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姫様と従者  作者: きいな
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第2話

「いくら寝腐っていたとはいえ、準備はもちろんできているんだろうな?」


 準備?


 三杉は疑問を目に浮かべて破流姫を見た。その視線は破流姫のそれにぶつかり、鋭い目つきをますます吊り上げさせてしまった。


「三杉! お前は城を追い出されたいのかっ!」

 怒鳴り声に驚き、三杉は反射的に数歩後退った。

「も、申し訳ありませんっ!」

 何度も頭を下げて謝った。だからと言って破流姫の荒れ狂った怒りが治まるわけもないのだが。

「お前は何のためにここにいるんだ! お前の仕事は何だ! 働きもしない人間なんか必要ないんだぞ! お前はただの穀潰しか、この役立たず!」

 殴ろうと飛んでくる破流姫の手をするりするりと交わしながらも、三杉は怯えて謝り続けた。

「申し訳ありません! どうかお許しを……本当に、申し訳ありません!」

「謝れば済むと思っているのか! いつもいつも口先ばかりで謝りやがって!」

 口からついて出た言葉は、街のごろつきと同じだ。姫とは名ばかりで、奥ゆかしさのかけらもない。

「姫様……いくらなんでもそのお言葉は……」

 三杉でなくともそう指摘しただろう。ただ、それが三杉であったせいで、火に油を注ぐことになってしまった。

「自分の失態を棚に上げて人に説教するつもりかっ!」

 三杉は芝生に足を取られて尻もちをついた。やけに巨大に見える破流姫は、片足を上げて踏みつけようとする。いよいよ覚悟して腕で頭を庇った矢先、城の一角から正午を知らせる鐘が鳴った。


 重量感のある音が丘の下に広がる街にも流れ、時計代わりとして重宝がられている鐘である。


 鐘が鳴り続けている間、二人は時が止まったように身動きしなかった。破流姫は足を降ろし、三杉は顔を上げる。二人とも鐘のなる方向を見ていた。しかし、頭の中はそれぞれ違う事を考えていた。


 火のついている破流姫は徐々に鎮火し、熱風に煽られていた三杉は息を吹き返した。


 鐘が鳴り終わり、その余韻さえも消えたとき、三杉はすっと立って口を開いた。


「姫様、午前の授業を抜けられたのですか?」

 鋭く、張りのある声だった。先程とは打って変わって別人のように見える。

 だからといって、逆に破流姫が小さくなることはない。

 都合が悪くなると開き直るからだ。

「つまらないから切り上げた」

 つん、と横を向いて堂々と言い放つ。

 三杉は真面目な顔をしてそれを正した。

「そんな言い訳は通用しません。姫様はいずれこの国を治める方なのですよ。教養はしっかり身につけていただかないと、周りの大国と渡り合っていけませんよ」

「じゃあ、三杉がやればいい。お前は何でも知っているからな」

 半分は嫌味だったが、鈍い三杉に届いたのかどうか、説教となって返ってきた。

「そんな子供みたいな我が儘はいけません。姫様がどう思われようと、この国の将来は姫様に委ねられるのですからね」

「国を動かすのは王だ。私の夫になる男が王になるんだから、私は関係ない」

「関係ないとは何ですか。それが我が儘と言うんです。ご自分の国を他の方に委ねてどうするんですか。姫様はこの国の王位継承者。いずれ女王となられる方なのですよ。もっと自覚をお持ちになって――」

「あー、うるさい」

 破流姫はうんざりだというふうにがしがしと頭を掻き毟った。

「そんなにこの国を案じているなら、お前が王になれ」

 面倒臭そうにそう言うと、三杉は急に硬い表情を崩し、取り乱した。

「な、何を言うんですか、恐れ多い」

 慌てる三杉など眼中になく、破流姫はいいことを思いついたとばかりに、ぽんと手を打った。

「そうだ、それがいい。三杉をこの国に置いておけば、私は気兼ねなく旅に出られる」

「旅に……って、どちらへ?」

 突っ込むところは別にあったが、初めて耳にする『旅に出る』という言葉が引っ掛かった。毎日やりたい放題に楽しんでいる破流姫が旅をしたいなどとは、これまで聞いたことがなかった。

「私は常々、剣術を磨く修行の旅に出たいと思っていたんだ」

 三杉はがっくりと肩を落とした。

 風光明媚な土地へ行ってみたいとか、賑やかな大都市や楽しげな祭りを見てみたいとか、そんな優雅な観光旅行を想像しなかったと言えば嘘になるが、よもや流浪人のような旅を望んでいるとは思ってもみなかった。

「世界中を旅して剣の腕を上げ、世界に名だたる剣豪になる」

 キラキラと目を輝かせる破流姫は美しかった。言っている内容を無視すれば。

「姫様……それは初耳です」

 嘆息してそう言うと、破流姫はうんと頷いて言った。

「そうだろう。今までは絶対に無理だと思っていたからな。だが、お前が王になればそれも――」

「わあわあわあ! 待って下さい!」

 勝手に進みそうな破流姫を無理矢理止めて言った。

「それは姫様が剣豪になるより可能性のないことです」

 三杉に思い切り否定されて、破流姫は少々機嫌が悪くなり、目を細めた。

「なりたくないのか、王に?」

「私は姫様の従者です。そんな大それたことなど……」

「野心の欠片もない奴だな。他国の馬鹿王子どもはこんなちっぽけな国さえ欲しがって私のご機嫌取りに忙しいってのに」


 王子たちの目的は国よりも破流姫であることを、本人はまったく気がついていない。巷では破流姫は、大帝国の女王マリーの再来だと言われている。マリーは誰よりも気品と美しさ、知恵と勇気を兼ね備え、まるで女神のようだと称えられた女性なのである。そのマリーと謳われている破流姫だから、王子たちはこぞって、手を変え品を変えご機嫌を取り、妃に迎えようとしている。そして恐らく、破流姫の評判が事実からどれほど捻じ曲がり、都合よく美化されているのかは、誰も知らない。


「いいか、三杉。私の機嫌を損ねたら王になるどころか、路頭に迷うぞ」

 三杉は凍りついた。王になる可能性はないだろうが、路頭に迷う可能性は大いにあった。いつもいつも破流姫に怒鳴られてばかりだと、今日明日にでも放り出されるのではないかと思わされる。

「姫様……」

 三杉は途端に情けない表情に戻る。

「そうなりたくなかったら、今すぐ馬を用意しろ。街へ行くぞ」


 三杉は破流姫に引きずられて行った。



 ◇



 自分の黒髪と同じ艶やかな黒毛の馬に乗り、三杉一人だけを従えて破流姫は街への一本道を下って行く。


 本来ならば護衛を幾人もつけ、輿に乗って姿も見せずに外へ出るべきなのだが、破流姫には一国の姫という自覚も、王位継承者という自覚もまるでない。常日頃の言動もそうだが、気軽に馬に乗って街へ遊びに行くことは自重するよう注意をされているにもかかわらず、まったく聞く耳持たずだった。それでもこの国は至って平和なので、これまで特別危険な目に合ったことなどなかった。この先もそれが続くかは、現王と後に王位を継ぐ破流姫の執政によるだろう。


 そもそも破流姫は世の姫君とはまったく質が異なる。自分の身は充分自分で守れ、尚且つ相手に一太刀浴びせて憂さを晴らす位のことはやってのける姫である。世の姫君が恋やお洒落に興味を持つように、破流姫の興味は剣術に向けられている。幼い頃からの趣味でもあったが、三杉と出会ってからそれは格段に熱を増した。


 毎日破流姫に振り回されている三杉だったが、こう見えて城へくる前は職業斡旋ギルドに所属し、ありとあらゆる仕事を請け負ってきた。元々剣術に長けていた三杉は、賞金欲しさに剣術大会へ出場し、見物に来ていた破流姫の目に留まったのである。安定した暮らしと可愛らしい姫君の側近という願ってもない条件で、三杉は喜んで城へ就職したのだ。だが実際は、容姿とは裏腹な破流姫の性格に愕然とし、なぜ姫君に? と疑問を持ちながらも、剣術を教える羽目となったのである。


 破流姫は時々街の刀剣屋へ出向き、自分の気に入った物を購入したり、作らせたりしている。恐らく今日も、顔馴染みとなった刀剣屋へ行くのだろう。


「この間の花見にきていた隣りの馬鹿王子、何て名前だった? あの黄色い頭の」

「ルーク様ですか?」

「ルーク? いや、そんな名前じゃなかった気がする。これ見よがしに派手に飾り付けた場違いな奴だぞ?」

「……ウェイン様、ですか……」

「そうそう! そいつだ!」

 破流姫のひどい説明でわかってしまったのが非常に申し訳なく思い、三杉は心の中でウェインに深々と頭を下げた。

「あいつもしつこい奴だな。あれから毎日のように手紙が届くぞ」


 それはそうだ、と三杉は思った。

 川辺で開いた花見の席は、破流姫の見合いの席でもあったのだから。


 そうとは知らず、当の破流姫は魚釣りに夢中だったのだ。侍女や馬番、料理人たちを巻き込んで競争しては、勝った勝ったとはしゃいでいた。三杉は離れたところから、花に群がる蝶のような王子たちにその花がいつ毒を浴びせかけるかと、はらはらしながら見ていたのだ。幸い、魚釣りがあまりにも楽しかったのか、何事もなく花見は終わったのだった。


「まぁ、しつこいのはウェインに限らないがな。誰だか知らんが、温室栽培した珍しい花なんか贈ってきたし、有名な芸術祭がある国にも招待されたぞ。あれ、どこだった?」

「双国です」

 誰からの贈り物か、どこの国に招待されたのかもわからないのでは、王子たちも報われない。

だが以外にも、うまく破流姫の興味を引いた王子がいたようだ。


「双国か。芸術祭には行ってみたいな」

 三杉は我が耳を疑って破流姫の横顔を見上げた。

 馬上から眼前に広がる自国の街並みを眺めるその瞳には、まだ見ぬ双国の街並み、あるいは花婿候補の王子の姿が映っているように思えた。


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