その後
目を開けると天井だった、真っ白の綺麗な天井、初めて見る天井だ。
疲労で体が動かない。
目線だけをずらして辺りを確認する、すると傍に佐野宮がいることに気付く。
うつむいて幸太郎之助の無事を案じていた。
「佐野宮…」
名を呼ぶと彼女はハッと顔を上げる。
その目は段々と潤っていく、表情もそれにつれ崩れていき、遂には泣き崩れる。
「よかったよぉぉ!うぅっひうっ」
ベッドに顔を埋め涙を濡らす、彼女の体温を布団越しに感じる。
手を伸ばせば頭に手が届く距離、だがそんなハードルの高いことはできない。頭を撫でるなどそれこそ恋人以外してはいけない禁断の行動、出過ぎた真似は慎まなければ。
「少年」
呼び掛けの方に目を向けると、ドアに寄りかかる妙齢の女性。その顔は言っていた「やっちゃえ」と。
幸太郎之助は彼女の後押しに応える。
力なき腕を動かし黒髪に触れる、彼女の温もり、儚さを感じる。そして弱々しくも優しく撫でる。
「ありがとう…佐野宮…」
絞り出した心からの感謝。
その言葉が佐野宮に聞こえたかは分からない、だが彼女はその後も泣き続けた。
室内に響く嗚咽はどこまでも純粋で綺麗だった。
*
あれから一週間が過ぎた。
凄まじい回復力で早々に退院した幸太郎之助は、あの死線が嘘のように日々の生活に戻っている、日々の生活に戻ったのだがそこには変化があった。
「おはよう、幸太郎之助くん」
「おはよう、佐野宮」
二人はクラス公認の恋人同士になったのだ、クラスの皆んなは二人に何があったのか全く知らない、だが一様に祝福してくれた。
「おっすリア充」
「熱いね〜リア充」
「あ、リア充」
「末長く爆発しな、リア充」
このような声かけも、祝福してくれているからこそのものだと思っている。
「グッモーニン、ツガヤに佐野宮」
群青の登場だ、いかにもからかってやろうという顔をしている。
「お前らに言っておきたいんだけどさ、あんまりイチャイチャしすぎると教師に目をつけられるから程々にな」
案外いい奴だった。
「それにしても最近物騒だよな。あのコンクリートぐしゃぐしゃ事件、一体何が起こったらあんな悲惨になるのか。お前らも気をつけんだぜ」
激戦を繰り広げたあの通りは補修工事が始まっている、幸いにも幸太郎之助たちの存在には気づいていないようで、あそこで何が起こったのかは分かっていないようだ。
つまりは怪現象、その真実を知っている二人は何か笑いが込み上げる。
「何二人して笑ってんだよー」
「いや別に」
「ツガヤ、俺に隠し事とはいい度胸だな…でもまぁ恋人同士なら秘密の一つや二つあるわな」
なんて理解のある男なんだ。不良とは見た目だけ、中身は実にいい奴だ。
「じゃあ俺弁当買ってくるわ」
「今から?間に合うかな」
「俺の脚力を舐めるなよ?じゃあなお二人さん」
そして早々に教室から走り去る。
「群青くんって面白い人だね、私ずっと怖い人かと思ってたよ」
「そんなことないって、だって群青は僕の友達だから」
「優しいね」
「いやいや!優しいっていうか、人と友好関係を持つのは普通っていうか」
「それが優しいんだって、幸太郎之助くんは人を気遣える凄い人なんだよ」
人を気遣える、これは彼の平穏な生活の中で身につけた自分を守るための術だ。
決して胸を張って言えるような理由じゃない。
「いや…僕は…」
「いいからそんな申し訳ない顔しない、私は幸太郎之助くんのことを凄い人だって思ってる、それだけだから」
ニコッと安心する笑顔、幸太郎之助も心が軽くなる。
「ありがとう」
「ん?随分自然にありがとう言えるようになったね、これも距離が縮まった成果かな?なんちって」
彼女は幸太郎之助の心の支えとなっていた、それは恋人同士になった今も、そしてその前からも。
ずっと見てきたなんてことは恥ずかしくて言えない、別に言わなくたっていい、何たって今があるのだから。
「そういえば一つ思ってたことがあってさ、質問いい?」
「質問?いいよいいよドーンとこい」
佐野宮は腕を腰に当て胸を張る。
幸太郎之助は神に質問をする。
「神ってどうやって人に力を与えるの?何か儀式みたいなことするのかな」
「自分の一部を相手の一部にすること、それが与える方法です。でもそう考えると幸太郎之助くんがいつ私のパートナーになったのか分からないんだよねー」
うーんと頭を悩ましている、だが幸太郎之助には心当たりがあった。
それは最初に佐野宮を助けたあの時、ボコボコに殴られて倒れている所に、佐野宮が駆け寄って涙を流したのだ。
その涙が落ち、彼の口に染み込んで行った。
まさかあの時からパートナーになっていたとは、運命のいたずらとは恐ろしい。
「どうしたの?幸太郎之助くん、ニヤニヤ笑ってるけど」
「あっ!いやその、あはは!何でもないよ〜」
誤魔化すのが下手すぎる、何とかしようと話を反らす。
「そ、そうだ!僕も弁当買ってこないと!」
席を立ちそそくさと退散しようとする、だがそれは佐野宮に手を握られることで制された。
振り返るともじもじと照れ臭そうな佐野宮。
「あのさ幸太郎之助くん…実は今日お弁当作ってきたんだ…」
「え⁉︎そ、そうなの⁉︎」
まさかの愛妻弁当、いや愛彼女弁当。思ってもみないサプライズに心が躍る。
「でも上手くできたかどうか…」
「あ、ありがとう!本当に嬉しいよ!」
この日のために全てがあったのだという気になる、それだけ幸太郎之助には衝撃展開だったのだ。
「お昼が楽しみだ!よっしゃぁ!」
人目もはばからずガッツポーズ、あまりの清々しさに周りのクラスメイトも笑い出している。
佐野宮は顔を真っ赤にしうつむいている。
「わ、私お手洗い行ってくる」
そしてそのままちょこちょことその場を離れていく。
「あ、ちょ、佐野宮」
その言葉も今の佐野宮には届かない、そして自分がクラスの中心にいることに気づく。
「栂谷ってこんな面白い奴だったなんて知らなかったわ」
「本当、彼女ができると人って変わるもんねぇ」
「俺も彼女欲しいぃぃ!」
「無理だって」
こんなに人が寄ってくるなんて幸太郎之助史上初めてのことだ、それが戸惑いでもあり嬉しくもあり不思議な感覚。
「お昼が楽しみだな、栂谷」
「う、うん。本当に嬉しくって」
「安心しな、お昼にお前らをイジるつもり
はないからさ」
「あ、ありがとう、存分に食べてくるよ」
そしてクラスは再び湧く。
幸太郎之助に笑いのセンスはないが、雰囲気が作り出す魔法のおかげで、知らぬ間にその場の空気を掌握していた。
確実に急速に彼の周りは変わっている、それは彼自身が変わっているからだ。
最後の死闘を繰り広げたあの時、まるで自分が自分でないような感覚だった。
ありとあらゆる記憶が脳を支配し、感情というものが排斥された状態、だがそのおかげで暴走した奴に勝つことができた。
戦いは始まったばかりだ、神が沢山いるならばそれだけ戦い続けなければならないということ。
この世界に足を踏み入れてまだ数日、今は彼女と幸せな時間を過ごせているが、それがいつまた崩れるか分からない。
幸太郎之助は覚悟する、自分の命を削る死闘を。
幸太郎之助は決意する、必ず彼女を守り抜くと。
*
とあるコンビニの雑誌コーナー。
「グッモーニン、笹昏さん」
「どうだ?奴の様子は」
「無事に日々を過ごしてるぜ、本当に二人して幸せそうだ」
「そうか、初戦を終えてもなお心象的ダメージが少ないとは、中々タフな奴じゃないか」
「あぁ、ツガヤは強いぜ。もちろん彼女もな」
「…引き続き監視を頼んだ、群青」
「はいよ〜」
*
「あの…これは…」
幸太郎之助の前には黒い物体が、それが可愛らしい弁当箱に収まっている。
「ご、ごめん…ちょっと失敗しちゃって…でもせっかく作ったから食材が勿体なくって…本当は私のお弁当にしようとしたんだけど…あの時は何かでしゃばっちゃって…」
キュ〜っと縮まる佐野宮。
だが幸太郎之助は臆さない、むしろ心臓は早まるばかり、彼女の手料理という響きだけで破裂しそうなほどに恥ずかしいし嬉しい。
「いただきます!」
我を忘れてガッつく、喉に詰まる。
「だ、大丈夫⁉︎」
佐野宮からお茶を受け取り流し込む、そして間髪入れずにガッつく。
「凄い食べっぷりだな、清々しいぜ」
群青のヤジも気にならないほどに夢中になる。
そしてあっと言うに完食。
「ごちそうさまでした!凄く美味しかった!」
嘘のない笑顔、たとえどんな味だとしても好きな人の作った味なら極上だ。
佐野宮も自然に表情が緩む。
「よかったら明日も作ってこよっか?」
「本当⁉︎ありがとう!」
お互いが笑い合いしっかり恋人を満喫する二人、それがいつまで続くか分からないが、今この時の幸せをいつまでも噛み締めていたい。
幸太郎之助は心からそう思った。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!二人の恋愛と戦いは始まったばかりですがひとまずここで終了です。
あまり時間が取れないため長編は書けません、ですがまた機会があれば続きを構想していこうと思います。