四 異世界
結局、ここが異世界だとは分かったものの、自分は一体何をすべきかもわからない。
それは舟助についても同様で、一也の存在によって希望を見いだしたとは言っても、彼は決められた流れの他の道を一切知らなかったのである。
二人の話に一段落がついた頃には陽は傾き、ようやく晴れ間を見せた空と未だ残る灰色の雲とを赤く染め上げていた。
時折、雨の忘れ物がぽたりと音を立てる。風にざわざわと葉ずれの音を奏でる静かな廃寺は、一也に非現実感を強く感じさせた。
「今宵はここで泊まることになるだろう」
初めからそのつもりで選んだのだろうが、この小屋にはちょっとした生活には不足しないだけの空間と設備、蓄えがあった。
舟助は乾いた薪を見つけて囲炉裏に投げ込むと、懐から何かを取り出し、手際良く火種を作る。まるで巨大なライターだ。一也はこの時初めて火打ち石の使い方を知った。
虫の音が聞こえる。
やがて炎は落ち着き、ゆらゆらと影をぶらさげた舟助は、一也の時代についての質問を投げかけていた。
彼は先に述べたようないくつかの不可解な現象に遭遇し、ここが終わりのない異世界だと気づいてからは、何が起きても気にしないことにしていたという。
確かに、目の前に突然未来人が現れているのだから、もっと驚いてもいい。
だが、相手が誰であれ、話をできる事が嬉しいらしく、質問そのものよりも言葉のキャッチボールを楽しみたいようだった。
一也は高校生活のこと、それがあまり面白くない事を語りながらも、戦場で命を賭けて戦ってきた男を前に、なんだかくだらない話だなと思った。
舟助はそんな話を特に感想を述べるでもなく聞き、時折文化の違いから理解出来ない箇所を尋ねたりした。
パチパチと音を立てる囲炉裏の炎に、室内はぼんやりと赤く染められている。外からは湿った空気と共に、ピタピタと水をはねる音が流れ込む。
「何か、聞こえぬか?」
舟助が小屋の外に目を向けている。
ピタピタと聞こえる音は、言われてみれば、水を踏む足音だ。
一也自身は現代人だが、舟助を初め、この世界の文化は明らかに過去のそれだ。ならば、こんな山奥の廃寺で起こりうるイベントと言えばいくつか想像がつく。
「山賊……でもいるんでしょうか?」
舟助は外に向けられた目を外さない。
「ここでは何が起こるか分からぬ。だが、そういう類のものではないな」
彼は音を一也に聞かせるかのように、一瞬言葉を止める。音は少しずつこの小屋に近づいているようだ。
「足音は一人分だ」
その言葉に一也は安心するどころか、口にはしなかったもう一つの可能性を考える。
それはつい先程舟助から聞いた話だ。
彼がループの中で体験したシナリオには、魑魅魍魎の類、つまり化け物や妖怪との遭遇を果たしたものもあったという。よくあるオバケであればまだしも、骨と肉とを裏返したような、内臓をぶら下げた人間やら、ねっとりとした赤茶色の液状で、所々触手のように伸びたり縮んだりしながら波打つ皮膚を持つ怪物などと生々しい話を聞かされたばかりである。
場所も場所だ。その魑魅魍魎でも現れるのでは無いか。あるいは狐なんぞに化かされやしないだろうか。それは神社か。
そんな事を考えていると、やがて足音の主は姿を現した。