カンタレラ
日に焼けた君が白い歯を見せていっぱいに笑う。弱いくせに人のことを思ってたくさん泣いて、優しさを振りまいてから、それからいろんな人を虜にするんだ。
「真琴」
よく晴れた夏の日こと、暑そうにうなじを垂らして、結ぼうと長い髪を束ねる君を呼ぶと昔と変わらない顔で振り向いた。
「あ!おっす!」
元気な声に、無言で片手を挙げると、真琴はまた髪を結ぶ動作をして、2人並ぶように歩いた。まだ始まったばかりの夏を乗り越えられないと思えるような暑さに額の汗をグイと拭い、ずり落ちるリュックの片側をゆっくりと直した。今日は部活がオフだと、とても喜ぶ彼女は珍しくローファーを履いて、黒く光る革のバッグを肩にかけていた。妙な色気を感じて、そんな気持ち悪い心を隠すように必死で意識を周りに傾けた。激しい蝉の声の中でも隣で楽しそうに話す真琴の声は甲高く、えらく耳に響いた。
学校までの短くて長い大きな坂を2人で前のめりになりながら登る。真琴はさっきよりも少しだけ汗をかいただけでほとんど息切れもしていなかった。校門の前に立っている体育教師に文句を言う彼女に、あの怖い体育教師ですらも何も言わず笑わされてしまうのだった。生徒が次々と学校へ入ってきた頃、体育教師に追い払われ校内に入っていく彼女に、通り過ぎる人間が次々に声をかけた。周りを引きつける魔法でも使っているのかというほど、彼女の人気は留まるところを知らなかった。階段を一つだけ上がり自分の教室に片足を踏み入れ、女の子達に応える彼女に、
「また放課後」
そう手を挙げると、笑顔で手を振り返してくれる人気者の可愛いあの子は、俺の『ただの』幼なじみ。
帰りのショートタイムを終え、彼女が来るよりも先に行って待っていようと、教室から早足で飛び出て、階段を挟んだ、少し遠いクラスへと急いだ。5分ほど待っていると、気怠げな号令の後に誰よりも早く真琴が顔をのぞかせた。
「ごめん!教室掃除だ!ちょっと待ってて!」
はいはい。と応えると、また微笑んで教室へと引き返した。俺はというと、ちょっと彼氏みたいだ。と、喜んだりなんかしていた。
「お前、真琴と付き合ってんの?」
何人かの後に真琴のクラスから出てきた少し不機嫌そうな男が、横目だけでこっちを見て通り過ぎようとしながら聞いてくる。
「チゲェよ…」
ボソボソと返すと少し手前の男は振り返り、耳元に右手を持っていった。
「なんて?」
「…っ!そうだよ!っつってんの!」
怠そうで余裕そうな表情に、少しムキになり大きな声で叫んだ。周りの視線が少しだけ気になった。男はそれを聞くと、一瞬目を丸くしてから、すぐに哀れんだような顔をして、また廊下をずんずん歩いて行った。
「後悔してもしらねぇぞ」
男が発した言葉が不思議で、思わず顔をしかめた。
「は?どういうことだよ!!…河原ぁ!」
返した言葉に男は応えず、重そうな部カバンを下げた左側の手をヒラヒラと振った。その時は、ただの負け犬の遠吠えだろ、なんて悪態をつくだけだった。
しばらくして真琴が教室から飛び出してきて、ごめんねなんて笑った。 それから2人でまたあの坂をゆっくりゆっくり下った。なんとなく、道路側を歩いたり、少し気の引けるようなことを話した。真琴は何を言っても楽しそうに笑ってくれた。真琴が食べたいと言ったクレープを買って食べて、少し寄り道なんかして、ゲームセンターでゾンビを倒すようなゲームをして、少し自信のあったマリオカートでは見事に完敗した。
外に出ると、辺りがが少しだけ暗くなって、濃いオレンジ色になっていた。
「夏だから、まだ明るいね。なんか…まだまだ遊んでいいと思っちゃうね」
真琴はちょっとだけ寂しそうに言った。
「また今度な」
そういうと、ちょっとだけ不安そうな顔をして、またって?今度っていつ?って聞いた。そんな真琴を見たことがなくて思わず、 え? と返すと、さっきのが嘘みたいにケラケラと笑いながら夏の大会が終わったらだね!! って言った。ふと手が触れて、少しだけ手を握った。真琴は だめだよー なんて笑ってたけど、振り払わなかった。していいのかもわからないような期待をさせられる。
真琴を少しだけ見ると目があった。噛んでいた唇を開いて、少し明るい色の大きな瞳が揺れる。
「あのね」
1年前、今まで告白されるのを避け続けていたらしい真琴が、無理やり誰もいない教室まで引っ張られて、告白をされたらしい。その男の人は1つ年上の先輩だった。その次の日返事をしなければ…と、朝早くの学校へ向かうと、5階の教室には先輩がいて、窓から真琴を見つけた。そして、手を振りながら名前を呼ぶ彼はそのまま窓から落ちて死んだ。らしい。
「河原先輩、本当はちょっと好きだったんだけどなあ…」
ぁ、河原って…。
「昔、お隣の男の子と結婚しようねって約束した時も、その次の日にはお風呂で溺れて死んじゃったの。その日、お母さんに…
『あなたの血は呪われている。』
って…。」
「私の好きになった人みんな…っっ!」
今にも泣きそうな真琴を抱きしめようとした時、トラックがハンドル操作を誤って、けたたましいブレーキ音が響いた。咄嗟に真琴を押し出して歩道の向こうの公園に倒した。
呪いなんかじゃない、それはまるで…
朦朧とする視界の中見えた真琴は、涙を浮かべて呟いた。
「 恋は毒だ。」と。