあるからと忙しなく背を向けた。



「後は任せたぞ」

「私から会いにはいかぬ」

「分かっている」



 梢に背を向けたままそう応えた後、柳はその場を駆け走って行った。



「…世話を掛けた。帰るぞ」



 未だ柳の姿が小さく見える中、梢は淡々とそう告げた後、柳が向かった方向とは逆の方へと歩を進めた。






(一番はやはり、あの娘、か)






 梢は俯くことなく、眼上に見える城に向かって真っすぐに帰って行ったのだ。
















――『穏芽城』天皇休憩室『梅暖めのん』にて。



 岸哲から文を貰い柊と共にその場で待機をしていた櫁は、梢が部屋に入って来るのを視認するや床を蹴り彼女に抱きついた。



「すまぬ」



 胸に顔を埋める櫁の髪を梳きながら、梢は一言だけそう告げて、視線を柊に向けた。



「もう少し御自分を労わり下さい。伯母上」

「ああ」



 怒った表情で、ぼそりとそう告げた柊に、梢は再度、ああと、一言だけ告げた。











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