十二 戦場
偽の明智光秀が見事に裏切り、一夜城の部隊を有らぬ方へと追撃させる様を見届けた法眼と一也は、北面部隊の元へと向かい、その陣頭で指揮を執る舟助と合流した。
彼の配下には、かつて彼の上司であった男も含まれていた。登場人物はシナリオ通りだが、仲間達の干渉のせいか立場は逆転している。
しかし、ここに先程法眼の放った神獣はどこにも見あたらない。
その代わり、山の斜面にはちらちらと敵の甲冑が見え隠れしている。
「舟助殿、先程私の送った加勢はいかがしました?」
「いかがも何も、敵を見るなり砕けて消えていったわ」
舟助は戦場の興奮からか、加勢の喜びよりも、むしろ眼前で不吉なものを見せられた事を不快に感じている様子だった。
「それはおかしい。他人の物語であれば、いくらでも干渉出来るものだが」
法眼は納得のいかない様子で、こちらも不満げな顔を見せる。
ここで一也は昨日から感じている違和感の正体に気づいた。
「あの、舟助さんが知る一ノ谷は、鵯越の伝説的な義経の活躍だったと思います」
舟助は「それがどうした?」と言いたげな目で一也を見る。
「ですが、この戦場の様子はむしろ法眼さんの語る、史実通りの光景です」
確認するように周囲を見回す。何度見てもこの場所は、英雄的な義経の活躍の場というより、ただの泥臭い戦場である。
「それに、陣営には今川だけでなく、平氏の軍勢も混じっています。おかしいと思いませんか?」
舟助はできるだけ冷静に考えようと少し間をおき、しっかりと落ち着いてから結論を出した。
「つまり、この戦場は、拙者だけの物語ではないと言うことだな」
一也の出した結論もそれと同じだった。法眼もそれで納得がいった様子だ。
「私の術では、私の物語には干渉出来ないという事ですね」
昨晩用意した呪の紙片を取り出して、その使い方に考えを巡らせているようだ。
この物語は、舟助の物語であると同時に、法眼の物語でもある。同様に、一也の物語でもある。
各自の物語が顔を出した途端、それぞれの干渉は力を失う。つまり、結果として干渉することに意味はないのではないだろうか。
「いや、違うな。これは皆から生まれた新たな物語だ」
舟助は愉快そうに言葉を放つ。
「自分の知らぬ物語が相手であれば、いくらでも変えられようぞ」
そうして彼は甲冑を揺らしながら、大声で軍勢に令を下した。敵はもう、すぐそこまで迫っている。
「皆、生き延びろ!」