雇用されましょう
拝啓、お父様お母様いかがお過ごしでしょうか?私は今なぜか魔王と二人っきりでお茶をしております。しかも玄米茶です。故郷の味に混乱した脳がほっこりと落ち着きますね。
ところで知ってまいましたか?魔界でも高齢化社会は問題になっているらしいです。
私が召喚された経緯ははっきりいってツッコミどころ満載でしたがどうにか、どうにかっ、現状を理解し受け入れました。受け入れるしかない現状ですしね。
「私が呼ばれた経緯は理解しました。ですがそちらのの一方的な要望のみ、私が成すのは不公平ではありませんか」
魔王だろうが魔族だろうがそんなの関係ねぇっ!
弱肉強食な世界?ジャンケン勝負で魔界がとれんなら私が征服してやるわ!
「それに私は元の世界へ帰して頂けるのですが?」
帰れなかったらマジで魔界征服してやる。無事帰れたとしても元の時間軸に戻れるのか?無断欠勤に行方不明扱いなんて嫌だし、仮に戻れたとしても魔界で年寄りになってから元の時間軸に戻されても困る。リアル浦島太郎にはなりたくない。
「当たり前であろう」
魔王は湯飲みを傾けながらザラメ煎餅をボリボリと食べる。
果てしなく似合わない。
日本文化の魔界進出はめでたいが果てしなく似合わない。大切なので二度言いました。
食べた煎餅の粕とザラメが魔王様の真っ黒な貴族服にボロボロ落ちてるよ。
何だろう…………それさえも貴族服のラメにしか見えない。美形マジックとは恐ろしい。さすが魔王。
「元の世界へ戻すなど我には容易いことよ。心配せずとも勇者が居た元の時間に戻そう」
人間が勇者を召喚出来ても帰還はされない。誰が多大なる犠牲を生み召喚したにも関わらず、また多大な犠牲を生みながら帰還させる人間が居ようはずがない。
魔王だからこそ犠牲なく一人で召喚、元の時間軸への帰還、尚且つ悠莉へは魔界で過ごす為の不老、防御魔術が既に召喚された時点で施されていた。
その説明に安心はする。が、いくら魔王が凄いことを成したとしても今目の前にいる偉大なる魔王様は服に落ちた煎餅の粕とザラメを埃をはたくように、豪奢な絨毯にはたき落としている姿を見ると、正直威厳が感じられない。
掃除が大変そうだ。
しかも魔王様はさらに続けて提示した。
・衣食住の支給。
・日給、金の延べ棒一本。
・週休二日制。
上記三つは前魔王陛下を社会復帰達成出来ずとも支給され帰還する。
また前魔王陛下を社会復帰を達成した場合は特別報酬を与え帰還する。
はっきり言おう。
私の心は決まった。
前触れなく突然魔界に召喚と言う名の誘拐にあい、へんてこりんな魔王様にこき使われるなんて最悪だ。
元の世界へ帰れるなら今すぐ帰りたい。
右も左も分からぬ魔界で、老人相手の介護をしていた私には正直荷が重いし、私と同じ人間が居ない世界で一人寂しく仕事をするなんて鬱になる。
だから、私は…………………
玄米茶を酒のように煽りダンッと湯飲みをテーブルに叩きつけ、魔王の視線に怯まないように覚悟を決め、私は重い口を開いた。
「給料は金の延べ棒を純金100gに小分けした物を現物支給でお願いします。魔王様」
90度姿勢で頭を深々と下げた。
人間は欲深き種族。
欲といっても全てが悪なわけではない。
欲があるからこそ、人間は成長し発展した。
欲があるからこそ、人間は傲慢になり崩壊する。
しかしだからこそ、人間である。
不完全だからこそ、可能性は未知数。
欲を失えばそれはもはや人間ではない。
それらは神、仏。
それは完璧者でありながらも、唯一欲を得られなき者。
私は人間。
そう、人間である。
故に我、想う。
『金の力は偉大だと』
こうして円満に雇用契約は結ばれた。