十
「痛くないから。ほら、血も出てない」
零は自身の手の平に当たる短刀の鍔を包み込んだ。
小さな手では全ては叶わないが。
「姉上。大丈夫だから。俺は大丈夫だから」
何の反応も示さない姉を見て、くしゃりと顔を歪ませる。
「護れなくてごめん」
ぽたぽたと、涙を溢す。
「護れなくてごめん。姉上」
それは過去へ向けて吐露された想い?現代に?それとも。
「戻って来てよ」
(やっと自由に動ける身体を手に入れたのに)
寒い季節だった。
吐き出された白い息の行方と。
道端に棄てられた自分を誰もが素通りして行くのを目で追う。
それは息をすることと寝ること以外に自分ができたことだった。
自由に動けないように巻き付けられた毛布の所為。
自由に動けない己の拙い身体の所為。
自由に動かせたのは思考だけ。
次は何に生まれようと想いを馳せている時だけ、自由になれたのだ。
何でもいい。
生まれて直ぐに自由に動ける身体であったのならば、何でも。
『俺たちと家族にならないか?』
突如として頭上から降り注がれたそれは。
真直ぐに自分に向けられた初めての言葉だった。