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姫様と従者  作者: きいな
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第7話

「おや、賑やかだこと」

 隣の装飾品店から店主が出てきた。年配の彼女は商売とは相容れないほど簡素な身なりをしていた。軒下の張り出した窓辺に商品を並べるらしい。手にはいくつかの装飾品が光っていた。


「お騒がせしてすみません」

 三杉が軽く頭を下げると、店主は遮るように手を振った。

「賑やかでいいよ。姫様がくると花が咲いたみたいでさ」

 そう言いながら店先に装飾品を飾り並べて行く。

「あんたも大変だね。子供のお守り」

 キャッキャッと楽しげに騒いでは三杉にじゃれ付く子供たちは、実際には子供たちだけで騒いでいるのであって、三杉はただ馬上の乗せ替えをしているだけだ。

「私は特に何も……」

 謙遜ではなく事実だ。だが街の住人達は、三杉を遠慮がちで慎み深い忠臣だと思っている。本人は全くその評価に気付いていないが、知ればやっぱり謙遜という名の否定をするだろう。

「まぁ、あんたがいるから姫様は安心して街に来てくれるわけだし、姫様が来てくれるから子供たちも喜ぶし、子供たちが賑やかだと街も賑やかだしね。あんたがいてくれるおかげだよ」

 言いながら商品を並べて行く店主の手元を見ながら、三杉は言葉にならない言葉を漏らすだけだった。


「ところであんた」

 店主は三杉を振り返って言った。

「恋人はいるかい?」

「えっ!?」

 驚くような質問でもなかったのだが、突然のことで三杉は真っ赤になってうろたえた。

「あんたいい男だしさ、恋人くらいいるんだろ?」

 かつて仲良くしていた女友達の顔がいくつか浮かんだが、恋人と言うには程遠い間柄だった。そして今は破流姫に振り回されて気の休まる暇もない。以前の仕事では旅が多くて色めいた話など持ち上がるわけもなく、結局浮いた話などひとつもなかった。

 かといってそれを馬鹿正直に話すのも恥ずかしかったので、俯いて言葉を濁すしかできなかった。

「好きな子くらいはいるだろ?」

「えぇと……あの……」

 人の良すぎるくらいいい三杉に、嫌いな人物など浮かんでこないが、好きな子と言われれば無意識にちらちらと幾人かが浮かんで消えた。

「ほら、これ」

 そう言って店主が見せたのは、真珠の装飾品だった。手のひらから垂れる長い透明の糸に、等間隔に真珠が繋がっている。

「綺麗だろ? 天然物の真珠だよ。これだけの物を持っていれば女が上がるよ。こんな上等な真珠を身に着けるほどの女は一体どんなご身分なんだろう、隣にいる男からの贈り物なのか、だとしたらどこのご貴族様だろうってね」

 確かにそう思えなくもないほど、大粒の球がたくさん連なっている。

「それに贈られた方だって泣いて喜ぶよ。贈り物の良さは愛情の深さ。高けりゃいいってもんじゃないけどさ、ちょっとそこらにない物をもらったら、女だって嬉しいもんさ。これを持っているのは自分だけ、贈ってくれる男を持つのも自分だけってね」

 店主が商売上手なのか、自分が乗せられやすいのか、この真珠が欲しくなってきた。

 贈るような恋人もいないのに。

 ただ、この淡く照り輝く真珠が、破流姫の黒髪によく映えるだろうと思った。

「どうだい? これを好きな子に贈ればコロッとなびくよ」

 一般の女性ならそうだろう。だが、破流姫に贈ったところでどういう結果になるかは想像できなかった。


 喜ぶのだろうか? 高価な装飾品は山のように持っている破流姫が。

 それとも怒るだろうか? 従者如きから贈り物などされる身分じゃないと言って。


「どうする? これひとつしかないよ。売れたらそれっきりだよ。上等品だからね。みんなが目を付けるよ」

 買ったところで手に余してしまいそうだった。結局は仕舞い込んでそれっきり。破流姫に渡す機会などないに違いない。

 場面的にも気持ち的にも。

「あ、あの……やっぱり――」

「いいな、それ」

 三杉の断りにかぶせて、背後から声が掛かった。

「三杉が買うのか? 恋人にか?」

 振り返ると、まだ何かを口に入れたままの破流姫が覗き込んでいた。


「恋人がいるとは知らなかった。水臭いな、三杉。私の知っているヤツか?」

「ひ、姫様……」

 心中を読まれたかと三杉は狼狽した。だが破流姫はそんな三杉に頓着せず、手に持った小さな紙の包みから何かを取り出して口に放り込み、咀嚼しながら考え込んだ。

「お前は私の侍女と仲がいいからな。倫は結婚しているから省くとして、あとは也那やなか、黄佐きさか……」

 甚だしく勘違いを進める破流姫を、三杉は慌てて止めた。

「姫様! あの、私にこ、こ、恋人なんていませんから!」

「別に隠さなくてもいいだろう? と言うより、何で私に隠すんだ?」

「いえ、ですから、私は――」

「言えないような女か? 駄目だぞ、三杉。人の道に反するのはよくない。お前らしくもないぞ」

「姫様! 私はそのようなことは……!」

「違うのか? それならいいが。どうするんだ? 買うのか? やめるのか?」

 三杉は破流姫の言葉で赤くなり青くなりし、そしてついには一言も発せなくなった。何か言いたげに口を開くが、音として出てくるものは何もなくてまた閉じる。それを幾度か繰り返すだけだった。


「それはどう使うものだ?」

 言葉に詰まる三杉を無視して、破流姫は店主に問うた。

「何にでも使えますよ。首から下げてもいいし、腕に巻きつけてもよし。腰の辺りに巻いてもおしゃれですね。あたしのお勧めは、結い上げた髪に巻きつけるのですね。真珠が散りばめられて上品ですよ」

 三杉にはもうひと押し売込みが必要だったが、破流姫なら気に入ればすぐにでも手に入れようとするだろう。

 そんな打算的な考えがあったのかもしれないが、髪飾りとして勧める店主もやはり、破流姫の黒髪によく似合うと思ったに違いない。

「そうだな。どこぞの貴婦人のようだな」

 黒髪をまとめ上げ、この真珠を散らして着飾れば、どこの貴婦人にも劣らない美しさを現すに違いない。大人になった破流姫はその美しさに益々磨きをかけるだろう。


「姫様は……」

 ぽつりと呟いた三杉を、破流姫が振り返り見た。

「何だ?」

 真っ直ぐに見上げられると、いつもの三杉なら萎縮して目を逸らしてしまうところだが、今はしっかと見据えていた。

「姫様は、それがお気に召しましたか?」

 破流姫はしばし三杉を見つめたあと、店主の手にある真珠を見遣って、また三杉に目を戻した。

「まぁな。でも駄目だ」

 一瞬その気になって喜んだ三杉だったが、すぐに打ちのめされた気分だった。

「なぜです?」

 沈んだ声で問うと、破流姫は真面目な顔で言った。

「三杉が恋人に買ってやる物だろ?」

「ですから、恋人なんていません!」

 三杉は間髪入れずに思い切り否定した。

「わかった、わかった。そうだったな、いないんだったな」

 首をすくめて宥めるようにそう言ったが、絶対にわかってない口振りだ。

「叫ぶと周りに聞こえるぞ」

 三杉ははっとして見る見るうちに赤くなった。

「おかみ、それは三杉が買いにくるから、それまで取っておいてくれ」

「あいよ。気長に待ってるよ」

 三杉の意思とは関係なく売買が成立してしまったようだ。

「ひ、姫様……」

「私が買ってやってもいいんだが、それじゃ恋人も嬉しくないだろ? しっかり働いて買いに来い」

 やはりわかっていなかった。


 三杉はがっくりと肩を落とした。どうしてでもこの真珠を買わなくてはいけないようだ。

 去り際にそれとなく値段を確かめてみると、さすがにいい金額だった。買えなくはないが、持ち腐れになる宝には高価だった。遠回しに値引き交渉を臭わせてみたところ、

「早く引き取りにきてくれれば考えないでもないけどね」

 だった。

 なるべく早いうちに買いにきて、なるべく値引いてもらおう、と三杉は仕方なく心に決めた。


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