すれ違いと勇気
「本当に怖かったぁぁぁぁ!わぁぁぁぁ!おぉぉぉお!ひょぉぉぉ!」
佐野宮は恐怖を払拭させるかのように大声を出す。そしてスッキリしたのかベンチに腰掛ける。
「ふぅ、これでもう大丈夫」
佐野宮はガッツポーズ、その笑顔も本物だ。
「お茶、飲む?」
幸太郎之助の手には『あーいお茶』、佐野宮の好みを熟知しているためこのお茶を選んだのだ。
「ありがとう幸太郎之助くん」
プシュッと空気の抜ける音の後、ゴクゴクと喉越しのよさそうな音。
お茶を飲む姿でさえ可愛いと思ってしまうのは変態だろうか?いや、好きならば思っても仕方ない、と自分の変態度を否定する。
「本当にありがとね、あの時幸太郎之助くんが手を引っ張ってくれなかったら今頃あの世だったよ」
「そ、そんな感謝されるようなことしてないから!あれだって僕の不注意が起こしたようなものだし」
浮かれるのも大概にしないと死ぬという教訓を得られた一件。
「でも凄いよ、幸太郎之助くんっていきなりのピンチでも咄嗟に動けるんだから、やっぱり勇気の塊なんだよ」
「いやあれは、何か突然世界が遅くなったって言うか超感覚に目覚めたって言うか」
「超感覚?」
「うん、急に音がなくなって世界がスローモーションに見えたんだ、まるで自分だけ時間に取り残されたみたいな感じに。火事場の馬鹿力って本当にあるんだね」
自慢話をしているようで照れ臭い。
幸太郎之助は佐野宮の反応を待つ、だが返答がない。
幸太郎之助は危惧した、まさか自分の身分を考えない凄いだろアピールが気に障ったのではないかと。
怖い見るのが怖い、だが幸太郎之助は固まる首を無理やり回す。
恐る恐る見ると、佐野宮は目を見開き口をあんぐりと開け、まるで信じられないモノを見たような驚愕の表情をこちらに向けていた。
「幸太郎…之助くん…」
変なところで切られたが、幸太郎之助には一々ツッコんでいられる余裕はない。なぜなら喧嘩した時トラックに轢かれそうになった時よりも自分の未来を案じていたからだ。
「は…い…」
ただ引き攣る顔のまま佐野宮の言葉を待つ。
「まさか…まさか…まさか…まさか…」
佐野宮の表情は言葉を重ねる度に、驚愕から後悔したような表情に代わる。
そして頭を抱え呻きだす。
「佐野宮⁉︎ちょっ!どうしたの⁉︎」
幸太郎之助は、いきなり様子の変わった佐野宮を落ち着かせようと背中をさする。
そしてしばらくそのままうずくまっていた。
「…ありがとう幸太郎之助くん…もう大丈夫…」
「本当に大丈夫?動けるならもう帰った方が—⁉︎」
突然佐野宮に肩を鷲掴みにされる、そしてそのまま段々と顔が迫ってくる。
「えっ⁉︎あっ!えっ⁉︎」
心の準備を何もしていない幸太郎之助の魂は抜ける寸前だ、焦りすぎて目がグルグルと回る。
だが幸太郎之助の予想はことごとく叶わない。
佐野宮はジーっと目を見詰めて来たのだ、目の奥の奥までを見るかのように深く覗いてくる。幸太郎之助はされるがままにジッとしていた。
「やっぱり移ってる…」
十数秒の後、満足したのか肩から手を離し顔を遠ざける、そして絶望したかのように惚けた表情を浮かべる。
幸太郎之助は佐野宮が一体何をしたかったのかサッパリ分からない。
「えーっと…僕の目に何かあった?」
「…うん」
「えーっと…虫?」
「…違う」
「えーっと…なら何が」
「…力」
「力?」
「神と戦う力」
幸太郎之助は理解した、佐野宮は末期の中二病であると。
「信じられないよね、神と戦う力なんて中二病だよね、でも…私の話を聞いて欲しいの」
そこに絶望した表情はなかった、意を決した勇気ある表情をしていた。
幸太郎之助は佐野宮の気持ちを汲む。
「分かった、聞くよ」
幸太郎之助は気付かない、自分が二度と戻れない運命の時を着実に進んでいると。
空は茜色に染まり、昼と夜の狭間の時間帯。
「まずは何も質問しないで聞いてね、簡単に教えるから」
「うん」
「実は私って神なの、それで私の他にも神はいっぱいいてみんながみんな戦っているの、でも神自身は全く戦闘力がなく非力なの、でも神は選んだ人に力を授ける能力を持っているの、だからそれを使ってお互いのパートナーを戦わせているの、それで幸太郎之助くんは私も気付かない内に私のパートナーになってたの。はい終わり!質問どうぞ!」
「質問どうぞって言われても…」
幸太郎之助は困る、一体何を質問したらいいのか。
とりあえず佐野宮に合わせることにする。
「えっとじゃあ、佐野宮っていつから神だったの?」
おかしな質問だ、だが出てきた質問がこれくらいしか浮かばなかった。
「二ヶ月前くらいかな」
結構最近だった。
「私も自分が神だって気づかなかったの、でも分かったの」
「どんな風に?」
「天から使命が降りてきたの、ビビって、あなたは神だから頑張れって感じに」
「そ、そっか」
「信じてよ‼︎」
佐野宮はツバの飛びそうな勢いで怒声を放つ、その目は涙で滲んでいた。
その顔を見た幸太郎之助は何も言えなくなる。
「私だって信じられないよ…でも分かっちゃうの…感覚的に自分の他にも神がいるって…だからいつ襲われるのか怖くって…早くパートナー作ろうとしても、皆んなを巻き込みたくないから誰にも言えなくて…」
それが本心であることくらい幸太郎之助は分かっている、だが突拍子もなくて嘘なんじゃないかって疑う自分がいる。
「佐野宮…」
「…もう帰るね」
佐野宮はカバンを抱えると小走りに幸太郎之助から離れていく。
それを引き止められるほど、幸太郎之助には勇気がなかった。
*
「それじゃ、行きましょ?」
「了解です姉さん」
黒いトレンチコートに身を包んだ妙齢の女性と、黄色いスカジャンを着る目つきの悪い男。
二人が目標にするものはただ一人、黒髪をショートにした可愛らしい女の子。
「始めは貴女からよ?ふふふ」
*
トボトボ歩く帰り道。
(嫌な空気のまま来ちゃった…明日からどうしよう…)
佐野宮は自分の行動を後悔する。
いきなりあんなことを言われても理解できるはずがない、それなのに強く当たってしまった。
(命の恩人なのに私は何てことを…)
今からでも謝りに行こうと思い立つも、今更合わせる顔がない、幸太郎之助だって見たくもないはずだ。
やはり帰ろうと進路を確定させる。
そんな時に前から真っ直ぐに伸びる影を見つける、まさか幸太郎之助と思い顔を上げる。
だがそんなことはなかった。
「また会ったな、佐野宮よォ」
それは悪魔のような男だった。
*
「はぁ…なんで引き止めなかったんだろ…」
後悔しかない、あれでは佐野宮が可哀想だ。
今思えば自分が力を持っているような変化は起きていた。
例えば殴られた怪我、あんなボコボコにされたのに一晩寝ただけでスッカリ治っていた。
例えばトラックに轢かれそうになった時、あれこそ目に見えた変化だったのではないか、正に戦うための超感覚。
それなのに彼女を信じきれなかった、結局はその程度の恋だったのだ、肝心なところで分かっていない。
「はぁ…初恋も終わりか…」
だが甘酸っぱい青春の一ページに書き込める内容を過ごせたのだ、これはこれでよかったじゃないか。
幸太郎之助は気を取り直し帰ることにする、あわよくば彼女とまた話せることを信じて。
するとその瞬間、脳に信号のようなものが届く。
その信号がどのようなものかは感覚的に分かった、そうそれは彼女の危険を報せるもの。
「佐野宮!」
幸太郎之助は知らぬ間に走り出していた、我を忘れ夕焼けに染まる町を走り出す。
*
佐野宮はひた走る、恐怖の対象から逃げるために。
「待てよ佐野宮ァ、ツレないじゃねェの」
誰が待つかあんな奴、あんな自分のことしか考えていなかった変態男に捕まるわけにはいかない。
なるべく人気の多いところへ逃げ込もうと、角を曲がる。だがそこには女性が。
「きゃっ!」
危うくぶつかりそうになるも何とか回避、だが足がもつれ転んでしまう。
ドシャァっと体がコンクリートを擦る、膝からは血が滲み、目からは涙が溢れそうになる。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか、普通に生きてきただけだったのにこんな仕打ちは酷すぎる。
「うっ…ひぐっ…」
そう思うと悔しくて悲しくて、涙を止められない。
コンクリートの地面に涙の痕ができる。
「あらぁ、泣かせちゃったじゃないの。貴方が怖いからよ?」
「そりゃよかったっすよ、何せ俺はこの女に騙されたからなァ」
後ろには悪魔の男とあの女性がいる、今すぐ逃げようにも力が入らない。
代わりに口が動く。
「騙してなんて…ない…」
「あァ?何だって?」
「私は騙してなんてない!」
振り返り怒りを露わにする、そこにはポカンとした女性と眉をひそめる男。
そして佐野宮は鬱憤を晴らすように続ける。
「私は周りの人を巻き込みたくなかったからあんたに声をかけたの、あんたは力を欲しがってたし私的にも別にあんたが死んだって構わなかったから」
「あァ?何だと阿婆擦れが——」
「大体!あんたがあんな変態だって知ってたら声なんかかけてない!この変態イ○ポ野郎!」
肩を上下させ息をする。
言い切ってやった、言いたいこと全て言ってやった。
「あはは!イ○ポ野郎だって、言われてるわよ!あはは!」
「うるさい!」
「だって事実じゃな〜い、昨日拝見した時は私もビックリしちゃったくらいよ?私、この子気に入っちゃった」
「何を言ってるんすか!こいつを倒すのが姉さんの目的じゃないっすか!」
「まぁそうだけど、別にこの子じゃなくたって神はまだまだいるんだしねぇ」
「俺は認めないっすよ!絶対にヤってやる!」
「そんなにカッカしなさんな、冷静になりなよ。この子まだパートナーも見つけていないんでしょう?それを狩って楽しいことなんてないわ、そう思わない?」
「楽しい楽しくないの問題じゃないんすよ!俺はこいつに仕返しをしたくて堪らないんす!」
この時の佐野宮の感覚は麻痺していた、ただ怒りに身を任せ一泡吹かせたかったのだ。だが結果的に仲間割れをさせることができた。
これなら逃げられるかもしれない、息を整え少しづつ後退りする。
だがそう甘くはない。
「おい佐野宮!何逃げようとしてんだ!テメェはずっと俺に犯され続けんだよ!」
男が凄い剣幕で近づいてくる。
「ちょっと待ちなよ、そんなに焦らなくても—」
「うるせェ!この娼婦!俺が下に出てればいい気になりやがって!今の俺ならテメェなんてすぐに殺せんだぞ!」
パートナーである神を振り払う、男は怒りで我を忘れている。
危機を感じた佐野宮は勇気を振り絞って駆け出す、だが又しても足がもつれ転んでしまう。
もう心が折れそう。
こんな時に彼が居てくれたら、佐野宮のただ一人のヒーロー。
「まずは動けねェように綺麗な足を狙ってやるよ、ひひひっ!」
力を持った者はタガが外れる、タガが外れると秩序は失われる。
「幸太郎之助くん…助けて…」
諦めかけたその時。
「ちょっと待ったぁぁ!」
男はその声に少し静止してしまう、そして思いっきり顔を蹴り付けられる。
そうそれは不恰好なドロップキック。
「ぎゅおっ!」
男は堪らず吹っ飛ぶ。
「だ!大丈夫⁉︎佐野宮!」
焦った優しさ、これは間違いない彼だ。
「幸太郎之助くん…怖かったよぉぉ!」
思わず抱きつく、涙腺が緩み今までの恐怖を全て吐き出す。
「え⁉︎さ、佐野宮⁉︎あ、あの!その!」
この戸惑いも彼らしい、だがそれが安心する。
「幸太郎之助くんごめんなさぁぁい!勝手に怒ってひぐっ…本当にごめんなさぁぁい!」
「ぼ、僕も信じ切れなくてごめん、だけどもう信じられるよ」
幸太郎之助はくっつく佐野宮を剥がすと面と向かう。
「ビビって来たからさ」
「うぅ…ありがとぉぉぉ!」
幸太郎之助は佐野宮が泣き上戸だと知っていたが、こうまで凄いとは流石に知らなかった。
「もう泣き止んで佐野宮、まだ戦いは終わってない」
「…うん…」
佐野宮が涙を拭くところを見ると、幸太郎之助は彼女の盾になるように前に出る。
敵はグッタリと仰向けに倒れているが、決して勝てたわけではない、ただ休んでいるだけだ。
「立て!勝負だ!」
「何だ逃げないのか、わざわざ隙を作ってやったのに、また昨日の二の前にしてやろうか?」
のっそりと立ち上がるスカジャン男、その顔に恐怖はない、むしろ食ってやろうという殺意がある。
敵が誰なのかはもう認識している、昨日ボコボコに殴って来た奴だ。もちろん怖い、怖くて足が震える、だが男ならやらなきゃいけない時がある。
二人の目線が交差した時、ゴングは鳴った。
二人のすれ違いをもっと濃密に見たい人もいると思いますが、『なるべく簡潔に』がモットーなのでこんな感じに仕上げました。
次回はバトルです!