六 谷ノ市
夜が明けて、一行は廃寺を後にする。
幸いにも山の麓には集落があり、しかもそれなりに発展した市場町だった。
そこはどうも最近興った市といった具合で、真新しい急ごしらえの家々が目立つ。
だが、それを起爆剤として成長を続けているのか、普通の市場かそれ以上に活気もあり、往来は売る者買う者見る者達でごった返していた。
「このあたりは、山の谷間ですんで、谷の市なんて呼ばれておりやす」
手近な男に道案内を求め、食料などを買い歩く。
この男、市場にありがちな大道芸人らしく、道案内の傍ら、狐の面に蛇腹をつけた妙な玩具を伸縮させながら「ご利生」などと呼びかけて小銭を募っている。
これには一也もなんだか楽しい気分になり、ご利生とは何かと問えば、
「仏様のありがたいお言葉じゃ」
にやにやと笑いながらはぐらかした。文字通り、何か御利益の有る良い言葉なのだろう。
「あれは戦か?」
舟助が前を指して尋ねる。その先には、明らかに急造したと思われる簡易の物見塔に、その周り一帯を囲む帷幕が見える。
「へへ、あれは停戦の決まったお武家さん達ですわ。じきにお館を築かれるそうで」
「ほう」
陣の影からひらりと旗印が舞う。舟助は足を止めた。それに気づいた一也と法眼が振り返ると、彼は顔面蒼白、まるで博物館に飾られた鎧人形のように硬直していた。
「舟助殿、いかがしましたか」
法眼が問うも、言葉が喉につかえて出てこないようで、ようやく無理矢理に絞り出す。
「繰り返されて、いる」
彼はこれまで、敗戦後に独り歩けば、やがて街に着き、そこでまた戦が起こるという物語を繰り返していた。
今の彼は一人ではない。しかし、繰り返しは終わらなかった。
陣営になびく旗は、かつて彼の所属した今川軍のそれだった。