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三 廃寺

 しばらくすると、二人の進む獣道は段々と登りになっていった。どこか山へと入っているようだ。何かの葉っぱが体に触れるたびに不快感を感じるし、でこぼことした地面には時折足を取られそうになる。

 こんな所に撮影のキャンプでもあるというのだろうか。

 やがて舟助は足を止める。

 そこは開けた、意外に広い敷地で、ぼろぼろの小屋や、祠のようなものが立ち並ぶ。廃寺とでも呼んだ方が正しいのだろうか。そんな雰囲気だ。

 ここも撮影セットの一部なのか。あたりに人気はなく、ようやく一也にも何か不安な気持ちが生まれていた。

 二人はその小屋のひとつに身を落ち着け、互いに名乗りあう。

 一也は自分が普通の高校生で、忍者役とかそういうものでは無いこと、学校でも目立たない、相手にされないほどの小物だということ、今もたまたま道に迷っただけだと説明し、撮影を邪魔するつもりではなかった事を主張した。

 一方の舟助は、結構な重量があると思われるその甲冑を脱ぐ気配も見せず、一也の話には気のない相づちを打つと、自らは大真面目に何とか家の何々所属の誰々などと名乗り、その軍が上洛のため、西へ向けて進軍中であった事を語った。

「そこで、予想もしない小勢に敗れたのだ」

 彼は戦闘の経緯についての説明を加えたが、一也には縁の遠い話で、よくわからず聞き流していた。

 しかし、話の中で総大将の今川義元なる名前が現れると、思わず声が出てしまった。

「あの、桶狭間のですか?」

 一五六〇年、今川義元は桶狭間で織田信長の奇襲を受け、敗北している。

「左様、その桶狭間だ」

 敗戦の空気を感じた彼は、直属の将――先の上司と共に戦場から逃げ出したのだという。しかし、追撃に上司を喪い、ただ一人で生き延びる事になってしまったということらしい。

 この話からすると、彼が精神異常者か、あるいは手の込んだ詐欺師で無い限り、ここは桶狭間の戦い直後、つまり過去の世界ということになる。

 信じがたい話ではあるが、現実よりもパソコンや物語の仮想現実の方が身近な一也にとっては、さもありなんといった風で受け止めることができた。

 しかし、そんな戦国時代に自分が来てしまったとして、ここで生きていける自信はない。なにしろ、この時代には図書館もパソコンも無いのだ。それどころか、一也のような貧弱な人間にとっては命の価値すら無い時代かもしれない。

「なんで、過去なんだよ」

 せめて未来か何かであれば、自分も生きていけそうだし、何より楽しそうだ。つい恨み言も口に出てしまう。

「いや、それが過去ではないのだ」

 舟助がその衣装と体格には似合わない困ったような顔をする。

「説明は難しいが、そうだな。例えば、先の男は幾度も討たれ続けている」

 彼は明らかに意味を分かっていない話相手を前に、言葉を選びながら言う。

「あの男が死に、目的を見失って歩いているうちに、街にたどり着く。そこでは今川軍の上洛の準備が進んでいて、私は徴兵され、一軍に加わる。

 その軍の将は死んだはずのあの男なのだ。

 しばらくすると再び織田軍に奇襲をかけられ、私だけが生き延びる。そんなことが繰り返されているのだ」

「何度も過去に戻ってしまう、ということですか」

「そうではない。合戦に至る経緯やその経過、物語は常に異なっている。今川の軍を百鬼夜行が襲い、その隙に乗じて織田が現れたこともあった。

 しかし、今川が敗れ、織田が勝ち、私は一人生き残るというこの大筋だけは常に固定されているようだ」

 相変わらず、よくは分からなかったが、要するにここが現在でも過去でもない、一つのシナリオを何度もリメイクして繰り返す謎の空間であることは分かった。

「まったく、何度も繰り返すうちに、全てがどうでもよくなってしもうた」

 いつしか舟助は繰り返される寸劇の役者に徹することになったのだという。そうすれば戦に敗れ、独りになる苦しみを感じることも無いからだ。

「なんだか、よく分からないですね」

 一也は、舟助がどれだけ熱弁を奮ってもそれ以外に浮かぶ言葉がなかった。自分の思考も、彼の言う時間のループに巻き込まれてしまったのかもしれない。

「だが、今度は貴様がいた」

 一通りの身の程話を終えると、舟助は今回の件の異常性について話を始めた。

 常に大筋が変わらないはずのループの結末が、一也の出現により変わってしまったのだという。

 確かに、今の彼は独りではない。

「でも、それがどうしたっていうんです」

「この世界を抜け出せるかもしれぬ」

 いや、自分一人がたまたまこの奇妙な世界に迷い込んだだけで、大した希望も持てないだろう。むしろ、自分という被害者が増えた分だけ状況は悪化したとも言える。

 彼は物語に登場するような、異世界からやってきたヒーローなどではない、ただの根暗なパソコンオタクだ。

 現に、舟助の言葉には何の感慨も覚えていないし、どんなアイデアも沸きません。

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