魔羅という者
夢を見た。
そこは音は無く、白色のような黄色の曖昧な色をした空間だった。
黒髪の女の子が背を向けて座り込んでいる姿が見えた。
「早く戻ってきてよ・・・」
どうやら泣いているようだ。思わず、近寄り慰めようと背中に手を当てる。しかし、当てた筈の手はそこに初めから何も無かったかのように、すり抜けた。目の前にる女の子は薄れていき、消えてしまった。
「え?・・・どこに行ったの?」
しかし発した声は、壁の見えない空間に吸い込まれていった。
「起きたか。おはよう」
その声を聞いた途端に、昨日のことを思い出す。起きて数秒だと言うのに、既に内心疲れる。
「・・・おはよ瑞・・・」
私は寝転んだ体勢のまま返事をした。昨日のことは、夢だったらよかったのにと思いながら準備に取り掛かる。
「真希、元気がないようだが」
「寝起きはだいたいそうでしょ・・・なんか夢見てた気がする」
「夢・・・人が眠る時に見る幻想か」
「何それ。あ〜思い出せない」
私は、霧ががったモヤモヤする気分を晴らすためにカーテンを開けた。外には既に活動している人がいる。
振り返り瑞の方を見ると、扉近くで正座をしていた。
「あれ?私、瑞の分の布団敷いたっけ?」
私は昨日の寝る前の事を思い出そうと、空間を見つめる。
「何を言っている。俺が人との生活の違いを話していたら、真希が眠りに入ったのだろう。」
「あ、そうだっけ?ごめん。それで、寝れた?」
すると、瑞は溜め息をついて渋々といった様子で話だした。
「まず、天上界に住む我々は眠りにつくことはない。霊気で保たれているからだ。人の眠ることに当てはまる行動と言えば、瞑想だろう。但し、長く存在するからといって霊気が大きくなるとは限らない。実際上神様は」
多分これは聞いてもわからないと思って、昨日の私は眠りについたのだろう。ふと時間が気になり、時計を見ると家を出る時間が迫っていた。
「うそ、もうこんな時間!?」
私は、呑気に話を聞きながら準備している場合ではなかった。慌てて鞄を手に取り、部屋を出て階段を下りた。リビングに行き、テーブルの上に置かれたパンをかじる。
「おはようお姉ちゃん。あれ?今日学校?」
「えっ?」
私は我に返ったように妹を見た。今日学校?って質問を唐突にされると、常日頃している事を否定された様な気分になった。彼女は私服を着ている。
「今日土曜日だよ〜。あ、友達と映画観てくるね」
と言いながら、リビングを出て行く妹。私は携帯を出し、日付を見る。日付の後ろに、青い文字で土と表示されていた。
「えぇ〜・・・」
私は折角制服着て準備したのにと、落胆した。
テーブルの上に、紙が置かれていることに気付いた。その紙には、“真希へ。今日は少し帰りが遅くなるから、夕飯の買い物頼みます。買う物のメモを置いておきます。”と書いてあった。
部屋に戻ると、誰もいない。
「あれ?瑞?」
「ここにいるぞ」
「!?」
真後ろからの声で心臓が跳ね上がり、部屋の中に逃げるように遠ざかる。
「学校とやらに向かわないのか?」
早速突っ込まれて、今度は私が溜め息をついた。
「今日は無い日なの」
休日だというのに時間を無駄にしてしまった。
「今日はどうしようかな・・・」
残念ながら、休みの日は彼氏とデートだとか、スポーツジムに行くだとか、そういったことは無い。そういえば、今日はいつも買っている雑誌の発売日だ。本屋にでも行こうかな。
早速、私服に着替える。
「人は皆そうやって着替えるのか?」
瑞が唐突に聞いてきた。因みに今、プールで着替える時に使う大きいタオルを使っている。こんな着替え方をしているのは、半分瑞の所為だと言っても間違いない。
昨日、寝る前に着替えようとしたが、目の前で着替えるのは嫌だから後ろを向いていてと頼むと、瑞は理解してくれずに口論になった。トイレにいちいち服を持って行って着替えるのも、面倒だし変に思われるから、なるべく部屋で着替えたかった。だからこうして確実に見えない方法で、タオルを使っている。
毎日、水泳の授業の時の更衣室みたいなことをする羽目になってしまうとは、私自身思いもしなかっただろう。
この状況は、得体の知れない神様(自称)とはいえ、軽く犯罪者になり兼ねない。
「よし、それじゃ出かけよっか」
私はワンピースに着替終えバッグを持つ。
玄関に行くと、妹の靴が無かった。先に外出したようだ。
外に出ると、暑過ぎず寒過ぎない心地よい風が吹いていた。少し乾いたような空気が少し切ない。
私の後ろを、常に瑞が大人しく付いてくる。街並みや人を見渡しながら歩く姿は、周りと浮いていて面白い。
「あれは何だ?」
瑞が何かを見ながら聞いてきた。
「あれは、電車。目的地に移動するための乗り物。」
こうして改めて瑞を見ていると、本当にここでは無い何処かから来たように思えてくる。
「随分と賑やかなものだな・・・」
「瑞がいた所って、どんな場所だったの?」
こんな質問をするとは、いよいよ私も異世界めいた事に興味が湧いてきた証拠だ。
「ここよりは静かだな。建造物もこんなに高くない。」
私は相槌を打ちながら、周りの建物や忙しなく何処かへ向かう人達を眺めた。こうして見ると、人は意外にも窮屈な世界に住んでいるものだ。
色々と説明しながら歩いていると、目的地の本屋に着いた。
適当に本を眺めていると、聞き覚えのある声がした。
「あ、真希?やっほー」
「綾も来てたんだ」
同じクラスの人で、誰にでも話しかける明るい性格の持ち主だ。隣には、綾といつも一緒にいる紗弥香もいた。
「今から遊びに行くんだけど、真希も来る?」
普通なら、嬉しいお誘いだ。正直な話、この人達とは普段あまり関わりがない。全く会話が無いわけではないが、高校生特有のノリというやつだろうか。
「あ、ごめん。この後用事があってさ。それまで暇つぶしにここに来ただけだし」
「そうなんだ、じゃあねー」
私は二人を見送り、目的の雑誌を探す。
「何故嘘をつく?」
一部始終を見ていた瑞が聞いてくる。
「こうした方が楽なの」
「そういうものか?裏の無い澄んだ心は正しいことだと学んだが」
「あぁもううるさいな、表だけの心で人間は出来てないって」
少し声を荒げてしまった。周りで立ち読みしている人がチラチラと見てくる。そうだった、瑞の姿は私にしか見えないんだった。
私は携帯を持ち、電話をしている風に見せる。本屋で電話も如何なものだろうかと思ったけれど。可哀想だけど、お店にいる間は、瑞に話かけられても無視しよう。
雑誌も無事購入し、駅周辺を歩く。ふと瑞が気になり後ろを振り返ると、姿が無かった。
「少しよろしいですか」
前の方から声をかけられ、前に向き直すとそこには明らかに周りと浮いている男がいた。紫の髪色に首には鎖模様が特徴だ。タトゥーだろうか。背は私より少し高いくらい。
「・・・何ですか?」
私は、つい最近抱いた覚えのある不信感を持ちながら聞いた。
「最近、あなたの周りで不審な者は見ませんでしたか」
「え・・・っと」
目の前にいる男も充分不審だが、瑞のことが頭を過る。
「見ませんでしたか」
「いえ、見てないです」
何故か、直感で教えてはいけないと思った。私は横を通り抜けて、その場を離れる。
今のは瑞と同じような人だろうか。でも周りには見えているみたいだったけれど。瑞みたいに服装が浮いてる訳でもなかったし、その辺りにいる学生と似たような風貌だった。けれど、真っ直ぐと見てくるあの瞳は心なしか恐怖を覚えた。
悶々とさっきのことを考えていると、曲がり角から瑞が歩いてきた。
「瑞どこ行ってたの?」
「あぁ・・・気になる場所があってな」
その顔は何処か浮かない顔だ。変な物でも見たのだろうか。
「私も気になるというか、瑞と似た感じの変な人と話をしたよ」
「どういう意味だ」
瑞は少し不機嫌になり他所を見つめ出した。
「なんか変な人見なかったかって聞いてきて・・・見た目は普通の街中の人って感じなんだけど。あ、あと首に鎖の模様のタトゥーかな?そんなのがあって」
そう言った途端、瑞は顔色を変えた。
「何かされたか?」
「別に話を少ししただけで・・・どうかしたの?」
瑞は珍しく、私の前を歩き何処かへ向かっているようだった。
瑞について行くと、大通りを離れ静かな家が立ち並ぶ場所へと来た。住宅街を迷うことなく進んでいく瑞に、ついて行くことで精一杯だ。
「ここか」
瑞が足を止めた場所は、お寺だった。
「こんな所にお寺があったんだ」
私は興味に惹かれ、開いた門から中に入ろうと足を踏み出す。
「入らない方が良い」
と急に瑞に止められた。
「何で?」
「さっき真希が話していた者は、首に鎖模様があると言った。それは魔羅と呼ばれる者だ。自身の上神様の教えに背くと首に鎖の印が付けられ、天上界の出入りを禁じられる。」
そう話す瑞は何処か寂しそうに見えた。ここのお寺と何か関係しているのだろうか。
「ということは、さっき私が見た人は瑞と同じ神様だったってこと?」
「そうとは限らない。人間にも同じ可能性はある。」
そう聞いて私は益々首を傾げる。
「魔羅・・・」
瑞が見ている方へ視線を向けると、見覚えのある紫髪の人物が玄関へと歩いている。
「あれ・・・あの人」
瑞と合流する前に駅で会った男の人だ。熊手を持っている様子から、掃除をしていたと思われた。
「やはりな」
「どうしたの?」
と聞いても答えてくれない。代わりに、道端だというのに袂から数珠を出し、座禅を組み何かを言い出した。
「去る者に言い渡す。敬仰する者に関わること、受け入れること無かれ。再び踏み入れるのならば同等の罪により印で縛るであろう。」
私は、知らないうちに物事が勝手に進んでいるように感じた。今は唯、瑞の横顔を見ることしか出来ない。
瑞は静かに閉じていた目を開けた。視線はお寺の本堂に向いている。
「・・・ねぇ、どうしたの?さっき何してたの?」
私はもう一度聞いた。
「人間から魔羅を遠ざけた。ここには強い邪気が漂っていたのでな。遠くにいても感じた。」
私の目には何も見えなかったけれど、瑞には何が見えていたのだろう。辺りを見渡しながら得体の知れない恐怖感を覚えた時だった。
「どうかしましたか?」
この声は聞き覚えがある。声の方を見ると、いつの間にか門の近くに紫髪の例の男が立っていた。
「一人で何してるんですか?あれ、前にも君に会ったような?」
思い出そうと彼は首を傾げる。私は彼と話すのは二回目なのに、違和感を感じた。一回目に会った時より人間味があるというような感じだ。
「・・・行こう」
彼に気を取られている間に、瑞はさっさと歩いていく。
私は彼に会釈だけしてお寺を後にした。




