八 今川軍
一行はその足で今川軍の陣営へと向かった。
そこにいるのがシナリオ通りの今川軍であれば舟助の顔が利くし、原作通りの平氏軍であれば、法眼の顔が利くかもしれないというのだ。
「しかし、笑えますね」
法眼はその顔に僅かな微笑みを作っていた。
「一ノ谷の戦いが、後世では鵯越の急勾配から奇襲した事になっているとは」
鵯越の断崖絶壁は確かに平安京でも有名だったが、そこは崖も崖で、いくらなんでも駆け下りるには無理があるし、そもそも一ノ谷とは遙か離れており、そこを義経が利用したはずがないというのだ。
「まあ、背後の山から奇襲を仕掛けたことは事実でありましょう」
法眼の目を追うと、この街の片側半分ほどを囲む山が見えた。
近場にこのような山があり、しかも軍の目がそれほど向いてないとあれば、確かに義経は鵯越ではなく、この山からの逆落としを行ったのだろう。
「史実と現実ねえ」
何か妙な違和感を感じながらも、一也は納得した。
「法眼どのは義経をご存じか」
舟助が色々と聞きたそうな目で法眼を見つめる。
「知らぬ者の方が珍しいでしょう。もっとも、平氏が滅びてより先の歴史は体験しておりませんが」
その頃にこの世界に迷い込んだということだ。しかし歴史の生き証人が目の前にいるとは不思議な気分である。
そのうえ、一也にとって過去の人である舟助が、さらに過去の人である法眼に同じ感慨を抱いているというのは面白い。
笑いながら視線を隣の二人から前に戻すと、目の前に巨大な顔があった。
「わっ」
巨大な顔はひょこひょことおかしな動きを見せる。人間の頭から膝までくらいのサイズの、これは不気味な張り子のお面。
「サアサめでたき大面相。ステテンステテン」
声は先の大道芸人だ。いつの間に着替えたのだろうか。
彼は道を蛇行するようにフラフラと歩き回っていく。
「おいおい、どこへ行く気だ」
大道芸人に気を取られていた一也が、後ろから呼びかけられて振り向くと、目的地はとうに行き過ぎていた。慌てて後方に待つ仲間の元へ小走りに戻る。
帷幕は何重かに張られ、武装を解除しているとはいっても見張りは厳重に配置されているようだ。
法眼は堂々とその見張りの前に立つ。
「失礼つかまつる」
彼は見張りと何言か言葉を交わすと、一行の元へと戻り、中へと入るように促した。
一也の抱いていた違和感が段々と正体の定かなものになってきていた。
三人の旅人と一人の大道芸人を出迎えたのほ二人の大将だった。
正面に座る公家風の男は、側近より今川義元公であると紹介された。
そしてその横に侍る、同様に公家風の服装をしながらも、武人さながらの体格と威厳を持ち合わせた男は、配下にその名を呼ばせるまでもなく、自らを平知盛と名乗った。