十三 理由
大道芸人は足軽姿で戦場をひょいひょいと駆けめぐり、敵を見つけると、戦うかと思えば何もしない。何か模様の書かれた紙片を投げつけるようにばらまいてはまた別の場所へと移る。
敵の少なさも幸いして、戦況は舟助の宣言どおり、彼の望む勝利と同然の優勢さとなっていた。
紙片を拾い上げた法眼は、「呪ではない」と呟いて、興味を示した一也に渡す。
そこに書かれた模様は、一也にとって見覚えのあるものだった。
「これ、僕の学校のマークですよ」
法眼は怪訝そうな顔をする。学校もマークも、彼にとっては未知の単語なのだ。
「鞄に生徒手帳があるから、見せますよ。ちょっと待ってください」
肩に担いでいた鞄を地面に下ろし、中を探る。と、そういえば図書館で本を借りた直後だったことを思い出す。
その中の一冊を懐かしそうに手に取ると、それは借りたはずの本ではなかった。
それは紐で綴じられた、いかにも古い和紙作りの本で、ぱらぱらとめくってみるとミミズの這うような、手書きの文字が踊っている。
「なんだこりゃ」
今度は法眼が興味を示した。丁寧に、しかし奪い取るようにその本を手に取り、おそるおそる何枚かをめくってみる。
「これは、くだらない」
法眼はなぜかすっかり落胆した様子で本を閉じた。
そこへ、戦を終えた舟助がやってくる。その隣には例の侍大将平知盛が続く。
「法眼殿、その書物は、いよいよ手に入れなさったか!」
戦勝の喜びもあるのだろう。すっかり上機嫌で知盛と肩をたたき合ったりなどしている。ため息をついた法眼とは対照的である。
「私が求めていたのは、まさしくこの本だ。しかし……」
法眼は本のあるページを開いて二人に見せる。舟助の顔がたちまち呆れ顔に変わるが、一也には文字の判別すらできない。
「これは、還世の術と書いてあるのだ」
「安倍晴明が残した究極の陰陽の法がこんなものとは」
伝説の陰陽術、それは元の世界へと戻るための魔法だったというのだ。
なお、参考までに記せば、彼の目にした書物は確かに安倍晴明直筆と思われるもので、その中身も究極の陰陽と称して差し支えないものだったが、現存する彼の書物とは一切関わりのない内容である。
「しかし、これこそ私たちの求めていた術でもあります。折角なので使わせて頂きましょう」
法眼は早速、その手順を読み上げかけ、一行読んだ所でそれを止めた。
「思いの外、簡単なようだ」
術の発動者である法眼には何か詠唱のようなものが必要らしいが、他の者は己の目的を果たした上で、ただ帰りたいと念じるだけでよいらしい。
「私は書を見つけた。舟助どのは自軍を守られた。一也どのは目的を果たされたかな」
一也は頷かなかった。自信がなかったからだ。しかし、東の主力軍が彼の発言から敗退にまで追いやることができていたように、何か人の役に立てたという実感はあった。それに、
「僕の目的は、元の世界にこそ有るんだと思います」
舟助、法眼、彼らの存在を確認するように一也は二人を見つめた。
「だから、それに気づくことこそ、この世界で皆さんと出会った理由であり、目的なのかなと……」
言い終わる前に、法眼は舟助と一也の背中に手を当てた。
「待ってくれ」
舟助は振り向いて法眼の手を止めると、傍らに立つ知盛に一言、別れの挨拶を述べる。
「見届けたぞ」
知盛は武人らしい堂々とした物言いでこれに答えた。その武人の顔は、生の喜びに満ちていた。
ただ一人、謎の大道芸人はこの場にはいない。知らぬ間にこの舞台から一足先に姿を消しているようにも思えた。
「では、失礼します」
穏やかな声ではあったが、その直後、首の付け根を強く殴られ、目の前が一瞬真っ白になり、数歩よろけて前進した。
「な、いきなり、なんてことをするんですか」
返事はなかった。
視力が戻ると、一也は雨上がりの濡れたアスファルトの上に立っていた。